中村滋著『素数物語: アイディアの饗宴』岩波科学ライブラリー283を購入して読みました。これは素数定理の発見に至る歴史をユークリッド・フェルマー・オイラー・ガウスの発見・研究を通じて概観する一般書です。歴史的解説のみではなく、時にはコラムの形をとって、素数に関する種々の定理の証明がそのアイデアに着目して紹介されています。また、ごく最近になって発表された現代的な別証明等も幾つか記載されていることが特徴の一つです。
私は素数がとても好きですが、当然好きでない人もいます。好きな人もいれば好きでない人もいる。当たり前です。どちらかを強要することはよくないことですが、好きでいることが他人からするともしかしたら目障りと思われているのではないかと感じてしまう事象が最近ありました。勿論、好きでいることが自分の中で閉じていれば目障りになることはないですが、例えば目の前にトランプのカードQとKがこの順に並んでいると「は素数だ!」と人前でニコニコで言ってしまうほど好きなのです。
人に迷惑をかけていたら嫌だなあと少し悲しくなっていたのですが、ちょうどこの本を読んでいて、でもやっぱり素数はとても面白くて好きだ!フェルマーとかオイラーとかガウスとかもこれめちゃくちゃ素数のこと好きやったやろ!と思って気分が向上しました。
特に、ガウスについては高木貞治『近世数学史談』を読んだときも似たような印象を持ちましたが、コンピュータのない時代にありながらオイラーとガウスが計算狂と言っていいほど生涯に渡って計算しまくっていたエピソードが大好きです。今回、このエピソードについては『近世数学史談』には載っていなかったものもあって収穫がありました。ガウスは、15歳のときには素数定理を予想できていたことは有名ですが、(時には表の作成を人に要請して)素数表が手に入るたびに区間内の素数の個数を計算して予想の成立への確信を高めていたようです。いかにガウスが計算しまくっていたかがわかる、付録『ガウス晩年の手紙』は一読の価値があると思います。
今や素数定理は証明されていて、その証明も非常に簡略化されており、ブログで読めてしまう始末です。ともすれば「素数定理なんて簡単だ」と錯覚してしまいそうですが、
「全数学のうちで最も注目すべき定理」とアーベル(中略)を感嘆させた大定理「素数定理」
という文にハッとさせられました。素数定理は確かに歴史に残る大定理なのです。この美しい法則を「大量の計算に基づいて」発見したガウスの喜びを想像して、想像でしかありませんが「とても嬉しかっただろうなあ」と勝手に思ったりもしました。
ところで、普段から素数の勉強をしているので大部分の内容が私にとっては復習であったわけですが、この本の最後のコラムに『スーパー双子素数の個数に関する高橋予想』というものがあってその内容はパッと見は初見でした。
前提知識としてハーディとリトルウッドが「双子素数版素数定理(予想)」を以下の双子素数の個数が
に漸近すると予想していました。一般の素数組版素数定理(予想)もあって、ハーディ・リトルウッド予想と言ったりします。
飯高・高橋の文献によれば, に対してかつがともに素数ならをに関するスーパー双子素数、かつが全て素数であればをに関するウルトラ三つ子素数と呼ぶらしいです。
これらの組が無数に存在するためのの条件を(conjecturalに)決めるという定性的性質に関する問題はスーパー双子素数の場合がかつ、ウルトラ三つ子素数の場合がかつかつ「ではない」とのことですが、これらはより一般的なディクソンの予想の条件の言い換えであることは容易に分かります*1。
かつなるに対するスーパー双子素数についての定量的な漸近公式として、なるスーパー双子素数の個数は
に漸近するという予想が高橋予想STという名で本に書いてありました。ただ、ディクソンの予想が対象とする、より一般の場合の漸近予想が知られていないとは思えなかったのと、そういう話がグリーン・タオの論文
B. Green and T. Tao, Linear equations in primes, Ann. of Math., 171, no. 3, (2010), 1753–1850.
にも載ってたはずだと思って、この論文はかなり重要らしいし彼らの主定理がどんなものかぐらいこの際勉強しようと思いました。というわけでほんの少しだけまとめてみます。以下、多少記号の説明は省いています。
が上のアフィン線形形式であるとは、線形形式 を用いてと書けることとします。また、に対してを考えます(各は上のアフィン線形形式)。このとき、とすれば、は線形写像です。ただし、はどれも定数ではなく、どの二つを取っても互いに有理数倍にはなってない場合を扱うこととします。に対して
と定義しておきます。は標準基底です。
を凸集合、とするとき、
に対して
が成り立ちます。をvon-Mangoldt関数とするときに
の評価を求めることが加法的整数論における非常に大きな興味であると考えることにします。ディクソンの予想が取り扱っているのはの場合ですから、問題設定自体が高次元化されていることに注意してください。素数定理を思い出せば、の観点から
を予想したくなるかもしれませんが、これではsmall moduliによる局所的obstructionを考慮できていません。実際、算術級数の素数定理はに対して
でした。ここで、はであれば, そうでなければと定義される局所von-Mangoldt関数です。天下り的ではありますが、
が成り立っています(はいつもの平均)。この点もちゃんと考慮して、次が予想されています。
素数定理には色々な変形版があるのと同様、この予想から
等も言えます。
これはハーディ・リトルウッド予想およびディクソンの予想を両方含みの場合も扱えている極めて一般的な予想であり、非常に自然な形をしています。
具体例として、, なるに対する, , , , の場合を考えてみましょう。の条件はなので、です。を素数として、なるに対しては定義からであり、それ以外では値はになります。のうちなるものの個数が求まれば、
とが計算できます。の場合はの一つ(であった)なのでです。としましょう。のときはよりなので個全部OK。のときもではを意味するので個。であればが解を一個持ってしまうため、となります。まとめると、高橋予想STは一般化ハーディ・リトルウッド予想の非常に特別な一例であることがわかりました。
さて、グリーン・タオは何をやったかという話ですが、彼らはに複雑度という量を定義しています。定義はややこしいので注釈で*2。
複雑度がであれば算術級数の素数定理の範疇で解けています。の場合が双子素数予想を始めとした多数の古典的未解決問題と関連して興味がありますが、このケースでは複雑度がとなっていて到達不可能に難しいです(グリーン・タオは张益唐の登場より前の話)。しかしながら、グリーン・タオは複雑度が有限なケースであれば一般化ハーディ・リトルウッド予想に攻め筋があるということを見出しました。例えば、は複雑度がなので、複雑度有限な場合の一般化ハーディ・リトルウッド予想が解決すればグリーン・タオの定理は精密化されて次のような漸近挙動までわかってしまうのです: で、長さの等差数列をなすような素数の組の個数はで
に漸近する。
彼らの主定理は次のように述べられます:
つまり、他の重要と考えられている予想に帰着されてしまったのです!およびの主張をここで紹介することは割愛させていただきますが、彼らは
We expect both GI(s) and MN(s) to be settled shortly for general s, and hope to report on progress on both of these conjectures in the not-too-distant future. We therefore expect to settle the generalised Hardy-Littlewood conjecture entirely in the finite complexity case, or in other words we should be able to remove the last hypothesis in Corollary 1.7. The only unresolved case of the generalised Hardy-Littlewood conjecture would then be the presumably very hard “binary” or “infinite complexity” case in which two or more of the forms are affinely related.
と書いており(!)、注釈には
Note added in April 2008: in a recent preprint, the authors have fully resolved the MN(s) conjecture for every s.
と書いています (!! )。これは実際に
B. Green and T. Tao, The Möbius function is strongly orthogonal to nilsequences, Ann. of Math. (2) 175, no. 2, (2012), 541–566.
として出版されています。ということは複雑度有限な場合の一般化ハーディ・リトルウッド予想は一種類の予想に帰着されたわけですが、
私はとある論文を発見してしまいました。
B. Green, T. Tao, T. Ziegler, An inverse theorem for the Gowers -norm, Ann. of Math. (2) 176, no. 2, (2012), 1231–1372.
も解決していたのです(!!!)。つまり、複雑度有限な場合の一般化ハーディ・リトルウッド予想は完全解決しているようです*3。
ひえ〜〜〜〜。も定理ってわけだ。グリーンとタオすごすぎへん?