インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

Ramanujanのτ関数に対するLehmer予想と佐藤-Tate予想

Ramanujanの\tau (n)の数値例を

integers.hatenablog.com

などで見てきましたが、その数値は比較的大きく0を取るnは見当たりません。実は次の予想があります:

Lehmer予想 任意の自然数nに対して\tau (n) \neq 0であろう。

Romantic Supersingular Primes!~ロマンティック数学ナイトの飛び込みプレゼン枠で発表してきた - INTEGERS
ラマヌジャンのΔと或る重さ2の保型形式の間の合同式 - INTEGERS

で紹介したc(n)についてはElkiesのエポックメイキングな結果によってc(p)=0なる素数が無数に存在することが証明されているので、それに対比すると面白い予想です。これは保型形式の重さの違いから来るものと思われますが、一方本当にこの予想が正しいのかについては私はなんとなく懐疑的です。

\theta_pの導入

各素数pに対して

\displaystyle \tau (p) = 2p^{\frac{11}{2}}\cos \theta_p

によって\theta_pを導入します。既に解決済みであるRamanujan予想\left|\tau (p)\right| \leq 2p^{\frac{11}{2}}によって\theta_pは実数であることが分かります。不定性を除くために0 \leq \theta_p \leq \piとします。

補題1 pを素数、kを非負整数とするとき
\displaystyle \tau (p^k)=p^{\frac{11}{2}k}\frac{\sin (k+1)\theta_p}{\sin \theta_p}
が成り立つ。

\sin \theta_p=0とすると\left|\tau (p)\right|=2p^{\frac{11}{2}}となって\tau (p)が整数であることに反するので、\sin \theta_p \neq 0であることに注意しましょう。

証明. k=0のときは自明であり、k=1のときは二倍角の公式\sin 2\theta_p=2\sin \theta_p\cos \theta_pより成立することが分かる。一般の場合は漸化式

\tau (p^{k+1}) = \tau (p)\tau (p^k) -p^{11}\tau (p^{k-1})

を用いて数学的帰納法で証明できる。実際、k-1, kのときに成立すると仮定すれば

\begin{equation}\begin{split} \tau (p^{k+1}) &= 2p^{\frac{11}{2}}\cos \theta_p \cdot p^{\frac{11}{2}k}\frac{\sin (k+1)\theta_p}{\sin \theta_p}-p^{11}\cdot p^{\frac{11}{2}(k-1)}\frac{\sin k\theta_p}{\sin \theta_p}\\ &= p^{\frac{11}{2}(k+1)}\frac{2\cos \theta_p \sin (k+1)\theta_p-\sin k\theta_p}{\sin \theta_p} \\ &= p^{\frac{11}{2}(k+1)}\frac{\sin (k+2)\theta_p}{\sin \theta_p}\end{split}\end{equation}

と変形できる。最後の等号には三角関数の和積公式を用いた。 Q.E.D.

補題2 任意の自然数nに対して\tau (n)\neq 0が成り立つことと、任意の素数pに対して\tau (p) \neq 0が成り立つことは同値である。

証明. \Longrightarrowは自明なので、\Longleftarrowを証明する。\tauの乗法性から\tau (p)\neq 0かつ\tau (p^k)=0なる素数pおよび2以上の整数kが存在したと仮定して矛盾を導けばよい。

\displaystyle 4\cos^2\theta_p = \frac{\tau (p)^2}{p^{11}}

は有理数である。一方、補題1と仮定より\sin (k+1)\theta_p=0なので、\cos 2(k+1)\theta_p=1が成り立つ。ここで、(コサインに対する)Chebyshev多項式を思い出そう:

\displaystyle \begin{cases}T_0(x)=1, \ T_1(x)=x & \\ T_{n+2}(x)=2xT_{n+1}(x)-T_n(x). & \end{cases}

この漸化式からT_n(x)x^iの係数は2^{i-1}で割り切れることを帰納法で証明できる。これと、T_{2n}(x)は偶関数であることから、4\cos^2\theta_pは代数的整数であることが分かる。よって、4\cos^2\theta_pは整数となり、自然数mが存在して

\tau (p)^2=mp^{11}

が成立する。\tau (p)が整数なので、上式からp \mid m\mathrm{ord}_pmは奇数でなければならない。一方、\left|\cos \theta_p\right| \leq 1なので、m \leq 4である。つまり、p=m=2, 3の場合を除いて矛盾に到達した。しかし、これら例外ケースにおいても\tau(2)=-24=\pm 2^6, \ \tau (3)=252=\pm 3^6と矛盾が生じる。 Q.E.D.

補題2よりLehmer予想の成否を調べるには\tau (p)\neq 0どうかを調べればよいことが分かりますが、\tau (p)=0なるpが存在するならばpはある程度大きいことを次のように簡単に論証できます。

integers.hatenablog.com
で紹介した合同式を使います。

命題  \tau(p)=0なる素数pが存在するならば、p \geq 119404799でなければならない。

証明. \tau (p)=0と仮定する。数値例よりp \geq 7としてよい。1+p^{11}\pmod{2^8}が成り立つが、Eulerの定理よりp^{128}\equiv 1\pmod{2^8}なので合わせるとp \equiv -1\pmod{2^8}が得られる。次に、p^2+p^9 \equiv 0 \pmod{3^3}よりp^7 \equiv -1\pmod{3^3}であるが、Eulerの定理よりp^{18}\equiv 1\pmod{3^3}なのでp \equiv -1\pmod{3^3}p+p^{10} \equiv 0\pmod{5^2}p^{20}\equiv 1\pmod{5^2}よりp \equiv -1\pmod{5^2}1+p^{11}\pmod{691}p^{680}\equiv 1\pmod{691}よりp \equiv -1\pmod{691}。以上より

\displaystyle p \equiv -1 \pmod{2^8\cdot 3^3\cdot 5^2\cdot 691}

であり、

p \geq 2^8\cdot 3^3\cdot 5^2\cdot 691-1 =119404799

が得られる。 Q.E.D.

佐藤-Tate予想

\begin{align}&H_p(X)=1-\tau (p)X+p^{11}X^2=(1-\alpha_pX)(1-\beta_pX) \\ &\alpha_p+\beta_p =\tau (p), \ \alpha_p\beta_p=p^{11}\\ &\alpha_p=p^{\frac{11}{2}}e^{i\theta_p}, \ \beta_p=p^{\frac{11}{2}}e^{-i\theta_p}\end{align}

\alpha_p, \beta_p \in \mathbb{C}を導入しましょう。これらを使えば、補題1は次のようにも書けます:

補題1 pを素数、kを非負整数とするとき
\displaystyle \tau (p^k)=\frac{\alpha_p^{k+1}-\beta_p^{k+1}}{\alpha_p-\beta_p}
が成り立つ。

さて、Ramanujan予想は\theta_p \in \mathbb{R}ということなので、複素数sH_p(p^{-s})の根とすると

p^s=p^{\frac{11}{2}}e^{i\theta_p}

となって

\displaystyle \mathrm{Re}(s)=\frac{11}{2}

となります。これはある種のRiemann予想と思えます。このケースではDeligneによって既にRiemann予想が解けているため、次なる問題は零点の虚部の情報を得ること、すなわち、\theta_pの情報を得ることが重要な課題になるでしょう。この問題に関して、pを動かしたときに\theta_pの分布は美しい挙動を示すというのが佐藤-Tate予想です*1

\tau関数に関する佐藤-Tate予想 0 \leq \alpha < \beta \leq \piであるとき、
\displaystyle \lim_{x \to \infty}\frac{\#\{p \leq x\mid \alpha \leq \theta_p \leq \beta\} }{\pi (x)} = \frac{2}{\pi}\int_{\alpha}^{\beta}\sin^2 \theta d\theta
が成り立つ。ここで、\pi (x)は素数個数関数。

これは2010年4月1日にBarnet-Lamb‐Geraghty‐Harris‐Taylorによって解決されています*2

*1:佐藤先生はいきなり\Deltaの場合を考えたわけではなく、最初は具体的な楕円曲線などから始められたようです。

*2:これはある種の素数定理で、L(\Delta, s, \mathrm{Sym}^{\bullet})の解析性に帰着され、それを保型性を示すことによって成し遂げるという手法です。