インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

OpenAI社が10/7に公開した問題の中で私がとりあえず驚いた結果の紹介

本日、OpenAI社が数学に関する数百の論文を公表しました。

論文の中身はまだ見ていないですが、overviews.pdf で主張されているタイトルと内容だけで判断して、私が個人的に驚いた問題を紹介します。
なお、「私自身が絶対に解くんだ!」と思っていた問題は一つも含まれていませんでした。(そのうちの一つであった「\zeta(5) の無理数性」は先月解かれてしまったようですが。私がwebページに公開しているベンチマークも一つも解かれていません。Shin-ichiro Seki - コメント)他にも、凄そうだと思う結果はたくさんありますが、全然語る知識がないものについてはピックアップしないようにします。


003. The quasi-Riemann hypothesis

リーマンのゼータ関数 \zeta(s) は \mathrm{Re}(s)>7/8 に零点を持たないことなどを証明しているようです。以前は、いかなる \varepsilon > 0 に対しても、\mathrm{Re}(s) > 1-\varepsilon に零点を持たないという結果は得られていませんでした。


004. Hilbert's tenth problem over \mathbb{Q}

整数解の場合の否定的解決は Davis–Putnam–Robinson–Matiyasevich によって成し遂げられたことは有名ですが、有理数解の場合はより難しい問題として有名な未解決問題だったと思います。それが、否定的に解決されたようです。


005. Irrationality of Catalan's constant

\displaystyle \sum_{j=0}^{\infty}\frac{(-1)^j}{(2j+1)^2}

の無理数性が示されたようです。ベンチマークとして、かなり意識されていた定数です。


008. The Deligne-Drinfeld conjecture

系として、モチヴィック多重ゼータ値が満たす任意の \mathbb{Q}-係数線形関係式はアソシエーター関係式から得られることが証明されたことになります。私は多重ゼータ値の分野の専門家ですが、当該分野における非常に大きな成果と言えそうです。先輩である広瀬さんと佐藤さんの結果が用いられていそうなことは誇らしく思います。


017. The irrationality exponent of \pi is 2

これが一番感情をぐちゃぐちゃにされた結果かもしれません。円周率に関する一つの決定的結果と言えます。それまでに知られていた上からの評価は 7.1 ぐらいでした。"2" はoptimalです。収束性が未解決として有名であった Flint-Hills級数についても収束性が示されたことになります。ものすごく大きい未解決問題としてはフィールズ賞受賞の理由となったRothの定理を大幅に拡張する「Kontsevich-Zagierの周期は無理数度2である」がありますが、今回の証明手法を学んでどこまで進めるかどうかは勉強したいかもしれません。


028. The Gaussian moat conjecture

一歩ずつの長さに一定の上限を設けて、ガウス素数を足場にジャンプしていって、無限遠まで行けるか? No.


029. Artin's primitive root conjecture: infinitude for every base

二番目に驚きました。a が -1 でも平方数でもないような整数であるとき、a が p を法とする原始根となるような素数 p が無限に存在するという予想が解かれたようです。Hooleyが一般化リーマン予想の仮定のもとで証明したり、Heath-Brownによる a=2, 3, 5 の少なくとも一つでは正しいなどの結果は知られていました。


030. Modularity over imaginary quadratic fields

Wilesがフェルマーの最終定理を解決し、その後、Breuil-Conrad-Diamond-Taylor によって、「\mathbb{Q} 上の楕円曲線はモジュラーである」という志村-谷山予想が解決されていましたが、虚二次体におけるモジュラリティが解かれたようです。


159. Erdős's reciprocal-sum conjecture and quasipolynomial Szemerédi bounds.

三番目にびっくりしました。逆数和が発散する整数列は任意の長さの等差数列を含むという有名な未解決問題が解決されたようです。Green-Taoの定理の遥かな一般化です。


他の人からコメントをいただいたトピックについて

074. Kakeya in three and four dimensions

これは今年フィールズ賞を受賞した Hong Wang の3次元掛谷問題より強い結果らしいです。ミーハー的に凄そう。


あと、377個の項目には書いてない気がするけれど、公開されているプレプリントに "A sharp Fourier certificate for planar circle packing" というのがあって、ここでは「2-魔法関数」の存在が示されているようです。私がフィールズ賞受賞者である Viazovska の業績紹介を雑誌「数学」に寄稿した際に未解決問題として紹介したものです。


377個の項目以外に、プレプリントの方を全部チェックすれば更なる驚きがあるかもしれないと思うと恐ろしいですが、それについては追加があれば追記するようにします。

非Wieferichっぽい素数の無限性

前回の記事において新しいプレプリント
arxiv.org

の簡単な紹介をしました。そこでも述べたように、

2^{p-1}\not\equiv 1+p \pmod{p^2}

であるような素数の無限性を証明しているのですが、これはOEIS A125854に掲載されている素数ではない素数の無限性です。A125854を読むと

Primes p that are base-((p-1)/2) Wieferich primes, that is, primes p such that ((p-1)/2)^(p-1) == 1 (mod p^2). - Jianing Song, Jan 27 2019

という記述が見つかります。これはどういうことかというと、

2^{p-1}\equiv 1+p \pmod{p^2}

を満たす素数というのは

\displaystyle \left(\frac{p-1}{2}\right)^{p-1}\equiv 1 \pmod{p^2}

を満たす素数と言っても同じということです。Wieferich素数の定義における底 2 を、 p を動かすと変動する \frac{p-1}{2} に置き換えたバージョンとなっています。これは簡単に確認できて、二項定理から

(p-1)^{p-1}\equiv 1+p \pmod{p^2}

であることを使えば一発です。すると、

\begin{align}2^{p-1}\not\equiv 1 \pmod{p^2}\tag{1}\end{align}

を満たす素数の無限性はSilvermanによってABC予想を仮定して示されている一方で、

\displaystyle \begin{align}\left(\frac{p-1}{2}\right)^{p-1}\not\equiv 1 \pmod{p^2}\tag{2}\end{align}

を満たす素数の無限性はMatsusaka-Sekiによってunconditionalに示されているということになります。


関連研究に関する知識が一切ない状態で (1) を満たす素数の無限性と (2) を満たす素数の無限性のどちらが難しいでしょう?というクイズを出されたら、私は (2) と答えてしまいそうです。「何とか素数の無限性」って本当に見た目からは難しさの判定ができないなあと。

「何とか素数の無限性」を示しまくる

松坂俊輝さん(九州大学)との共著論文をarXivにプレプリントとして公開しました:
arxiv.org

これは、環 \mathcal{A} の世界における超越数論を論じた世界で4番目の論文です。


最初の3つはAnzawa-Funakura [AF], Luca-Zudilin [LZ1], Luca-Zudilin [LZ2]です。


環 \mathcal{A} という世界は一般的には全く有名ではないですが、最近tsujimotterさんが紹介記事を書かれましたので、ぜひ、そちらも合わせてお読みください:

tsujimotter.hatenablog.com


著者としては論文の隅々まで面白いと思っていますし、できればその全てを説明したいところなのですが、今回はその一部を取り上げてアウトリーチしたいと思います。

 
取りあげるのは \mathscr{F}(q) の超越性と \log_{\mathcal{A}}(2) の無理性です。


どうしても大学数学の基本的知識がないと読めない部分もあるかもしれないですが*1、先ほど紹介したtsujimotterさんの記事ではかなり丁寧に説明されているので、先にそちらを読んでおくと理解度があがると思われます。


とはいえ、本当に伝えたいことは、実際にやっているのは「何とか素数の無限性」なのであって、初等的に述べることができます。例えば、今回の論文で

2^{p-1}\not\equiv 1+p \pmod{p^2}

を満たすような素数の無限性が証明されています。

色々な世界における「数論」

私は「数論」と「整数論」という言葉は使い分けるべきであるという独自の主張をしていますが、「整数論」では整数を研究し、「数論」では数を研究するので、後者の方が分野として広いという解釈です。


数論の研究には長い歴史がありますが、研究対象である数がどこに属するか、つまり「数論を行う舞台がどこであるか」によって分野が細分されます。


最も長く、多く研究されてきたのは整数環 \mathbb{Z}, 有理数体 \mathbb{Q}, 代数体, そしてそれらを埋め込める実数体 \mathbb{R} ないし、複素数体 \mathbb{C} を舞台とする数論でしょう。


しかし、実は他にも様々な舞台設定があり、それぞれの世界での数論が研究されています。p進数の世界、関数体の世界、グラフの世界、結び目と素数の類似性に着目した数論的位相幾何学の世界など。


舞台設定を変えた数論の研究の方針としてよくあるのは、「舞台 A での特定の現象の類似物は、舞台 B にもあるだろうか?」という疑問に基づくものです。


「Aにおける〜理論」があれば「Bにおける〜理論」があることはよくあることなのですが(「理論」の部分を「定理」や「予想」に置き換えてもそう)、舞台自体が全く異なるわけですから、そもそも類似性が見つかること自体が不思議であることが多く、その研究は魅力的です。


また、たとえ類似現象があったとしても、舞台が変わると違いも当然あるため(例えば、1+1=0 となる世界で数論をやったりする)、その微妙な違いがまた魅力になったりもします。


環 \mathcal{A} というのは、この視点で見たときに、新しい数論の舞台となる世界です。


tsujimotterさんの記事のタイトルに「有限多重ゼータ値①」とついています。最近(ここ10年ちょっとぐらい?)環 \mathcal{A} が考えられるようになったきっかけは、先に「有限多重ゼータ値」なる対象を研究したくなり、それがどこに属するかを考えたことだと思われますが(Zagierによる)、このことは歴史的偶然であると考えることは可能です。


数論における研究対象の一つとして、「多重ゼータ値」とよばれるものがあります。

tsujimotter.hatenablog.com


多重ゼータ値の分野は比較的若い研究分野(1990年ごろから)なのですが、もともとは \mathbb{R} \subset \mathbb{C} に属しており、p進多重ゼータ値とか、関数体における多重ゼータ値など、別舞台における多重ゼータ値が研究されています。


そして、新しい多重ゼータ値の類似物として有限多重ゼータ値とよばれるものがあり、それがどの世界に住んでいるのかと考えた結果が環 \mathcal{A} だったのですが、環 \mathcal{A} は大変魅力的な世界ですので、もともと環 \mathcal{A} という数論の舞台があって、そこで様々な数論が展開されるという構図になっていてもおかしくありません。


\mathcal{A} には有理数体 \mathbb{Q} を自然に埋め込むことができるので \mathbb{Q} 代数になりますが、\mathbb{Q} 以外の代数体については \mathcal{A} に埋め込むことはできないことがわかっています。つまり、\overline{\mathbb{Q}} は \mathcal{A} に入らないのですが、別の良い部分代数がRosen [R]によって導入されました。(というか、埋め込めてしまったらそれは普通の代数的整数論になってしまう。)


それが、\mathcal{P}^0_{\mathcal{A}} と書かれるもので、そこに属する元は「有限代数的数」と呼ばれています(もうお分かりのように、\mathcal{A} 関連のものは「有限〜」という名前がつきがちです。が、これには私はアンチです)。


\mathbb{C} においては、代数的整数論のあとに多重ゼータ値の分野ができましたが、\mathcal{A} においてはこの順番が逆転しているわけです。が、\mathcal{A} における代数的整数論を展開することはきっと面白いに違いなく、実際、[RTTY] のように \mathcal{A} における代数的整数論を発展させる研究も現れており(彼らの研究は通常の代数的整数論とのつながりと見ることもできるかもしれません)、今後の展開が期待されます。


そうして、無理数論や超越数論も数論のメイントピックの一つとして色々な世界で研究されてきたことを思い出しましょう。聞いたことがない方もおられるかもしれませんが、p進無理数とか、p進超越数もめっちゃ研究されています。Baker理論に対応するp進Baker理論とかもあります。関数体の世界では、実数値の多重ゼータ値やp進多重ゼータ値では超越性が全くわかっていないにもかかわらず、関数体における多重ゼータ値の超越性などが既に証明されています。


すると、\mathcal{A} が良い数論の舞台であるならば、ここでの無理数論・超越数論も展開されるべきですよね?


べきです。

\mathcal{A} の魅力

色々な世界における数論研究というのは、類似性が見つかるだけで不思議で既に面白いですが、それぞれの世界における数論研究に従事する各研究者は、自身が選んだ世界に何らかの特別な魅力を感じていることが多いのではないかと想像します。


実際、私は環 \mathcal{A} の世界に特別の魅力を感じています。


その理由は、\mathcal{A} において数論的な現象が起きているとして、その現象が逐一「何とか素数の無限性」と繋がっていがちだからです*2。


まず、素数は無限に存在します。これは大昔から分かっている簡単な事実です。集合の言葉で言えば、「素数全体の集合は無限集合」ということです。


なのですが、「素数全体の集合の真の部分集合」を様々に考えると、その無限性が激ムズになりがちです。


1837年に証明されたDirichletの算術級数定理は深い定理です。a > 0 と b が互いに素な整数であるとき、a n + b 型の素数が無限に存在するというものです。


この定理を「1次式の形をした素数の無限性」と捉えると(a > 0 とか互いに素であることが無限性の必要条件であることはすぐに分かるけれども、実は十分条件にもなっている)、2次式になると途端に未解決となります。例えば、「n^2+1 の形をした素数が無限に存在するか?」は未解決です。


部分集合の設定は「何次式の形」以外にもいくらでも考えられて、有名どころだと双子素数予想とか、Artinの原始根予想とか、正則素数の無限性とか、未解決問題だらけです。私の好みであれば(非)Wieferich素数の無限性であるとか、(非)Wolstenholme素数の無限性とか。


でも、算術級数定理とか、それを遥かに一般化したChebotarevの密度定理以外に示せるものが何もないかというとそうではなく、時々、非正則素数の無限性(Jensen)とか、\mathbb{Q} 上定義された楕円曲線の超特異素数の無限性(Elkies)とか、弱い素数の無限性(Erdős, Tao)など、「え?それ解けるの?」という無限性を解決する数学者が現れます。


それで、私もいつか「何とか素数の無限性」を証明したいなあと憧れるようになっていました(大学一年生ごろから)。


そういえば、昔からこの問題に興味があるにもかかわらず、それをうまく表現する名前を思いつきません。人と話すときは大抵「何とか素数の無限性」と呼んでいます。全く「正式な名称」感のない呼び方ではありますが、もうこれでいいのでは?と思ったり思わなかったり。


主題に戻ると、「何とか素数の無限性」は \mathcal{A} の世界の言葉に翻訳できることがあります。逆に、\mathcal{A} における事柄を「何とか素数の無限性」に翻訳できることがあります。このことは環 \mathcal{A} の定義を理解すると当たり前なのですが、tsujimotterさんの記事に紹介されているように、\zeta(3) の \mathcal{A} における対応物 Z_{\mathcal{A}}(3)\in\mathcal{A} や、\log (2) の \mathcal{A} における対応物 \log_{\mathcal{A}}(2) \in \mathcal{A} があって、


Z_{\mathcal{A}}(3)\neq 0 \qquad \Longleftrightarrow \qquad 非Wolstenholme素数の無限性

Z_{\mathcal{A}}(3) が零因子 \qquad \Longleftrightarrow \qquad Wolstenholme素数の無限性

\log_{\mathcal{A}}(2)\neq 0 \qquad \Longleftrightarrow \qquad 非Wieferich素数の無限性

\log_{\mathcal{A}}(2) が零因子 \qquad \Longleftrightarrow \qquad Wieferich素数の無限性


が成り立ちます。いや〜、環 \mathcal{A} の世界では、数が 0 でないということが一々有名な未解決問題と対応していたりするのです。たまりません。


また、これは他の世界と異なることですが、\mathcal{A} は整域ではありません。昔2次方程式の解き方を習ったときの要であった、ab=0 \Longrightarrow a=0 or b=0 が成り立つとは限らないのです。


ですので、零因子がいっぱいあるわけですが、零因子であることが未解決問題と対応したりもするのです。例えば、今回の論文でも扱った、\mathbb{Q} 上定義された楕円曲線 E に対する \alpha(E) \in \mathcal{A} という数があるのですが、これが零因子であることが、すなわちElkiesの定理と同値になっています。


以上が環 \mathcal{A} の魅力の一部ですが、ここでちょっと個人的な意見を述べておきます。「環 \mathcal{A}」と言っちゃうのはtsujimotterさんの記事にあるとおりなのですが、そして何故 A が使われているかというと、元々存在する別の環である「アデール環」を連想してだと思うのですが、Zagierさんは Poor man's adèle ring という名称で呼ばれています。ただ、私はこの名称が好きではなく、KontsevichやJarossayによる「無限大素数を法とする整数環」を正式名称に採用しています。ちょっと最近 Poor man's adèle ring を採用する論文が増えてきたので、今回は対抗してタイトルに「無限大素数を法とする整数環」を入れています。


また、KontsevichがZagierより早く2009年の論文で \mathcal{A} を別文脈で扱っているということが頻繁に取り上げられるのですが、Axが1968年というより早い時期に論文で扱っているため、Axの方を引用すべきだということを方々で言っています。今回の論文でもAxを引用し、Kontsevichは引用していません。

\mathcal{A} における超越数はどう定義されるか?

有理数体 \mathbb{Q} は \mathcal{A} に埋め込めるので、\mathcal{A}\setminus\mathbb{Q} の元のことを、\mathcal{A} における無理数と定義します。


一方で、\mathcal{A} における超越数の定義には注意が必要です。まず、\mathbb{Q} 以外の代数体を \mathcal{A} に埋め込むことができないという事実を思い出しますと、一瞬「\mathcal{A} では無理数 = 超越数なのではないか?」と錯覚します。しかし、\mathcal{A} には零因子がたくさんあることを思い出すと、そうではないことが分かります。

Fibonacci数列 (F_n)_n を考えます。この数列から \mathscr{F}=(F_p \bmod{p})_p \in \mathcal{A} を定義します。すると、過去記事

integers.hatenablog.com

で紹介しているように

\displaystyle F_p \equiv \left(\frac{p}{5}\right) \pmod{p}

が成り立つので(右辺はLegendre記号)、

\displaystyle \mathscr{F}^2-1 = 0

が成り立つことがわかります。普通は方程式 x^2-1=(x-1)(x+1) = 0 の解は x=\pm 1 しかないわけですが、整域でなければ、こういうことが起きます。実際、(Legendre記号の値の分布を考えると分かるように)\mathscr{F} は無理数であって、\pm 1 とは異なります。というわけで、\mathscr{F} は \mathcal{A} における代数的数と考えてよさそうです。


しかし、ことはそんなに単純ではありません。x^2-1=0 を満たす \mathcal{A} の元を全部代数的数とみなしてしまうと、(\pm 1 \bmod{p})_p \in \mathcal{A} は全部代数的数となってしまい、非可算無限に存在することになってしまいます。


Rosenは [R] において「ちゃんと代数的数と呼んでいい数」の同値な定義をいくつか与えました。その一つは線形漸化式由来で定まる \mathcal{A} の元というもので、Fibonacci数列は線形漸化式で定義されていることから、\mathscr{F} はちゃんと代数的数と呼んでいいことが分かります。


すると、代数的数には「正統的なRosenの意味での代数的数」と「定数ではない有理数係数多項式 f(x) の根となるという意味での、でも多すぎて正統的とは言い難い代数的数」の二種類があるという見方もできます。これに伴って、「(考えている世界の範囲において)代数的数でない数を超越数とよぶ」という定義に基づくと、代数的数の概念が二種類あるならば、超越数の概念にも二種類あることになってしまいます。


そうです。二種類あるのです。通常の超越数論においては二種類もありませんでしたが、こういう細かい差異こそが別世界で数論をやるときの醍醐味の一つです。


前者の意味での代数的数にならない \mathcal{A} の元のことを「Rosenの意味での超越数」と呼ぶことにして、この記事では「ロ超越数」と略すことにします。後者の意味での代数的数にならない \mathcal{A} の元のことを「素朴な意味での超越数」と呼ぶことにして、この記事では「ソ超越数」と略すことにします。


代数的数としてはRosenが考えたものが正統的なのであれば、ロ超越数だけ考えればいいのでは?と思われるかもしれません。ですが、そうではないのです。Rosenは(実際に示したことの対偶をとると)「ソ超越数 \Longrightarrow ロ超越数」を証明しています。もちろん、「ソ超越数ではないロ超越数」は非可算無限個存在しますが、考察したい数が実際にソ超越数になっている場合については、「その数のロ超越性よりもソ超越性の方が数学的に強い」ということになり、「ソ超越性」はとても気になるトピックとなるわけです。


さて、\mathcal{A} で超越数論を考えるのは何故か?と問われれば、他の世界で面白い数論であった超越数論が \mathcal{A} でも起こっているかもしれず、それを調査したいからです。他の世界で超越数として知られている数があれば、それの \mathcal{A} 類似の(ロ or ソ)超越性を調べることは本記事の論調からすれば、当然意義があることとなります。


ただ、\mathcal{A} における超越性には、その研究意義を超えた最強の魅力が備わっています!


\mathbb{R} に戻っていただいて大丈夫ですが、本来、無理性や超越性を示すことというのは「非零性を無限にたくさん示すこと」に他なりません。\sqrt{2} の無理性を考えてみましょう。\sqrt{2} が無理数であるためには、\sqrt{2}\neq 0 が必要条件です。\sqrt{2} は定義から正ですので(存在性とかにまで遡らないことにすれば)、明らかであり、わざわざそんな見方をする必要はないのですが、でもそうですよね。他にも、\sqrt{2}-1\neq 0 とか 11\sqrt{2}-23 \neq 0 とかも示される必要があります。


円周率 \pi が超越数であるという主張は、例えば、\pi^3-22\pi^2 + 137\pi -223\neq 0 という「非零性」を含んでいますよね。


無理性や超越性というのは「無限に多くの非零性」と捉えることができるわけです。このことは、環 \mathcal{A} においても変わりません。


ですが、思い出してください。\mathcal{A} においては、ある数の非零性は「何とか素数の無限性」と対応していたことを。


つまり、\mathcal{A} において、無理性や超越性を示すということは「「何とか素数の無限性」を無限通り証明する」ということなのです。ゾクゾクしませんか?

Anzawa-Funakuraの数 \mathscr{F}(q) のソ超越性

前節で紹介した通り、Fibonacci数列から自然に定義される \mathscr{F} は(Rosenの意味での)代数的数であり、それは超越数の例にはなっていませんでした。人工的にソ超越数の例を構成することは実は簡単で、Anzawa-Funakuraの論文でも一つの例が紹介されています。ですが、より自然なというか、あるいは数論的と呼びたくなるようなソ超越数の例が欲しいところです。\mathscr{F} ではダメなわけです。このようなモチベーションにおいて、Anzawa-Funakuraは環 \mathcal{A} における超越数論の世界初となる論文*3 [AF] において、面白い数を考察しました。


それは「Fibonacci数列の q-類似」から構成されます。数学では「q-類似」と呼ばれるものがよく研究されています。例えば、自然数 n の(標準的な) q-類似は

\displaystyle [n]_q = \frac{1-q^n}{1-q} = 1+q+q^2+\cdots + q^{n-1}

と定義されます。

\displaystyle \lim_{q\to 1} \ [n]_q = n

であることが分かりますが、この「極限 q\to 1 をとれば元の概念に戻る」という性質が、q-類似の基本です。ただ、これだけではq-類似の候補は無限に考えられるため、良いq-類似の数学が展開されるためには、「何らかの意味での由緒正しさ」のようなものは必要な気がします。ただ、私にはq-類似を語る資格があるほど勉強できていませんので、これ以上は語れません。


SchurはFibonacci数列の q-類似として「q-Fibonacci数列」 (F_n(q) )_n を F_0(q)=0, F_1(q)=1 および漸化式

F_{n+2}(q)=F_{n+1}(q)+q^nF_n(q)

で定義しました。確かに

\displaystyle \lim_{q\to 1} F_n(q) = F_n

が成り立つため、これはFibonacci数列の q-類似となっていますが、ちゃんと由緒正しさを持っています。というのも、この q-Fibonacci数列から、Hardyが「Rogers-Ramanujan恒等式よりも美しい公式を見つけ出すことは難しいだろう...」と言ったとされるRogers-Ramanujan恒等式(の第一恒等式)


\displaystyle \sum_{n=0}^{\infty}\frac{q^{n^2}}{(1-q)(1-q^2)\cdots (1-q^n)} = \prod_{n=0}^{\infty}\frac{1}{(1-q^{5n+1})(1-q^{5n+4})}


が導かれるのです。この由緒正しい q-Fibonacci数列から、自然に \mathcal{A} の元を

\mathscr{F}(q) = (F_p(q) \bmod{p})\in\mathcal{A}

と定めることにします。ただし、このとき、q には整数等を代入して考えていることにします(代入する場合は記号を変えた方がいいかもしれませんが、記号の濫用です)。


そして、非常に面白いことに、\mathscr{F}(1)=\mathscr{F} は代数的無理数であったけれども、q に1以外の整数を代入すると、\mathscr{F}(q) はソ超越数になっていそうだということをAnzawa-Funakuraは発見しました。面白い。


しかし、\mathcal{A} における超越性を示すには「「何とか素数の無限性」を無限通り証明する」必要がありました。簡単ではないはずですが、以下が、Anzawa-Funakuraの結果です。


定理 (Anzawa-Funakura [AF])
代数体に関する一般化リーマン予想*4を仮定する。このとき、q が平方因子を持たないような 1 より大きい整数であれば、\mathscr{F}(q) はソ超越数である。


一般化リーマン予想というバケモン級未解決問題を仮定することによって、(もう一つの仮定「平方因子を持たない」の下で)\mathscr{F}(q) のソ超越性の証明に成功したのです。当時、かっこいい結果だと思いましたし、それと同時に、「一般化リーマン予想の仮定は外せないものだろうか」と感じました。でもアイデアはすぐには湧かず。


あれから数年が経過し、今回の我々の結果は次です。


定理 (Matsusaka-Seki [MS])
q が 1 より大きい整数であれば、\mathscr{F}(q) はソ超越数である。


遂に、この結果を証明することができました!!!


証明の具体的内容に興味がある場合は論文を見ていただきたいですが、証明の構造は簡単には次のようになっています: まず、Luca-Zudilinが[LZ1]において、「q が 1 より大きい整数であれば、\mathscr{F}(q) はロ超越数である」ということの証明を見出しました。その証明にはAnzawa-Funakura論文 [AF] の主結果を用いる必要があります。その後、彼らは [LZ2] において別の数のロ超越性を示すのですが、[LZ2] の匿名の査読者がその証明をソ超越性に拡張します。そして、その拡張された論法を [LZ1] の証明に組み込むことによって、[LZ1] のロ超越性をソ超越性に拡張しています。我々の貢献はこの「組み込み」等にありますが、元の [LZ2] の発想はすごくて、古典的整数論の最高到達点ともいえる(自然密度版)Chebotarevの密度定理と、Fordによる最先端の結果の合わせ技で一般化リーマン予想の使用を巧みに避けていますが、絶妙なバランスで証明されています。


示されたということは「何とか素数の無限性」が言えまくってるんですよね。

F_p(4)^7 - 5F_p(4)^5 - 5F_p(4)^4 + 6F_p(4)^3 + 25F_p(4)^2 - 30 \not\equiv 0 \pmod{p}


なる素数 p は無限に存在するわけです。

零因子と無理数

環 \mathcal{A} については、\mathcal{A}^{\times} = \mathcal{A} \setminus \{\text{零因子全体}\} が成り立ちます。つまり、零因子でなければ可逆元です。\mathbb{Q}^{\times}\subset\mathcal{A}^{\times} ですから、

\mathcal{A} の「0ではない零因子」は無理数


が成り立ちます。非零性も零因子であることも、それぞれ「何とか素数の無限性」を表し、無理性は無限通りの「何とか素数の無限性」を表すため、上のimplicationは


二種類の「何とか素数の無限性」が、無限通りの「何とか素数の無限性」を強制する*5


と読むことが可能です。また、\mathcal{A} においては \mathbb{R} の場合などとは違って、無理性を示す必要はなく、非零零因子であることを示せば十分ということになります。もちろん、可逆な無理数も存在するため、いつでもそうというわけではありません。ただ、零因子であることを証明するのがすごく難しい場合に、その弱い版の結果としてとりあえず無理性を証明するという方針が可能となります。


上の[AF]や[LZ1]の結果もそうですし、一般に数学では問題が難しい場合にそれより弱い結果を示すということは重要であることが多いです。弱い結果を示しても本来の問題が解かれたことにはならないですが、とりあえず本来の問題が棄却されないという点は予想の根拠等として有効です。また、弱い結果の解き方を他の数学者(あるいは将来の本人でもいいですが)が発展させることによって、あるいは1つのingredientとして他の議論と組み合わせることによって、本来の問題が解けることだってあります。上の \mathscr{F}(q) のケースは実際にそうでした。


弱い結果を示すことの重要性が認識できたとき、次の視点として、「どう弱められるか?」が非自明だったりします。例えば、コラッツ予想は有名な未解決問題ですが、Applegate–Lagariasがある種の弱コラッツ予想を解決しています。それは「3x+1半群と彼らが呼ぶ半群が任意の正整数を含む」と定式化されるのですが、コラッツ予想は解けないけど、この形の弱コラッツ予想であれば解けるというのは非自明な発見に思われます。


ある「何とか素数の無限性」が難しい問題だったとして、それを \mathcal{A} のある元の零因子性に翻訳し、仮にその数の非零性は解けているという状況であれば、その数の無理性を狙うことは元の難問を弱めた問題となっているわけです。この視点は、人間的には、\mathcal{A} を考えることによって初めて得られるものかもしれません。

\log_{\mathcal{A}}(2) の無理性

対数関数は基本的で重要な関数ですが、\mathcal{A} においても対応すると目される写像 \log_{\mathcal{A}}\colon\mathbb{Q}^{\times}\to\mathcal{A} が考えられています。対数関数の値、例えば \log 2 は昔証明を解説したように無理数です:

integers.hatenablog.com


すると、\mathcal{A} における類似性を期待するのであれば、\log_{\mathcal{A}}(2) の無理性が気になります。


既に述べたように、\log_{\mathcal{A}}(2)は古典的な「何とか素数の無限性」と関係があり、


\log_{\mathcal{A}}(2)\neq 0 \qquad \Longleftrightarrow \qquad 非Wieferich素数の無限性

\log_{\mathcal{A}}(2) が零因子 \qquad \Longleftrightarrow \qquad Wieferich素数の無限性


でした。このうち、非Wieferich素数の無限性についてはSilvermanがABC予想の仮定の下で証明しています。


一方で、Wieferich素数の無限性(1093と3511の二つしか見つかっていないけれども、無限に存在する可能性はある)は全く解ける見込みのない状況です。であれば、「\log_{\mathcal{A}}(2)の無理性」をWieferich素数の無限性を弱めた問題として捉えることができます。


そうして、今回以下を証明することに成功しました。


定理 (Matsusaka-Seki [MS])
\log_{\mathcal{A}}(2)\not\in\mathbb{Q}^{\times} が無条件に成り立つ。特に、Silvermanの結果と合わせると、ABC予想の仮定下で、\log_{\mathcal{A}}(2) は無理数である。



例えば、\log_{\mathcal{A}}(2)\neq 1 が示されていますが、これは「何とか素数の無限性」に翻訳すると、


2^{p-1}\not\equiv 1+p \pmod{p^2}


を満たすような素数の無限性ということになります。OEISのA125854によれば


2^{p-1}\equiv 1+p \pmod{p^2}


を満たす素数は 3, 29, 37, 3373, 2001907169 の5つが見つかっていますが、そうでない素数の無限性がちゃんと証明されたということになります。


これはWieferich素数が無限にあった場合に強制される無限性ですが*6、Wieferich素数の無限性無しで証明できたということでもありますし、Wieferich素数の無限性という難問に対する理論的進展を与えることができたということでもあります。

参考文献

[AF] T. Anzawa, H. Funakura, Congruences for the q-Fibonacci sequence related to its transcendence, Ramanujan J. 63 (2024), no. 4, 1057–1072.
[LZ1] F. Luca, W. Zudilin, Irrationality and transcendence questions in the ‘poor man’s adèle ring’, Ramanujan J. 67 (2025), no. 4, Paper No. 88, 10.
[LZ2] F. Luca, W. Zudilin, Poor man’s transcendence for Frobenius traces of elliptic curves, to appear in Advanced Studies in Pure Math.
[MS] T. Matsusaka, S. Seki, Some results on naive transcendence in the ring of integers modulo infinitely large primes, preprint, arXiv:2604.25566.
[R] J. Rosen, A finite analogue of the ring of algebraic numbers, J. Number Theory 208 (2020), 59–71.
[RTTY] J. Rosen, Y. Takeyama, K. Tasaka, S. Yamamoto, The ring of finite algebraic numbers and its application to the law of decomposition of primes, J. Number Theory 263 (2024), 335–365.

*1:例えば、環 \mathcal{A} の定義をしっかりと理解できるのであれば、大学で学ぶ代数学に関するある程度の知識があることを意味しますし、これを書いていて「環」だって一般の方向けの説明においては前提とすべきではないことを思い出しました。

*2:追記: いつでもそうとうわけではないというか、今回のテーマにつられて「\mathcal{A}における等式の成立」について何も述べていませんでした。むしろ、こちらの方が有限多重ゼータ値のすみかとして選ばれた理由になりますが、「\mathcal{A}における等式」は有限個を除く全ての素数 p に対して成立する p を法とする合同式を表します。そのような合同式は立派な法則ですし、有限多重ゼータ値と関係のない素数を法とする合同式もたくさん知られていますので、このことからも \mathcal{A} が有限多重ゼータ値専用ではないことが分かります。例えば、Fermatの小定理は立派な法則ですが、底が 2 の場合を考えると、(2^{p-1}\bmod{p})_p という \mathcal{A} の元が 1 と等しいという等式で表現することができます(例外素数を具体的に記述しない分、弱くはなりますが)。これは今回の共著論文では \mathscr{D}(1)=1 と表していますので探してみてください。

*3:世界初論文を私が書けなかったことは当時悔しかったのを覚えています。

*4:「拡張されたリーマン予想」と呼ばれることも多い。

*5:無理数という言い方をしたければこうなりますが、実際に無限通りの「何とか素数の無限性」を強制するのは零因子の方です。「零因子は \mathbb{Q}^{\times} の元ではない」ということから。

*6:例えば、3511はWieferich素数なので、2^{3510}\equiv 1 \pmod{3511^2} が成り立ち、このことから 2^{3510}\not\equiv 3512 \pmod{3511^2} は当然従います。これは一般のWieferich素数についても同じなので、このような「強制」は \mathcal{A} を介さずとも当たり前なのですが、Wieferich素数が本当にたくさんあるかは現在のところ不明ですので、A125854に属さない素数の無限性は当たり前のことではありません。ただ、今回の論文執筆時点でA125854には多くのことは記載されておらず、その無限性等に関する問題自体も書かれていませんでした。そういった数列に興味を持つきっかけができたという点でも \mathcal{A} で考えるありがたさがあると言えるでしょう。