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INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

ヒルベルトの定理90とピタゴラス数

Pythagoras数

3^2+4^2=5^2, \ 5^2+12^2=13^2はよく知られていますが、(3, 4, 5)(5, 12, 13)のことをPythagoras数またはPythagorasの三つ組と呼びます。

定理 整数x, y, zPythagoras数である、すなわち x^2+y^2=z^2を満たすための必要十分条件は、或る整数m, nと或る有理数tに対して(x, y, z)=t(m^2-n^2, 2mn, m^2+n^2)と書けることである。

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Hilbertの定理90

L/Kが有限次Galoisであるとき、ノルム準同型写像N_{L/K} \colon L^{\times} \to K^{\times}

\displaystyle N_{L/K}(\alpha) := \prod_{\sigma \in \mathrm{Gal}(L/K)}\sigma(\alpha)

と定義します。

Hilbertの定理90 L/Kを有限次巡回拡大とし、G=\mathrm{Gal}(L/K), G=\langle \sigma \rangleとする。このとき、\alpha \in L^{\times}N_{L/K}(\alpha)=1を満たすための必要十分条件は\beta \in L^{\times}が存在して
\alpha = \beta\sigma(\beta)^{-1}
が成り立つことである。

Dedekindの補題 Gを群、Kを体とする。相異なるn個の準同型写像\chi_1, \dots, \chi_n\colon G \to K^{\times}を考える。a_1, \dots, a_n \in Kに対して、
a_1\chi_1(g)+\cdots +a_n\chi_n(g) = 0
が任意のg \in Gに対して成立するならば、a_1=\cdots =a_n=0である。

証明. nに関する帰納法で証明する。n=1のときは、a_1\chi_1(g)=0のとき\chi_1(g) \neq 0なのでa_1=0である。n > 1とし、n-1のときには示されたと仮定する。任意のg \in Gに対してa_1\chi_1(g)+\cdots +a_n\chi_n(g) = 0が成り立つとして、a_1=\cdots = a_n=0を示す。\chi_1(h)\neq \chi_n(h)なるh \in Gをとって固定する。任意のg \in Gに対して

a_1\chi_1(gh)+\cdots +a_n\chi_n(gh) = 0

より

a_1\chi_n(h)^{-1}\chi_1(h)\chi_1(g)+\cdots +a_{n-1}\chi_n(h)^{-1}\chi_{n-1}(h)\chi_{n-1}(g)+a_n\chi_n(g) =0

が得られ、a_1\chi_1(g)+\cdots +a_n\chi_n(g) = 0から引けば

\displaystyle a_1(1-\chi_n(h)^{-1}\chi_1(h) )\chi_1(g)+\cdots +a_{n-1}(1-\chi_n(h)^{-1}\chi_{n-1}(h) )\chi_{n-1}(g) = 0

を得る。これに対して帰納法の仮定を適用すると1 \leq i \leq n-1に対してa_i(1-\chi_n(h)^{-1}\chi_i(h) )=0が従うが、\chi_1(h) \neq \chi_n(h)なのでa_1=0でなければならない。そうして、a_2\chi_2(g)+\cdots +a_n\chi_n(g) = 0となるため、帰納法の仮定によりa_2=\cdots =a_n=0となる。 Q.E.D.

定理90の証明. \alpha = \beta\sigma(\beta)^{-1}が成り立つときは、

N_{L/K}(\alpha)=N_{L/K}(\beta\sigma(\beta)^{-1}) = N_{L/K}(\beta)N_{L/K}(\sigma(\beta))^{-1}=N_{L/K}(\beta)N_{L/K}(\beta)^{-1}=1

となる。逆に、N_{L/K}(\alpha)=1のときを考える。\#G=nとする。

\displaystyle N_i(\alpha) := \prod_{j=0}^i\sigma^j(\alpha),\quad i=0, 1, \dots, n-1

N_i(\alpha)を導入する(N_0(\alpha)=\alpha, \ N_{n-1}(\alpha)=N_{L/K}(\alpha)=1)。\sigma^i \colon L^{\times} \to L^{\times} (0 \leq i \leq n-1)に対してDedekindの補題を適用することにより、\gamma \in L^{\times}であって

\displaystyle \beta:=\sum_{i=0}^{n-1}N_i(\alpha)\sigma^i(\gamma) \neq 0

が成り立つようなものが存在する。0 \leq i \leq n-2に対して

\alpha\sigma(N_i(\alpha) )=N_{i+1}(\alpha) −①

が成り立つので、

\displaystyle \sigma(\beta) = \alpha^{-1}\sum_{i=0}^{n-2}N_{i+1}(\alpha)\sigma^{i+1}(\gamma)+\sigma^n(\gamma)

と計算できるが、\sigma^n(\gamma)=\gamma = \alpha^{-1}N_0(\alpha)\gammaであることに注意すると、\sigma(\beta)=\alpha^{-1}\beta、すなわち\alpha=\beta\sigma(\beta)^{-1}が成り立つことがわかった。 Q.E.D.

コホモロジー版

Gを有限群とし、MG-加群とします。このとき、GMにおける1-コサイクルをMの元の族\{x_g\}_{g \in G}であって*1

x_{gh}=x_g+gx_h, \quad g, h \in G

が成り立つようなものと定義します。GMにおける1-コサイクル全体の集合をZ^1(G, M)と表します(自然にアーベル群をなします)。

また、Mの元の族\{x_g\}_{g \in G}GMにおける1-コバウンダリーであるとは、y \in Mを用いてx_g=gy-y, \ (g \in G)と表すことができるときにいいます。GMにおける1-コバウンダリー全体の集合をB^1(G, M)と表します(Z^1(G, M)の部分群になっていることが簡単にわかります)。

そうして、第一コホモロジー群H^1(G, M)

H^1(G, M):=Z^1(G, M)/B^1(G, M)

と定義します。Hilbertの定理90と言えば次の形で引用されることも多いです:

Hilbertの定理90 (コホモロジー版) L/Kを有限次Galoisとし、G=\mathrm{Gal}(L/K)とする。
このとき、H^1(G, L^{\times})=0が成り立つ。

証明. GL^{\times}における1-コサイクル\{\alpha_{\sigma}\}_{\sigma \in G}をとる。L^{\times}は乗法群なので、

\alpha_{\sigma \tau}=\alpha_{\sigma}\sigma(\alpha_{\tau}), \quad \sigma, \tau \in G

が成り立つ。Dedekindの補題より(\tau \colon L^{\times} \to L^{\times})、

\displaystyle \beta:=\sum_{\tau \in G}\alpha_{\tau}\tau(\gamma) \neq 0

なる\gamma \in L^{\times}が存在する。このとき、

\displaystyle \sigma(\beta)= \sum_{\tau \in G}\sigma(\alpha_{\tau})\sigma \tau(\gamma) = \sum_{\tau \in G}\alpha_{\sigma}^{-1}\alpha_{\sigma \tau}\sigma \tau(\gamma)= \alpha_{\sigma}^{-1}\sum_{\tau \in G}\alpha_{\sigma \tau}\sigma \tau(\gamma) = \alpha_{\sigma}^{-1}\beta

が任意の\sigma \in Gに対して成り立つ。\beta \mapsto \beta^{-1}と置き換えると、\alpha_{\sigma}=\sigma(\beta)\beta^{-1}が成り立つので、\{\alpha_{\sigma}\}_{\sigma \in G}は1-コバウンダリーである。 Q.E.D.

前節のHilbertの定理90において、N_{L/K}(\alpha) = 1のときは①より\{N_i(\alpha)\}_{i=0}^{n-1}が1-コサイクルになっていることがわかります。

Hilbertの定理90を利用した最初の定理の証明

Olga Taussky, Noam Elkies, Takashi Ono等によって独立に何度も指摘されているように、Hilbertの定理90からピタゴラス数の一般公式を導出することができます*2

最初の定理の証明 x^2+y^2=z^2である場合のみ非自明。z=0であればx=y=0であり、m=n=0を取れるのでz \neq 0と仮定してよい。

\displaystyle \alpha := \frac{x+y\sqrt{-1}}{z} \in \mathbb{Q}(\sqrt{-1})^{\times}

を考える。\mathrm{Gal}(\mathbb{Q}(\sqrt{-1})/\mathbb{Q})は複素共役(の制限)が生成する二元群(巡回群)であり、

\displaystyle N_{\mathbb{Q}(\sqrt{-1})/\mathbb{Q}}(\alpha) = \frac{x^2+y^2}{z^2} = 1

である。よって、Hilbertの定理90より\beta \in \mathbb{Q}(\sqrt{-1})^{\times}が存在して、

\alpha = \beta/\overline{\beta}

が成り立つ。必要ならば適当な有理整数倍を考えることによって\betaはGauss整数であると仮定してよい。すなわち、有理整数m, nを用いて\beta =m+n\sqrt{-1}と書ける。このとき、

\displaystyle \frac{x+y\sqrt{-1}}{z} = \frac{m+n\sqrt{-1}}{m-n\sqrt{-1}} = \frac{(m+n\sqrt{-1})^2}{(m-n\sqrt{-1})(m+n\sqrt{-1})} = \frac{m^2-n^2+2mn\sqrt{-1}}{m^2+n^2}

と計算でき、証明が完了する。 Q.E.D.

*1:関数 f \colon G \to Mを与えることと同じです。

*2:ここでは、Elkiesの記事を参考にしました。