インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

高木貞治の論文"Zur Theorie der natürlichen Zahlen"を読む

高木貞治博士の論文を読むシリーズ第二弾です。第一弾は

integers.hatenablog.com

でした。今回は高木博士が50代後半の時に出版された論文

Teiji Takagi, Zur Theorie der natürlichen Zahlen, Proceedings of the Imperial Academy of Japan, Vol. 7, (1931), 29-30.

を読みます。

極めて短い論文ですが、要約すると「自然数について、加法の存在性定理を導いてしまえば帰納法なしに結合法則および交換法則を証明できる」という内容だと思いました。もちろん、存在性定理の証明には帰納法の公理を使いますが。

ちなみに、最近は自然数に0を含めるのが主流だと思われますが、Peanoや高木博士は1から始めています。

本論

Peanoの公理を思い出す:

  1. 1は自然数である。
  2. 自然数xに対して、次の自然数x'が唯一つ存在する。
  3. 各自然数xに対して、1\neq x'である。
  4. x'=y'であればx=yである。
  5. 自然数の集合が1を含み、自然数xを含むときはx'を含むのであれば、その集合は自然数全体の集合である。

F(x)=x'という関数(\mathbb{N}\to\mathbb{N})はF(x')=F(x)'なる関数等式を満たしているが、逆にこの関数等式を満たすような関数F(x)を全て決定したい。

F(1)=1を仮定した場合は、F(x)=xである。理由: F(x)=xが所望の関数等式およびF(1)=1を満たすことは明らか。逆に、関数等式およびF(1)=1を満たす関数Fがあったと仮定する。(一つの)自然数xに対して、F(x)=xが成り立つと仮定する。このとき、F(x')=F(x)'=x'が成り立つので、公理5. より全ての自然数xに対してF(x)=xが成り立つ

このケースを除くために、自然数aに対してF(1)=a'であるとする(公理3.)。これを今後F_a(x)と表す。すなわち、

F_a(1)=a',\quad F_a(x')=(F_a(x) )'. \tag{1}

定理 (1)を満たすような関数F_a(x)が唯一つ存在する。

証明. 一意性は公理5. より明らか。 存在性をaに関する帰納法で証明する。 a=1のとき、F_1(x):=x'が(1)を満たす。実際、

F_1(1)=1',\quad F_1(x')=(x')'=(F_1(x) )'

である。次に、F_a(x)が存在すると仮定する。p=a'とするとき、F_p(x):=F_a(x')が(1)を満たす。実際、

\begin{align}F_p(1)&=F_a(1')=(F_a(1) )'=(a')'=p',\\ F_p(x') &= F_a((x')')=(F_a(x') )'=(F_p(x) )'\end{align}

である。 Q.E.D.

証明から次がわかる。

F_a(x)
F_1(x)=x',\quad F_{a'}(x)=F_a(x') \tag{2}
を満たす。

さて、\varphi(x):=F_b(F_a(x) )とおこう。(1)より

\begin{align}\varphi(1)&=F_b(F_a(1) )=F_b(a')=(F_b(a) )', \\ \varphi(x') &= F_b(F_a(x') )=F_b( (F_a(x) )')=(F_b(F_a(x) ) )'=(\varphi(x) )'\end{align}

が成り立ち、定理より\varphi(x)=F_{F_b(a)}(x)が成り立つ。

次に、\varphi(x):=F_x(y)とすると、(2)より

\begin{align}\varphi(1)&=F_1(y)=y', \\ \varphi(x') &= F_{x'}(y)=F_x(y')=(F_x(y) )'=(\varphi(x) )'\end{align}

なので、定理より\varphi(x)=F_y(x)を示している。

F_a(x)=x+aと書けば、これらは

(x+a)+b=x+(a+b)

y+x=x+y

を意味している。

抽象的素数大富豪

素数大富豪については

integers.hatenablog.com

をご覧ください。

最初に出た素数大富豪の公式ルールは2014年9月19日公開の

https://t.co/K5Tf8SeNHW

でした。しかし、twitterか何かで「素数大富豪のルールガバガバだな」というような文を見かけたので、ルールをできるだけ厳密にしようと試みたのが、 2017年2月10日公開の

https://dl.dropboxusercontent.com/s/n5pj0540muso2fn/prime_daifugo_rule.pdf?dl=0

でした。それでも、厳密性が欠けている部分は多数あり、もう一度修正したいと考えていました。それで、ちょっと修正する気になったのですが、考え出すと

「トランプとは何か」

から気になります。

「手札とは何か」

「各プレイヤー手持ちのカード」

「手持ち」とは何か

「手に持っている」

「手とは何か、持つとは?」

という感じになってきて、現実世界における素数大富豪の完全なる厳密化は不可能だということに気づきました。

そこで、現実世界における素数大富豪は曖昧さを含んだものであって、一方で数学世界には厳密に定義された「抽象的素数大富豪」が存在し、我々は現実世界で抽象的素数大富豪の実現を試みているのだという考えに至りました。

そうして、書かれた「抽象的素数大富豪の定義」が次です。

https://dl.dropboxusercontent.com/s/ezd2tk2lniakco7/APDD.pdf?dl=0

これでだいぶ明瞭になったのではないでしょうか。

調べてみると、将棋の数学化を試みているwebサイトがあったのでリンクを貼っておきます。

将棋の数学的考察 (Komakuro氏)

アックス−グロタンディークの定理

kと正整数nに対して、写像P\colon k^n \to k^n多項式写像であるとは、P_1, \dots, P_n \in k[x_1, \dots, x_n]が存在して

P(x_1, \dots, x_n)=(P_1(x_1, \dots, x_n), \dots, P_n(x_1, \dots, x_n) ) \quad (x_1, \dots, x_n) \in k^n

が成り立つときにいいます。この記事ではTaoの記事とそのコメント欄を参考に次の定理のSerreの議論に基づいた証明を解説します。

定理(Ax, Grothendieck) 多項式写像P\colon \mathbb{C}^n \to \mathbb{C}^nが単射であれば全射である。

Hilbertの零点定理を使って、無限体の話を有限体の話へ移します。この記事では可換環論の幾つかの命題を既知と仮定します。

可換環論からの準備

Hilbertの零点定理

kを体とし、k[x_1, \dots, x_n]のイデアルIに対して、V(I)

V(I):=\{(a_1, \dots, a_n) \in k^n \mid f(a_1, \dots, a_n)=0 \ ({}^{\forall}f \in I)\}

と定義し、集合S \subset k^nに対してイデアルI(S) \subset k[x_1, \dots, x_n]

I(S) := \{f \in k[x_1, \dots, x_n] \mid f(a_1, \dots, a_n)= 0 \ ({}^{\forall}a_1, \dots, a_n) \in S\}

と定義する。また、イデアルIの根基\sqrt{I}

\displaystyle \sqrt{I}:=\{f \in k[x_1, \dots, x_n] \mid f^r \in I \ ({}^{\exists}r \in \mathbb{N})\}

で定義されるイデアルである。

Hilbertの零点定理 kを代数閉体とする。このとき、イデアルI \subset k[x_1, \dots, x_n]に対して、I(V(I) )=\sqrt{I}が成り立つ。

Jacobson環

可換環RJacobson環であるとは、Rの任意の素イデアルが極大イデアルの共通部分として表されるときにいう。体や\mathbb{Z}はJacobson環である。

定理1 可換環RがJacobson環であれば、多項式環R[x_1, \dots, x_n]もJacobson環である。

この定理はHilbertの零点定理の一般化と考えることができる。実際、体kがJacobson環であることからk[x_1, \dots, x_n]のイデアルIに対して\sqrt{I}=\bigcap_{I \subset \mathfrak{p}}\mathfrak{p}=\bigcap_{I \subset \mathfrak{m}}\mathfrak{m}*1が成立し、これがkeyとなってkが代数閉体の場合に零点定理の主張が証明される。

この定理1を利用して次の重要な定理が示される:

定理2 可換環RがJacobson環で体kR上有限生成な環とする。このとき、kR上有限生成加群である。

Rを体とすればZariskiの補題となる(Zariski版零点定理と呼ばれることもある)。

Zariskiの補題k上有限生成な体はkの有限次拡大体である。

有限性に関する補題

補題 \mathbb{Z}上有限生成な可換環の極大イデアルによる剰余体は有限体である。

証明. R\mathbb{Z}上有限生成な可換環とし、Rの極大イデアル\mathfrak{m}をとって剰余体をk:=R/\mathfrak{m}とすると、k\mathbb{Z}上有限生成なので\mathbb{Z}がJacobson環であることと定理2からk\mathbb{Z}上有限生成加群である。もしkの標数が0であれば\mathbb{Q}kの部分\mathbb{Z}加群となるが、\mathbb{Z}はNoether環なので\mathbb{Q}\mathbb{Z}上有限生成となってしまう。これはあり得ない(有理数の分母の素因数が有限通りしかあり得なくなってしまうため)。よって、kの標数はp > 0である。すると、k\mathbb{F}_p上有限生成な環なのでZariskiの補題よりk\mathbb{F}_pの有限次拡大となり、それは有限体である。 Q.E.D.

Ax-Grothendieckの定理の証明

P\colon \mathbb{C}^n \to \mathbb{C}^nを多項式写像とし(P=(P_1, \dots, P_n))、単射であると仮定する。2n変数多項式環\mathbb{C}[x_1, \dots, x_n, y_1, \dots, y_n]のイデアルIP_1(\boldsymbol{x})-P_1(\boldsymbol{y}), \dots, P_n(\boldsymbol{x})-P_n(\boldsymbol{y})の生成するイデアルとする(\boldsymbol{x}=(x_1, \dots, x_n), \boldsymbol{y}=(y_1, \dots, y_n))。Pの単射性から各j=1, \dots, nに対してx_j-y_j \in I(V(I) )なので、Hilbertの零点定理によってQ_{i, j} \in \mathbb{C}[\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}](1 \leq i, j \leq n)およびr_i \in \mathbb{N}が存在して

\displaystyle \sum_{i=1}^n(P_i(\boldsymbol{x})-P_i(\boldsymbol{y}) )Q_{i, j}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}) = (x_j-y_j)^{r_j} –①

が成り立つ。ここで、背理法で定理を証明するためにPは全射ではないと仮定する。すると、或る\boldsymbol{a}=(a_1, \dots, a_n) \in \mathbb{C}^nが存在して、任意の\boldsymbol{x} \in \mathbb{C}^nに対してP(\boldsymbol{x})-\boldsymbol{a} \neq 0が成り立つ。これより、IP_1(\boldsymbol{x})-a_1, \dots, P_n(\boldsymbol{x})-a_nの生成する\mathbb{C}[\boldsymbol{x}]のイデアルとすると1 \in I(V(I) )であり、Hilbertの零点定理によってR_i \in \mathbb{C}[\boldsymbol{x}]が存在して

\displaystyle \sum_{i=1}^n(P_i(\boldsymbol{x})-a_i)R_i(\boldsymbol{x})=1 –②

が成り立つ。

今、可換環R \subset \mathbb{C}P_i, Q_{i, j}, R_i (1 \leq i, j \leq n)の係数達およびa_1, \dots, a_nが生成する\mathbb{Z}上の環とする。Rの極大イデアルの一つを\mathfrak{m}とすると、有限性に関する補題からk:=R/\mathfrak{m}は有限体である。Rの定義から、①、②はk係数の等式と思って成立することがわかる。これはPk係数に還元した多項式写像\widetilde{P}\colon k^n \to k^nが単射でありかつ全射でないことを示している。つまり、或る有限集合から自分自身への全射でない単射が存在するといっているのである。そんな馬鹿な。 Q.E.D.

*1:\mathfrak{p}は素イデアルで\mathfrak{m}は極大イデアル。一つ目の等号は標準的に成立し、定理から二つ目の等号が得られる