この記事では超越数論の古典的大定理であるBakerの定理の証明をBakerの本*1に書いてある通りに紹介します*2。
ここで、個あるについて任意の枝で成立し、それぞれの枝の選択が一致している必要はありません。Bakerの定理から超越数を山のように得ることが出来ますが、それについては
をご覧ください。
証明は背理法によります。主張が成り立たないと仮定すると、Siegelの補題によって魔法のような関数を作ることが出来てしまい、その魔法関数によって矛盾が生じてしまうという感じの証明です。
設定と準備
背理法の仮定: Bakerの定理の主張を背理法で証明する。すなわち、をでない代数的数とし、が上一次独立であるときに、少なくとも一つはではない代数的数 が存在して
であると仮定する。適当に番号を入れ替えることによって であると仮定しても一般性を失わない。このとき、両辺を 倍し、各 を に置き換えることによって であると仮定しても一般性を失わない。以上の仮定のもと、
が成り立つ(各の枝の取り方によって が定まる)。
記号ルール1: 証明中に現れる は 及び各の枝の取り方にのみ依存して存在する正の定数を表す記号とする。 を十分大きい整数とする。
記号ルール2: 非負整数 と多変数複素関数 に対して、
という省略記法を用いる。
証明. の場合は自明であり、の場合は漸化式
によって各係数が帰納的に定まる()。理由:
と変形できることから漸化式を立てることができる。 この漸化式を用いると、帰納法により
と評価できる。 Q.E.D.
以下、はずっと同じ意味で用いる。
魔法関数の構成
証明. とする。なる整数の組は個あるが、各組に対して
を考える。とすると、
であり、
なので、の組としては高々個の可能性があり得る。さて、なので、
従って、異なる に対して が同一となるようなものが存在する(鳩ノ巣原理)。それらの差を取れば所望の解の存在が示される。 Q.E.D.
(i) は全てがということはない。 (ii) が成り立つ。 (iii) として、多変数複素関数 をと定義すれば、なる任意の整数と非負整数 であって、が成り立つものに対して
証明. 関数 を
と定義するとき、②が成り立つことは
が主張における に対して成立することと同値である。理由: Leibniz則より
であり、に対して
である。これと、
及び ①から得られる
に注意すれば同値性がわかる。 そこで、③が成立するような を見つけたい。を系における整数とし、
を③に掛けて
と展開すれば
となるが、系によって得られる等式
を代入すれば次のようになる。
ここで、
よって、②は個の整数係数一次方程式 が各に対して成立すれば成り立つ(が未知数)。と 、系より
また、
なので、における の係数の絶対値は
と評価できる。の組の個数は高々個なので、考えている方程式 の個数をとすれば、
である。一方、未知数 の個数は個。すると、
である(は十分大きいことに注意)。よって、Siegelの補題より非自明な整数解 が存在して、任意のに対して
が十分大なるに対して成立する。 Q.E.D.
このように魔法関数 はSiegelの補題で構成することが出来ますが、必要となる魔法関数の性質である命題2を証明するために補題を二つ示す必要があります。
証明. ③の直後の計算から、
とすれば
が成り立つことがわかる。各定義から
と評価でき、の式の和の項数はなので、
を得る。なので、十分大なるに対して
が成り立つことがわかった。次に、後半の主張を証明する。正整数を固定して、
と を定義する(は④で定義されたもの)。は次数が高々の代数的整数である。理由: 一般論として、代数的数の整数係数最小多項式の最高次の係数をその代数的数に掛ければ代数的整数が得られる(証明は簡単)。よって、の定義から は代数的整数であることがわかる。また、であることから次数に関する主張がわかる。 定義より
である。の共役 は各をそれぞれの共役に置き換えることによって得られ、の共役の絶対値はで押さえられるので、前半の計算が適用できて
と評価できることがわかる。従って、もし であれば
が成り立つ(代数的整数のノルムは有理整数であることに注意)。すなわち、
が得られた。これに⑤を合わせれば、 が得られる。 Q.E.D.
証明. に関する数学的帰納法で証明する。の場合は命題1②より成立する。を なる整数とし、のときに成立すると仮定して、の場合を証明する。非負整数に対して、を
と定義する。は補題3のように定義して、次を証明すれば十分である:
帰着できる理由: については帰納法の仮定によって証明されているため。であることに注意。
ここで、次の主張を示しておく。
理由: チェーンルールによって
と計算できる。
なので、帰納法の仮定によって である。
それでは、帰着された状況の に対して を示そう。とし、を原点中心、半径 の円周(向きは半時計回り)とする。すると、主張より は上及び内部で正則であるので、
とすれば、最大値の原理*3より
が成り立つ。とに対して
なので*4、
が成り立つ。また、補題3より
なので に対して であり、
が成立。補題3より または が成り立つので、後者が成立すると仮定して矛盾を導けばよい。⑥、⑦、⑧、⑨より
なので、
を得る。今、であり、
なので*5、
が成り立ち、
すなわち、
が得られた。これは、十分大なるで矛盾する。 Q.E.D.
証明. とする。補題4より、 及び を満たすような非負整数 に対して
が成立する。この事実と補題4の証明中の主張の証明と同様の議論
(とした場合)によって、を満たす整数 に対して が成り立つことがわかる。
とし、を原点中心、半径 の円周(向きは半時計回り)とすれば、上記事実より は 上及び内部で正則である。よって、
とすれば、最大値の原理より
が成り立つ。三角不等式によって −⑪であり、に対して
なので*6、
が成り立つ。また、補題3より
よって、⑩、⑪、⑫、⑬より なる複素数 に対して
が成立することがわかった。
なので*7、
が十分大なる に対して成り立つ。Cauchyの積分公式より、半時計回りの単位円周 に対して
が成り立つので、
と評価できる。であるが、これは が十分大であれば
より小さい。すなわち、が成り立つので、
が示された。 Q.E.D.
二つの補題
証明. 系とは記号表記を若干変えて、のときは をの整数係数最小多項式の最大次の係数とし、のときは をの整数係数最小多項式の最大次の係数とする。このとき、
とすれば、は次数が高々であるような代数的整数である。また、
とする。
であれば なので であるが、は上一次独立と仮定しているので である。従って、。
とすると、が代数的整数であることから である。の共役は各を共役に置き換えることによって得られるので、その絶対値は で押さえられる。従って、
が得られた。一方、任意の複素数 に対して が成り立つので、のときはそれで議論を終了し、であれば
と評価できる。以上により、いずれの場合であっても であることが証明された。 Q.E.D.
また、をと定義する。このとき、なる整数 を任意に取る毎に次のような関数が存在する: 関数はという形で表示され(多項式)、各複素係数は を満たす。そして、の場合を除く なる任煮の整数に対して が成り立ち、が成り立つ。
証明. を任意にとって固定する。このとき、を
と定義する。ただし、
この が所望の性質を満たすことを確認する。が次の多項式であることは定義より明らか。のとき、は の位数 の零点なので、任意の に対して である。また、は の位数 の零点なので、任意の に対して、である。の場合を考える。に対して、Leibniz則より
であるが、
なので、
とすれば
が成り立つ。従って、
を示せばよい。
の最後の公式から
であり、
なので、
を得る。ここで、不定元 と正整数 に対して成立する冪級数展開
より、の母関数はそれぞれ次で与えられることがわかる*8:
これらの積は なので、⑭が従う。
次に、の多項式としての係数の絶対値評価を行う。まず、が のいずれかであるとき(重複があってもよい)、
の各の係数の絶対値は で上から評価できることに注意する。理由: 各係数は の基本対称式で書けるので、の係数の絶対値は
と押さえられる。 これより、 の各の係数の絶対値は
で上から押さえられる。また、
なので、に対して
と評価できる。ここで、重複組合せの評価
を使った。
よって、の各の係数の絶対値は
で押さえられるので、の各の係数の絶対値は
で押さえられる。さて、各係数の絶対値がで上から押さえられる次多項式と各係数の絶対値がで上から押さえられる次多項式の積として得られる多項式の各係数の絶対値は で上から押さえることができるので、⑮、⑯より の各の係数の絶対値は
で押さえられることがわかった。なので、これは
押さえられる。 Q.E.D.
証明の完結
とする。なる整数は
と一意的に表示することができる(進法展開)。各に対して、をの進展開を利用して
と定義する。このとき、命題1におけるの定義式と①から
と書けることがわかる。補題5より、相異なるに対する は差が少なくともだけある。よって、の取りうる相異なる値は丁度個である(の分だけ自由度がある)。それらの値をとしよう。を補題6のように定義すれば、がわかる。今、を なる整数としよう(非自明解であったのでこのようなものは存在する)。とし、を となるような整数とする。この に対して、補題6によって存在する関数をとる。のもつ性質より
と書ける。定義式とLeibniz則より
なので、
なる表示を得る。理由: 次のように二重和の変形で確認できる。
今、は十分大なので、である。命題2より に対して
が成立し、補題6より
最後に、を使えば、
なので、
が得られた。これは、が十分に大きいときに矛盾する。 Q.E.D.
*1:A. Baker, transcendental number theory, Cambridge University Press, (1975).
*2:補題6は留数定理を使うBakerの証明より直接的な証明を書いています。
*4:最後の不等式は 、すなわち が成り立つということであるが、なので、十分大きい に対して成立する。
*5:最初の不等式は、 及び から従い、二つ目の不等式は が十分大なるに対して成立することからわかる(よりがとれる)。
*6:最後の不等号はと同値であり、これは十分大なる に対して成立する。
*7:最後の不等号は と十分大なる に対して成り立つことがわかる。
*8:の場合や の場合にも を同様に定義しておく。