インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

Q&ABC (その6)

せきゅーん: 予想が出たら数学者は皆それを証明しようと挑戦するんだ。それですぐに証明されてしまって「やっぱりそこまで凄くはなかった」と判明する場合もあるだろうし、普通のありふれた定理の1つになる場合もあるだろうし、「得られた証明によって凄さがわかった」となる場合もあるだろう。でも、ABC予想の場合は30年近く全く歯が立たなかった。そういう挑戦を受け続けてきたからこそ、ABC予想は有名になって「何か非常に奥が深いところまで数学を見ないと証明できないに違いない」という感情も生まれたんだと思う。


ラムネ: なるほどな。


せきゅーん: そして、ABC予想にはもう1つの著しい特徴があった。色々な数学者がABC予想に関する研究に取り組んだ結果、ABC予想から他の様々な数学の定理や未解決問題が証明できるという、異常とも言える応用性の高さが判明したんだ。その応用性を持って「ABC予想は凄い」と思う人は増えたと思う。


ラムネ: らしいね。とは言ってもフェルマーの最終定理(FLT)関連についてしか知らないけど。


せきゅーん: 望月先生の仕事によってABC予想がこの10年弱、話題になり続けているけれど、FLTとの関係性については何故だか本当に人気があるよね。ただ、当時はFLTは未解決だったから、それを解くための1つのアプローチとしてABC予想が考えられたのだったっけ?忘れたけど。


ラムネ: で、実際のところ他にどんな応用が知られているんだっけ?


せきゅーん: ABC予想は「特定の条件 (\mathrm{rad}(abc)^{1+\varepsilon} < c) を満たすような方程式 (a+b=c) の解は高々有限個」という形の主張だから、「特定の方程式の解の有限性」にはめっぽう強い応用性を持つ。根基の定義から方程式に冪が現れる場合が特にそうだ。


未解決問題だと、例えばブロカールの問題についてn!+1=m^2の整数解の有限性が導出できたり、ピライの予想 (正整数kを固定したときのx^a-y^b=kの形の方程式の整数解の有限性)、a^x+b^y=c^zの形の方程式を扱うビールの予想の反例の有限性などが導出できる。


ピライの予想の特別な場合であるカタラン予想やビールの予想の特別な場合であるFLTは既に解決されているが、それらを弱くした「反例の有限性」は今述べた通りABC予想から導出される。


FLTを例にとると、x^n+y^n=z^nの整数解の有無を考察するわけだが、x,yは互いに素と仮定してよく、すると(x^n,y^n,z^n)がABCトリプルとなる。ABC予想は大抵の場合 \mathrm{rad}(x^ny^nz^n)z^nと比較して小さくならないと言っているにも関わらず、\mathrm{rad}(x^ny^nz^n)=\mathrm{rad}(xyz) \leq z^3 となってしまい、nがある程度大きければこれはz^nと比較して必ず小さくなる。だから、そのような整数解はあるとしても有限個だ。


ラムネ: ABC予想を仮定した場合の議論だね。わざと「お気持ち」風に述べているのは、厳密な記述は昔の記事に書いてくれてるからだね。


せきゅーん: ああ、後は(1+\varepsilon)乗を考慮に入れるだけだが。フェルマー方程式の成り立ちにくさがABC予想のおかげで認識できるよね。でも、ABC予想そのものは「有限性」しか述べていなくて、「例外は何個以下である」の「何個」の部分については具体的に教えてくれていない。一方、上記ディオファントス方程式の未解決問題達は大抵「例外はこれだけ」とか「例外は一切ない」といったことまで予想されている。そして、カタラン予想やフェルマーの最終定理はその意味で既に解決されているのだから、ABC予想で別証明としてそこまで導出できるかどうかが気になるのは致し方ないのかもしれない。


ラムネ: でも主張の性質上、期待はできないと。ただ、ABC予想を強化するということは考察してもよくて、「例外的なABCトリプルは選んだ\varepsilon > 0に対してはN(\varepsilon)個以下ですよ」、というN(\varepsilon)を具体的に予測・決定できればそういう強い結果まで導出できるようになるんだよね。


せきゅーん: うん。解説記事や書籍ではそのような強いヴァージョンのABC予想についても言及して、フェルマーの最終定理の完全なる別証明のプランも提示することが多い。


ラムネ: ただ、それを読んだ人が何故か「強いヴァージョン」という部分を省略してしまって「ABC予想からフェルマーの最終定理を証明できるのに感動した!」などとSNS等で呟くからデマが広まってしまうんだね。


せきゅーん: ここでちょっと「強い」とか「弱い」という名称について話してもいいかな。数学の命題PQについて、P \Longrightarrow Qの関係にあるとき(そしてQ\Longrightarrow Pの関係にはなさそうということも要求するかもしれない)、「PQより強い」、「QPより弱い」などと表現することがある。更に、Qが「X定理( or 予想)」という名前で呼ばれているとき、Pは「強いX定理( or 予想)」と呼ばれ、Pが「Y定理( or 予想)」という名前で呼ばれているとき、Qは「弱いY定理( or 予想)」と呼ばれることがある。一旦、このルールが標準的なものと仮定させて欲しい。


ラムネ: うん。


せきゅーん: まあ名称は数学そのものとは無縁だからどうでもいいのだが。ルール通りいけば「X定理 = 弱い強いX定理」なんてことにもなりかねないけど、そうなったら名称付けの本来の意義を逸脱するだろう。


普通は何かメインの「X定理( or 予想)」があって、それはPの立場のこともあればQの立場のこともある。それに対して「強いX定理( or 予想)」とか「弱いX定理( or 予想)」と名付けられる関連する命題を考察することはあるけど、メインの「X定理( or 予想)」がなくて「強いX定理( or 予想)」と「弱いX定理( or 予想)」のみがある状況って普通ないと思うんだよね。


ラムネ: 探せば例外はありそうだけど、「普通」と言ってるから納得しよう。総称としての「X定理( or 予想)」の中身が「強いX定理( or 予想)」と「弱いX定理( or 予想)」の2つの部分からなるというケースはありそうだ。


せきゅーん: 何が言いたいかというと、メインの「ABC予想」のことを極めて最近になって「弱いABC予想」と表現する人がいるけど、それは良くないと思うということだ。


ラムネ: まあね。弱い強いABC予想と呼ぶならいいけど、いや冗談だけど、それにABC予想自体が全然弱くないという点も「弱いABC予想」と言いたくない気持ちをプラスにする。


せきゅーん: ちなみにABC予想よりも本当に弱くて「弱いABC予想」と呼びたくなるものは他に存在する。まずは、この記事で紹介した「密度0版」だ。ただ、これは既に見た通り簡単に証明できてしまう。他にも根基の部分を取り替えて弱くした「弱いABC予想」もある*1


ラムネ: 本当に弱くしたヴァージョンが知られているなら、なおさら本来のABC予想には「弱い」はつけるべきではなさそうだね。


せきゅーん: 次に「強いABC予想」についても少し。さっきも話題に出た「N(\varepsilon)を具体的に予測・決定」するという形での強化が考えらえる。ちなみに、ABC予想 - INTEGERSに書いたようにABC予想というのは \varepsilon > 0毎に\varepsilonのみに依存する定数C_{\varepsilon} > 0が存在して

\displaystyle c < C_{\varepsilon}\mathrm{rad}(abc)^{1+\varepsilon}

全てのABCトリプルに対して成立するといっても同値である。


ラムネ: 例外が有限個になってしまえば、今度こそは「定数倍」で例外を完全に消せるんだね。定数倍と累乗の合わせ技だ。


せきゅーん: この形で見た場合には、ABC予想の強化としてC_{\varepsilon}を具体的に決定する問題が考えられる。おそらくはさっきの「N(\varepsilon)を具体的に予測・決定」の少し強いぐらいの主張になっている。


ラムネ: 例外の個数だけを扱うか、例外の大きさまでを扱うかの違いだね。


せきゅーん: そうして言いたいことは2点。1つ目は「 C_1=1」と取れるという予想があって、これを「強いABC予想」と呼んでいる事例がよくあることに対する違和感だ。ABC予想は任意の\varepsilon > 0を扱っているのだから、この予想が言えたからといってABC予想は従わない。だから、これを指して強いABC予想とは呼ぶべきではないだろう。


ラムネ: それこそ、特定の\varepsilonに限定することによる弱化について、「強い弱いABC予想」なら正しい。よく見ると、君の記事では単に「強い予想」と書かれているな。


せきゅーん: 何かと比較せずとも強いよな。フェルマーの最終定理が出るわけだし。2つ目は「C_{\varepsilon} > 0を具体的に与えることまで要求した予想」については確かにABC予想よりも強いので「強いABC予想」と呼ぶのは構わないが、もっと相応しい用語があるということだ。


ラムネ: "Effective ABC conjecture" とかそれに類する呼び方だね。


せきゅーん: そう。「強いX定理( or 予想)」だとどの方向にどれぐらい強いのかということまでが分からないけれど、この場合はC_{\varepsilon}を"effective"に計算したいという明確な内容があるからそちらで呼んだ方がよりよいということだ。


ラムネ: ただ、"effective"って定訳がないよね。


せきゅーん: まあねえ。すまん、これ以上話しても「そんなのどうでもいいやん」っていう読者の声が聞こえてきそうだからやめておく。


ラムネ: 読者?


せきゅーん: 話を戻そう。ABC予想は特定の方程式の整数解の有限性を示すのに強い応用性を持っているという話をしていたが、「有限性定理」への応用としては絶対に語るべきものに「ロスの定理」と「モーデル・ファルティングスの定理」がある。


ロスの定理とは「実代数的無理数\in(\overline{\mathbb{Q}}\cap\mathbb{R})\setminus\mathbb{Q}無理数度は2である」という大定理であり、そこへ到達するまでに数々の歴史があったが、最終的にロスが1955年に証明した。「ロスの定理」といえば等差数列に関する定理も有名であるが、ロスは二十代の後半にこれらの大定理を立て続けに証明してフィールズ賞を受賞した。


ラムネ: 無理数度の定義にかえって主張を理解すると、実代数的無理数\alpha有理数による近似の精度を

\displaystyle \left|\alpha-\frac{a}{b}\right| < \frac{1}{b^{\mu}}

という形で\mu > 0で測るとき、\mu=2だったらこのような有理数が無数にとれるけど(ディリクレの近似定理 - INTEGERS)、\mu > 2となった瞬間に有限個の有理数しかとれないという定理だね。無理数度が\alphaの次数以下だということだったら簡単に示せるのだった。

ロスの定理の主張はABC予想の主張と似た香りがするね。


せきゅーん: 似た香りのする有限性定理ではあるが、冪乗のついた特定の方程式の解の有限性への応用に比べれるとその関係性はそこまで自明ではない。


次のモーデル・ファルティングスの定理であるが、これはモーデルが1922年に予想し1983年にファルティングスによって解決された。ファルティングスはこの業績をもってフィールズ賞を受賞している。ここでは、その主張を「有理数体上定義された種数が2以上の代数曲線の有理点の個数は有限個である」と紹介しておこう*2


これらの2つの大定理とABC予想との関係性について、1991年にエルキースが

ABC予想 \Longrightarrow モーデル・ファルティングスの定理

を証明し、1994年にボンビエリが

ABC予想 \Longrightarrow ロスの定理

を証明した。1999年のvan Frankenhuysenの論文が参考になるが、これらの導出には類似性があって、ロスの定理とモーデル・ファルティングスの定理は密接に関係している*3


ラムネ: フィールズ賞の受賞理由となった2つの定理が両方ともABC予想から導出できるのか。それは凄いな、ABC予想


せきゅーん: これらのimplicationsは「ABC予想が証明できればこれらの定理の別証明が得られる」という数学的な観点よりも「数学における歴史的大定理達よりも強いんだから、そりゃあABC予想はものすごく凄い予想でしょう」という納得感が得られることの意義の方が大きいように思える。ロスの定理やモーデル・ファルティングスの定理は既に証明されているのだから別証明を見つける必要性はある意味ではないしな。


とは言っても私個人は別証明を考えることは数学において意義深い行為だと思っているし、ABC予想的理解こそがロスやモーデルの重要な理解だという考え方もあり得る。ただ、リーマン予想とかもそうだが、あまりに応用性が高いと「ということは私には証明できそうにもないな」というマイナス方向に思考も行きやすい。


何はともあれ、ロスの定理やモーデル・ファルティングスの定理という、それらの凄さも初見ではわからないだろうけれども、数学の歴史上極めて重要な定理と認識されてきた定理達をいとも簡単に導出できてしまうABC予想は本当の本当に凄い予想と言えるだろうということだ。これは主張を眺めても瞬時に判断できることではなく、長年の数多くの数学者の研究の成果の上に立って初めて納得できることだ。


ラムネ: 確かに。こんな予想は自分には立てられそうにもない。


せきゅーん: 主張を理解するのは簡単かもしれないが、正しく意義深い予想を立てることは全く簡単ではない。知人の数学者が言っていてなるほどと思ったことであるが、もっともっと予想を立てることが数学の世界で評価されていい。予想を立てるということはとても素晴らしいことだ。今回の話で言えば、マッサーとエステルレも歴史的大偉業をなしたと言えるだろう。


ラムネ: うむ。そういえばロスの定理もモーデル・ファルティングスの定理もともに「有限性定理」という意味ではABC予想と似た香りをしているけれど、何か意外な応用は知られているの?


せきゅーん: その質問には個人的趣味全開の解答をさせてもらおう。ロスの定理やモーデル・ファルティングスの定理が極めて重要な定理であるということに異論はないけれど、数学的重要性とは無縁に個人的好みとして、私は「存在定理」がめっぽう好きだ。今回の話で言えば「鳩の巣原理」でABCトリプルの存在性だけを示した議論などはものすごく興奮する。「数学的対象物の存在性」に目がないので、むしろ有名なフェルマーの最終定理なんかは「解がないなんて残念(涙)」というような場合によっては非難されかねない感情も持っている。そんな観点から、有限性定理も個人的には特段好みの定理ではない。


ラムネ: まあ好みは人それぞれだけど、数学の好みってのは多かれ少なかれみんなありそうだよね。それが各々の専門を分けることにも関与していそうだし。

*1:Kevin A. Broughan, New Zealand Journal of Mathematics, vol 35 (2006), 121-136.

*2:ABC予想を数体上に拡張すれば、ファルティングスの定理の数体版も導出できる。

*3:ABC予想からロスの定理とeffective版モーデル予想の両方を含む定理を導出することができる。