ジュリアン・ローゼン(Julian Rosen)という数学者がいます。
私は博士後期課程のとき、ジュリアンが導入したある数学的対象に着目しました。そして、彼の研究には含まれない結果を発見・証明することができ、それが私の博士論文につながりました。
その後、その対象に関する論文は幾つも現れていますが、国内で最初にそれに関する仕事をできたことは私にとって幸運でした(ジュリアンの仕事の存在自体はSさんに教えていただきいました)。
他にもジュリアンは面白い仕事をしており、私は彼の影響をとても受けています。
さて、最近になってジュリアンはまた面白い論文[R]を書いていました。それを紹介することがこの記事の目的であります。
- 数直線をティーることはできない
- 平面はティーることができる
- 数直線をティーることはできないことの証明
- 平面をティーることができることの証明(定理3への帰着)
- 平面をティーることができることの証明(定理3の証明)
- 参考文献
数直線をティーることはできない
数直線上の点の上にティー(アルファベットのT)を生やしましょう。
ここで、ティーとは2つの線分を合わせた(数学的には合併をとった集合を意味します)もので、1つは考えている数直線に垂直な線分で(こちらをベースとよびます)、ベースの片方の端点は数直線上にあるものとします。また、もう1つは考えている数直線と平行な線分で(よって、ベースとは垂直であり、こちらをトップとよびます)、ベースのさっきとは反対側の端点がトップの中点であるとします。
ベースとトップの長さは正の実数であればどんなものを考えてもよいものとし、特にベースとトップの長さが等しい必要はありません。
数直線上の複数の点上にティーを生やすことを考えましょう。このとき、各ティーは同一半平面上にある状況を考えることにします。
数直線の部分集合に対して、「をティーる」とは、「相異なる2点 に対して上に生えているティーと上に生えているティーが互いに交わらない(集合として共通部分が空集合となること)ように、各点 上にティーを1つずつ生やすこと」とします。
が有限集合であれば明らかにいつでもティーることができて、例えば「例1」の図は青い5つの点のなす集合をとしたときに、をティーった例になっています。
次の図は(実際は既に見たようにティーることができるんだけれども)ティーることに失敗した例です。
ここで問いたいことは「数直線はティーることができるか?」というものです。
次が答えです。
平面はティーることができる
前節の問題の2次元版を考えてみましょう。つまり、平面上の点の上にティーを生やします。
ティーは2つの線分を合わせたもので、1つは考えている平面に垂直な線分で(ベース)、ベースの片方の端点は平面上にあるものとします。また、もう1つはベースと垂直な線分で(トップ)、ベースのさっきとは反対側の端点がトップの中点であるとします。
1次元のときとの違いは、トップは考えている平面と平行な線分ですが、色々な向きを考えることができます。
平面上の複数の点上にティーを生やすことを考えましょう。このとき、各ティーは同一半空間上にある状況を考えることにします。
平面の部分集合に対して、「をティーる」とは、1次元のときと同様に、「相異なる2点 に対して上に生えているティーと上に生えているティーが互いに交わらないように、各点 上にティーを1つずつ生やすこと」とします。
数直線はティーることができませんでしたが、平面もティーることはできないのでしょうか?
ジュリアンは次を証明しました。
数直線をティーることはできないことの証明
この節では定理1を証明します。
をの部分集合とし、をティーることができたと仮定します。このとき、は高々可算であることを示しましょう。そのことが示されれば、もちろんはティーることができないとわかります。
をティーった際の各 上に生えているティーをと表すことにします。
そして、各 に対して、のトップを数直線上に射影した線分上の有理数 を、を満たすように1組選びます(は開区間の記号です)。
ここで、写像 を で定義しましょう*1(はギリシア文字の「イオタ」です)。
写像が単射であれば証明完了です。というのも、集合の濃度を絶対値記号で表すことにすると、が得られ、は高々可算ということになるからです。
が単射であることを示すために、相異なる2点 (と大小関係を付けておきます)が存在して、が成り立つ状況があると仮定しましょう(背理法による証明)。
このとき、, とおくと、図のような状況になって、とは必ず交わることがわかります。
ポイントはのトップとのトップはともに赤い線分は含むだけ長くないといけないことです。図ではのベースがのベースより長くなっていますが、他のケースでも変わりません。
というわけで、今はをティーっていたわけですからのはずで、これは矛盾です。よって、は単射であり、その結果、定理1が証明されました。
平面をティーることができることの証明(定理3への帰着)
ジュリアンによる定理2の証明は次の定理3に基づきます。
- 直線は を通る。
- がを満たすならば、 かつ である。
- がおよびを満たすならば、である。
ただし、は「かつ」を意味するものとする。
この定理3で存在する および を用いれば、以下に説明するようにをティーることができます。むしろ、定理2より強く、ティーる際の各点上のティーのトップの長さは好きに選んでよいことまで証明できます。
一方で、定理3の証明は整列可能定理および(それと同値な)ツォルンの補題(これらは選択公理と同値です)を用いる非構成的な証明であり、従って、をティーる方法も非構成的となります*3。
定理3の証明は次の節にまわして、ここでは一旦成立を認めることにしましょう。
各点 に対して、上にティーを次のように生やします(, でそれぞれのベースおよびトップを表すことにします):
- は長さ。
- は平面への射影が直線に含まれるようなものであり、長さはあなたの好きな正の実数。
この構成でをティーることができています。それを確かめるには、相異なる2点 を任意にとって、を示せばよいです。そのためには、
なので、
を示せばよいです*4。
が整列順序(特に全順序)であることから、と仮定しても一般性を失いません。
また、は明らかです。
今、定理3によって なので、がわかります。
また、なので、がわかります。
今の設定で、かかはわかりませんが、場合分けをしましょう。であれば直前の議論と同様にがわかります。よって、の場合を考えましょう。
このとき、定理3によって が成り立ちますので、やはりが成り立ちます(もしなら交わるかもしれません)。
これで示すべきだったことが全て確認できました。
平面をティーることができることの証明(定理3の証明)
定理2の証明を完了させるためには、定理3の証明が残っています。適切な上の整列順序の存在を示す必要がありますが、とりあえず何かしらの上の整列順序が存在することは次の定理からわかります。
ですが、今回の証明では何でもよいわけではありません。
集合論から必要な知識を幾つか思い出しながら議論していきます。
上の整列順序に事実2によって対応する順序数全体のなすクラスをとします。このとき、整列可能定理によっては空ではありません。よって、事実3によっては最小元を持ちます。その最小の順序数に対応する上の整列順序をと表すことにします。
このように順序を選ぶ理由は、次の補題を使いたいからです。
補題の証明. 背理法によって証明するために、の切片に対してを仮定する。このとき、ベルンシュタインの定理および事実1からが成り立つ。これは整列集合と順序同型な上の整列順序の存在を示す。
整列集合に事実2によって対応する順序数をとするとき、との間の順序同型によってに対応するの切片をとすると、順序数の性質*10からとなって、はより小さい。一方、背理法の仮定からはに属するので、の最小性に反する。 Q. E. D.
それでは適切な整列順序は定まったため、定理3で要求される および の存在性を示しましょう。それはある順序集合を定義し、その集合にツォルンの補題を適用して、存在する極大元から手に入れるという形で実行されます。
集合を次のように定義します。
少しみにくいですが、集合と集合のペアであって、以下の1.から5.の条件を満たすもの全体の集合です。
- はの切片または。
- 任意の に対して、は正の実数であり、はを通る直線。
- , ならば かつ 。
- , かつ ならば 。
- 任意のに対して、が成り立つ。
また、上の半順序をペアのそれぞれの成分についての包含関係によって定めます*11。
なお、には自明な元が属することはすぐにわかります*12。
ここでツォルンの補題を思い出しましょう。
先ほどの半順序により順序集合とみたはツォルンの補題の条件を満たします。
よって、ツォルンの補題によっては極大元を持ち、それを1つとって、改めてと表すことにしましょう。
主張の証明. を仮定すると、はの切片である。このとき、が存在して、が成り立つ。以下、
が満たされるような, が存在することを論証したい。それが言えれば、の極大性に矛盾し、背理法によってが従うのだ。
を通る内の直線全体の集合をと表し、その部分集合を
と定める。すると、が成り立つ*14。また、を無限集合と仮定して、事実1よりが成り立つ*15。
よって、事実1および補題よりと評価できる。
一方、が成り立つ(直線を内で考えているから!)。従って、は空集合ではなく、そこに属する元を1つとって、と定める。が有限集合のときもとなったりするだけで全く同様にを選べる。
に対する5.より であるため、が空集合でない場合は通常の大小関係に関する最小元が存在する(としよう)。(この集合の濃度は補題よりより真に小さい)に属さない正の実数であって、より小さいものを1つ選んでとせよ。が存在しない場合(先の集合が空集合の場合)は単にに属さない正の実数であればよい*16。
これで, が選べたので、後はに対して1.から5.の条件が満たされていることを確認すればよい。
1.のチェック。がでなければ、は空集合でないので、整列性から最小元をもつ。このとき、が成り立つ。
2.のチェック。は正の実数としてとったし、もを通る直線としてとった。
3.のチェック。()に対して、 かつ であればよい。これは、およびから従う。
4.のチェック。()かつ のときに、であればよい。が空集合であれば自明であるし、空集合でなければ、となるようにとったのであった。
5.のチェック。任意のに対して、を示したい。またはの場合はが成り立つので、に対する5.から従う。かつの場合、なので、が高々1元集合であることを示せばよい。もし、で、が成り立つならば、となる。これはととっていたことに矛盾する。 Q. E. D.
以上で主張が示されたため、が得られました。このとき、 および は定理3の条件を満たしています(大事なのは3.と4.です)。
というわけで、定理3の証明が完了した結果、前節の議論と合わせて定理2の証明も完了しました。ジュリアンの論文においては、であればいつでもをティーることができるということが書かれています(証明は同じです)。他にもヴィーることやオーることについての言及があります。
参考文献
J. Rosen, How to tee a hyperplane, Amer. Math. Monthly 129, 781−784.
*1:ここのは開区間の記号ではなく、直積集合の元(順序対)としての記号です。
*2:任意の空でない部分集合が最小元を持つような順序を整列順序といいます。任意の2元部分集合も最小元を持つことから、整列順序は必ず全順序です。
*3:タイトルの「ジュリアンの森」はをティーった姿(数学的にはティーの族 )のことを指しているつもりですが、ジュリアンの森は存在するのですが、具体的にどのようなものであるかはこの証明からはわかりません。
*4:だからです。
*5:ここでは既に選択公理は仮定されていることに注意しておきます。
*6:順序集合であって、付随する順序が整列順序になっているもののこと。
*7:定義は割愛します(が非反射的な整列順序であるような推移的集合)。
*8:順序数, の大小関係はで定まります。
*9:一般の整列集合に対しても全く同様に切片が定義できます。
*10:.
*11:つまり、2つのペアを, と略記するとき、関係をかつによって定めます。
*12:整列集合には最小限が存在するので、それをとおけば、がわかります。つまり、空集合はの切片です。
*13:本当は「ペア」と言うべき。以下も同様の省略表現を用いる。
*14:からへの写像を直線の像をに属する何かしらの元として定めると、これは単射である。
*15:からへの写像を直線の像をおよび , を満たす(何かしら1組とる)として定めると、に対する条件3.からなので特にであり、よって、はとの交点(それはではない)からなる1元集合である。よって、この写像は単射である(とそれ以外の点を結ぶ直線は1つしか存在しない)。
*16:定理3には5.に対応する条件が現れていないですが、実のところ、5.はここでをとる際にが有限集合であって欲しいために用意された条件だと思います(空でない有限集合は必ず最小元を持つ)。ただ、5.で考える集合が高々1元集合であると要請することは一般には不可能なことがわかりますので、高々2元集合としているのだと思います。