インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

Q&ABC (その5)

せきゅーん: この議論を「(1+\varepsilon)乗」の場合に応用してみよう。すると、ABC予想の「深み」が見えて来る。まず、ABC予想に現れる不等式

\displaystyle \mathrm{rad}(abc)^{1+\varepsilon} > c

\displaystyle \mathrm{rad}(abc) > c^{\frac{1}{1+\varepsilon}}

と同値である。ところで、\varepsilon < 1のときは 1-\varepsilon < \frac{1}{1+\varepsilon} < 1-\frac{\varepsilon}{2}が成り立つから、

\displaystyle \mathrm{rad}(abc) > c^{1-\varepsilon}

が成り立つようなABCトリプルが有限個と言っても同じことだ。以下、しばらくは \varepsilon < 1の場合を考察する。


さて、さっき r_1r_2\leq xと考えていたところを r_1r_2\leq x^{1-\varepsilon}にしてみよう。すると、r_1r_2\leq x^{1-\varepsilon}となるような (r_1,r_2)は高々x^{1-\varepsilon}(\log x)^2個であることがわかる。そうして同じ議論を進めると

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x^{1-\varepsilon}\} \leq c_{\delta}^2x^{1-\varepsilon+2\delta}(\log x)^2

を得る。これはさっきとは大違いで、\varepsilonに対して\deltaを定めることができるから、例えば

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x^{1-\varepsilon}\} = O(x^{1-\varepsilon/2})

とできる。ここで、\displaystyle \mathrm{rad}(abc) < c^{1-\varepsilon}となるような分解 c=a+bが1つでも存在するような正整数c\leq xのなす集合を A_{\varepsilon}(x)とおけば、

\#A_{\varepsilon}(x) \leq \#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x^{1-\varepsilon}\}

が容易に確認できるので、

\displaystyle \lim_{x \to \infty}\frac{\#A_{\varepsilon}(x)}{x}=0

が示せたことになる。つまり、ABC予想の弱い版「\displaystyle \mathrm{rad}(abc) < c^{1-\varepsilon}を満たすようなABCトリプルの密度は0である」が強い意味での密度(cに対する密度)について言えてしまった。


ラムネ: ひゃー。「とても少ないという状況の数学的定式化」をどうするかという問題において、「(1+\varepsilon)乗を考える」という条件は揃えておいて、「密度0」と「有限性」という2つの定式化を考える。これらは数学的には当然「有限であること」の方が「密度が0であること」より強いわけだけれど、この数学的強弱が証明の難しさや数学的深さをどれぐらい反映しているのかは直感ですぐには判断できそうもない。


せきゅーん: にも関わらず、上述のような議論を通してみると、「密度が0であること」は加法的性質「c=a+b」に一切深入りすることなく素数の乗法的性質のみから簡単に導出されてしまう一方、どうやら「有限であること」を要請して初めて証明することが極めて難しく、極めて応用性が高く、極めて深い事実となるようなのだ。


ラムネ: ほほ〜。\varepsilon=0の場合は反例の存在によって「有限であること」が言えないからそこまで深いことが言えないけれど、\varepsilon > 0の場合は「有限であること」が見込めて、それで初めて深い予想に到達するというわけか。


せきゅーん: もちろん、まだ「密度0では深くない」ことしか見えてなくて、今日の会話においては「有限なら確かに深い」という納得には至っていないがな。


ラムネ: そうそう。それについて2つの質問が残ってる。1つ目は何故\varepsilon > 0の場合は例外が有限個だと予想できるのかということだ。


せきゅーん: 当然の疑問だな。これも数値例で見れば \varepsilon = 0のとき以上に例外の個数が少なくなる。でも、数値例だけで「無限か有限か」なんて定性的な判断はできないよね。\varepsilon=0の場合の無限族だって人に教えてもらわないと中なか見つけられないだろうし、鳩の巣議論を使った賢い議論まであったんだ。すごく頭のいい考え方をしたら\varepsilon > 0の場合だって例外的無限族が発生する怖さは必ずつきまとうだろう。数値例で具体的に選ぶ\varepsilonだって無限に小さいところまではチェックできない。

もちろん、だからこそ「\varepsilon > 0になった瞬間に例外が本当に有限個になるなら、それは真に驚嘆すべき予想である」と不思議がるのが正解なのかもしれない。


ラムネ: 「予想」というのは提出段階では「未解決問題」なんだからもちろん証明はない状況だ。それでも、数学者が「予想」という言葉を用いるときは成立する公算が高いときだよな。


せきゅーん: ああ、そういう空気感は確かにある。もちろん歴史的に否定的に解決された予想は多数あるんだけど、それでも数学者は成り立たない予想は出来るだけ立てたくないと思っていると想像する。だから、できる限りsupporting evidenceは多い方がいいな。supporting evidenceが数値例のみの予想もいっぱいありそうだけど。

実はABC予想には数値例以外にも例外の有限性を期待できるheuristic argumentが存在する。


ラムネ: ほう。それは是非教えていただきたい。


せきゅーん: エルデシュとウラムが1971年に当時未解決のフェルマーの最終定理に対して行った確率的考察を応用するんだ。ABC予想に到達するにはどうしても a+b=c ということに真正面から向き合う必要がある。その部分を「組 (a,b)cが与えられたときに a+b=cとなる確率はどれぐらいか」とheuristicに議論する。


まずは密度0を示すときに使った議論を3つ組に対して拡張する。正整数全体を2の冪で分割することを考え、c2^n < c \leq 2^{n+1}の範囲にいる場合を考えよう。しばらくの間、x=2^{n+1}とおく。r_1r_2r_3\leq x^{1-\varepsilon}となるような正整数の組(r_1,r_2,r_3)を考えよう。

r_1\leq e^i,\quad r_2\leq e^j,\quad r_3\leq e^k,\quad r_1r_2\leq e^{i+j+k}\leq x^{1-\varepsilon}

とする。i+j+k\leq (1-\varepsilon)\log xを満たすような(i,j,k)の個数は大雑把に見積もって(\log x)^3個以下だ。そのような(i,j,k)を固定したときには、r_1r_2r_3\leq x^{1-\varepsilon}となるような(r_1,r_2,r_3)は高々x^{1-\varepsilon}個であり、(i,j,k)を動かせば高々x^{1-\varepsilon}(\log x)^3個であることがわかった。

r_1r_2r_3\leq xとなるような正整数の組(r_1,r_2,r_3)を1組とって固定する。\mathrm{rad}(a)=r_1, \mathrm{rad}(b)=r_2, \mathrm{rad}(c)=r_3となるような a,b,c\leq xはそれぞれ高々c_{\delta}x^{\delta}個である。


ラムネ: \delta > 0を任意にとって、いくらか前に証明した補題を使うんだな。


せきゅーん: a,b,cがどの2つも互いに素であり、x/2 < c \leq xであるような場合に限定しても上からの評価は変わらないから、そのような(a,b,c)であって

\mathrm{rad}(abc) \leq x^{1-\varepsilon} \tag{6}

を満たすようなものの個数は高々c_{\delta}^3x^{1-\varepsilon+3\delta}(\log x)^3個であることがわかった。この個数は非常に小さい数\varepsilon'と非常に大きいxに対してx^{1-\varepsilon'}で上から押さえられる。

ここで、予告通り厳密ではない議論を取り入れよう。すなわち、今カウントしたものの中からランダムに(a,b,c)を選んだとき、それが a+b=c を満たす確率を1/xのオーダーとみなす。


ラムネ: それは正しいのか?


せきゅーん: いいや。「妥当かもね」ぐらいの仮定だ。正当化はできない。このまま議論を進めさせてもらうと、x < c \leq 2x かつ xが十分大という条件のもと、(6)を満たすようなABCトリプルの期待個数が

\displaystyle O\left(\frac{x^{1-\varepsilon'}}{x}\right)=O(x^{-\varepsilon'})

ということになる。x=2^{n+1}だったことを思い出して、n\to \inftyとしよう。そうすればcが十分大きい範囲における

\mathrm{rad}(abc) < c^{1-\varepsilon} \ (\leq x^{1-\varepsilon})

を満たすような全ABCトリプルの期待個数は

\displaystyle O\left(\sum_{n\gg 0}2^{-\varepsilon'n}\right)

以下と考えられる。\varepsilon'がいくら小かろうとも

\displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}2^{-\varepsilon'n}

は収束するので、その期待個数は有限個となる。つまり、ABC予想の成立が特定の確率的仮定のもと期待された。


ラムネ: 確かに。こんな議論があったんだな。数値データだけの状況よりは随分と予想の成立に肯定的になれる。それに \varepsilon > 0っていうことがやっぱり効いてるな。


せきゅーん: そろそろ疑問は解消されたかな?


ラムネ: いや、2つあると言った2つ目が残ってる。確かに例外が有限でありそうだと納得したとして、それが本当に凄いことだとどうすれば納得できるのかな。


せきゅーん: 凄いかどうかは主観的な判断にならざるを得ないと思う。それに、これまでの議論でもそれなりにABC予想それ自体の凄さは感じ取れると思う。


ラムネ: 確かに、主張が何を言っているかを理解するだけよりは格段にABC予想の凄さに迫れた気はする。「(1+\varepsilon)乗」と「有限性」はかなり絶妙なんだなあと。


せきゅーん: 今日わかったことは「素数と加法の不思議な関係性」に迫るためにABC予想を自分で予想してみようとすれば、それなりに自然にあの形に到達できそうということだ。でも、あの形だったら本当に凄いかは予想を立てた段階ではやっぱりわからないと思う。


ラムネ: というと?