インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

Q&ABC (その5)

せきゅーん: この議論を「(1+\varepsilon)乗」の場合に応用してみよう。すると、ABC予想の「深み」が見えて来る。まず、ABC予想に現れる不等式

\displaystyle \mathrm{rad}(abc)^{1+\varepsilon} > c

\displaystyle \mathrm{rad}(abc) > c^{\frac{1}{1+\varepsilon}}

と同値である。ところで、\varepsilon < 1のときは 1-\varepsilon < \frac{1}{1+\varepsilon} < 1-\frac{\varepsilon}{2}が成り立つから、

\displaystyle \mathrm{rad}(abc) > c^{1-\varepsilon}

が成り立たないようなABCトリプルが有限個と言っても同じことだ。以下、しばらくは \varepsilon < 1の場合を考察する。


さて、さっき r_1r_2\leq xと考えていたところを r_1r_2\leq x^{1-\varepsilon}にしてみよう。すると、r_1r_2\leq x^{1-\varepsilon}となるような (r_1,r_2)は高々x^{1-\varepsilon}(\log x)^2個であることがわかる。そうして同じ議論を進めると

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x^{1-\varepsilon}\} \leq c_{\delta}^2x^{1-\varepsilon+2\delta}(\log x)^2

を得る。これはさっきとは大違いで、\varepsilonに対して\deltaを定めることができるから、例えば

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x^{1-\varepsilon}\} = O(x^{1-\varepsilon/2})

とできる。ここで、\displaystyle \mathrm{rad}(abc) < c^{1-\varepsilon}となるような分解 c=a+bが1つでも存在するような正整数c\leq xのなす集合を A_{\varepsilon}(x)とおけば、

\#A_{\varepsilon}(x) \leq \#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x^{1-\varepsilon}\}

が容易に確認できるので、

\displaystyle \lim_{x \to \infty}\frac{\#A_{\varepsilon}(x)}{x}=0

が示せたことになる。つまり、ABC予想の弱い版「\displaystyle \mathrm{rad}(abc) < c^{1-\varepsilon}を満たすようなABCトリプルの密度は0である」が強い意味での密度(cに対する密度)について言えてしまった。


ラムネ: ひゃー。「とても少ないという状況の数学的定式化」をどうするかという問題において、「(1+\varepsilon)乗を考える」という条件は揃えておいて、「密度0」と「有限性」という2つの定式化を考える。これらは数学的には当然「有限であること」の方が「密度が0であること」より強いわけだけれど、この数学的強弱が証明の難しさや数学的深さをどれぐらい反映しているのかは直感ですぐには判断できそうもない。


せきゅーん: にも関わらず、上述のような議論を通してみると、「密度が0であること」は加法的性質「c=a+b」に一切深入りすることなく素数の乗法的性質のみから簡単に導出されてしまう一方、どうやら「有限であること」を要請して初めて証明することが極めて難しく、極めて応用性が高く、極めて深い事実となるようなのだ。


ラムネ: ほほ〜。\varepsilon=0の場合は反例の存在によって「有限であること」が言えないからそこまで深いことが言えないけれど、\varepsilon > 0の場合は「有限であること」が見込めて、それで初めて深い予想に到達するというわけか。


せきゅーん: もちろん、まだ「密度0では深くない」ことしか見えてなくて、今日の会話においては「有限なら確かに深い」という納得には至っていないがな。


ラムネ: そうそう。それについて2つの質問が残ってる。1つ目は何故\varepsilon > 0の場合は例外が有限個だと予想できるのかということだ。


せきゅーん: 当然の疑問だな。これも数値例で見れば \varepsilon = 0のとき以上に例外の個数が少なくなる。でも、数値例だけで「無限か有限か」なんて定性的な判断はできないよね。\varepsilon=0の場合の無限族だって人に教えてもらわないと中なか見つけられないだろうし、鳩の巣議論を使った賢い議論まであったんだ。すごく頭のいい考え方をしたら\varepsilon > 0の場合だって例外的無限族が発生する怖さは必ずつきまとうだろう。数値例で具体的に選ぶ\varepsilonだって無限に小さいところまではチェックできない。

もちろん、だからこそ「\varepsilon > 0になった瞬間に例外が本当に有限個になるなら、それは真に驚嘆すべき予想である」と不思議がるのが正解なのかもしれない。


ラムネ: 「予想」というのは提出段階では「未解決問題」なんだからもちろん証明はない状況だ。それでも、数学者が「予想」という言葉を用いるときは成立する公算が高いときだよな。


せきゅーん: ああ、そういう空気感は確かにある。もちろん歴史的に否定的に解決された予想は多数あるんだけど、それでも数学者は成り立たない予想は出来るだけ立てたくないと思っていると想像する。だから、できる限りsupporting evidenceは多い方がいいな。supporting evidenceが数値例のみの予想もいっぱいありそうだけど。

実はABC予想には数値例以外にも例外の有限性を期待できるheuristic argumentが存在する。


ラムネ: ほう。それは是非教えていただきたい。


せきゅーん: エルデシュとウラムが1971年に当時未解決のフェルマーの最終定理に対して行った確率的考察を応用するんだ。ABC予想に到達するにはどうしても a+b=c ということに真正面から向き合う必要がある。その部分を「組 (a,b)cが与えられたときに a+b=cとなる確率はどれぐらいか」とheuristicに議論する。


まずは密度0を示すときに使った議論を3つ組に対して拡張する。正整数全体を2の冪で分割することを考え、c2^n < c \leq 2^{n+1}の範囲にいる場合を考えよう。しばらくの間、x=2^{n+1}とおく。r_1r_2r_3\leq x^{1-\varepsilon}となるような正整数の組(r_1,r_2,r_3)を考えよう。

r_1\leq e^i,\quad r_2\leq e^j,\quad r_3\leq e^k,\quad r_1r_2\leq e^{i+j+k}\leq x^{1-\varepsilon}

とする。i+j+k\leq (1-\varepsilon)\log xを満たすような(i,j,k)の個数は大雑把に見積もって(\log x)^3個以下だ。そのような(i,j,k)を固定したときには、r_1r_2r_3\leq x^{1-\varepsilon}となるような(r_1,r_2,r_3)は高々x^{1-\varepsilon}個であり、(i,j,k)を動かせば高々x^{1-\varepsilon}(\log x)^3個であることがわかった。

r_1r_2r_3\leq xとなるような正整数の組(r_1,r_2,r_3)を1組とって固定する。\mathrm{rad}(a)=r_1, \mathrm{rad}(b)=r_2, \mathrm{rad}(c)=r_3となるような a,b,c\leq xはそれぞれ高々c_{\delta}x^{\delta}個である。


ラムネ: \delta > 0を任意にとって、いくらか前に証明した補題を使うんだな。


せきゅーん: a,b,cがどの2つも互いに素であり、x/2 < c \leq xであるような場合に限定しても上からの評価は変わらないから、そのような(a,b,c)であって

\mathrm{rad}(abc) \leq x^{1-\varepsilon} \tag{6}

を満たすようなものの個数は高々c_{\delta}^3x^{1-\varepsilon+3\delta}(\log x)^3個であることがわかった。この個数は非常に小さい数\varepsilon'と非常に大きいxに対してx^{1-\varepsilon'}で上から押さえられる。

ここで、予告通り厳密ではない議論を取り入れよう。すなわち、今カウントしたものの中からランダムに(a,b,c)を選んだとき、それが a+b=c を満たす確率を1/xのオーダーとみなす。


ラムネ: それは正しいのか?


せきゅーん: いいや。「妥当かもね」ぐらいの仮定だ。正当化はできない。このまま議論を進めさせてもらうと、x < c \leq 2x かつ xが十分大という条件のもと、(6)を満たすようなABCトリプルの期待個数が

\displaystyle O\left(\frac{x^{1-\varepsilon'}}{x}\right)=O(x^{-\varepsilon'})

ということになる。x=2^{n+1}だったことを思い出して、n\to \inftyとしよう。そうすればcが十分大きい範囲における

\mathrm{rad}(abc) < c^{1-\varepsilon} \ (\leq x^{1-\varepsilon})

を満たすような全ABCトリプルの期待個数は

\displaystyle O\left(\sum_{n\gg 0}2^{-\varepsilon'n}\right)

以下と考えられる。\varepsilon'がいくら小かろうとも

\displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}2^{-\varepsilon'n}

は収束するので、その期待個数は有限個となる。つまり、ABC予想の成立が特定の確率的仮定のもと期待された。


ラムネ: 確かに。こんな議論があったんだな。数値データだけの状況よりは随分と予想の成立に肯定的になれる。それに \varepsilon > 0っていうことがやっぱり効いてるな。


せきゅーん: そろそろ疑問は解消されたかな?


ラムネ: いや、2つあると言った2つ目が残ってる。確かに例外が有限でありそうだと納得したとして、それが本当に凄いことだとどうすれば納得できるのかな。


せきゅーん: 凄いかどうかは主観的な判断にならざるを得ないと思う。それに、これまでの議論でもそれなりにABC予想それ自体の凄さは感じ取れると思う。


ラムネ: 確かに、主張が何を言っているかを理解するだけよりは格段にABC予想の凄さに迫れた気はする。「(1+\varepsilon)乗」と「有限性」はかなり絶妙なんだなあと。


せきゅーん: 今日わかったことは「素数と加法の不思議な関係性」に迫るためにABC予想を自分で予想してみようとすれば、それなりに自然にあの形に到達できそうということだ。でも、あの形だったら本当に凄いかは予想を立てた段階ではやっぱりわからないと思う。


ラムネ: というと?

Q&ABC (その4)

せきゅーん: 例えば、c > 2が平方無縁(square-free)な場合は必ず(4)が成り立つ。x以下の平方無縁な正整数全体のなす集合を\mathcal{Q}(x)で表せば

\displaystyle \lim_{x\to \infty}\frac{\mathcal{Q}(x)}{x}=\frac{6}{\pi^2}

だ。証明が気になればここを見ればいい。


ラムネ: でも、それは自明な場合だし、6/\pi^20.6よりちょっと大きいぐらいで、40%近くは非自明な場合が残っているじゃないか。それでは全く納得がいかない。


せきゅーん: では、何が言えればいい?


ラムネ: もし成り立つのであれば、ABC-hitを与えるようなABCトリプルの密度が0であることが言えたらいいな。そのようなABCトリプルのことを加藤先生は「例外的ABCトリプル」と呼んで

ABC予想とは、この例外的ABCトリプルが「とても少ない」という状況を、数学的に定式化することによって立てられた予想です。


と述べておられる。「とても少ないという状況の数学的定式化」をABC予想は「(1+\varepsilon)乗した上での有限性」で実行しているわけだよね。でもさ、「とても少ないという状況の数学的定式化」には「有限性」しかあり得ないわけではないだろうし、「密度が0」だったら十分「とても少ないという状況の数学的定式化」には成功しているんじゃないの?むしろ\varepsilonなんて持ち出さずにABC予想を定式化できるのでは?


せきゅーん: それはかなり筋がいい考え方に聞こえる。つまり、

\displaystyle \mathrm{rad}(abc) < c

が成り立つようなABCトリプルの密度は0という形でもABC予想-likeな予想は定式化できるんじゃないか、それが言えれば十分不思議なんじゃないかってことだな。


ラムネ: うん。


せきゅーん: 実は昔それについては考えたり調べたことがある。さっきの平方無縁の場合と同じように例外的ABCトリプルに分解できないようなcを主役に見た密度が0だということが証明できるらしい。実際、この論文の定理4ではもっと強いことが主張されている。ただ、引用している文献を見ると宣言しかしていなくて証明は書いてなかった。

でも、別の密度の測り方だったら割と簡単に例外的なABCトリプルの密度が0であることを証明できる。その議論だけでも数値データだけよりは例外的である事を納得できるようになるし、一方でその現象はABC予想ほど深くないこともわかる。


ラムネ: 証明が書いてないというのはもどかしいな。でも、その別の測り方による密度0の議論はとても気になる。


せきゅーん: 次のことが簡単に証明できるんだ。

\displaystyle \lim_{x\to\infty}\frac{\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x\}}{\#\{(a,b) \mid a, b \leq x, (a,b)=1\}}=0. \tag{5}


ラムネ: a,bは正整数で考えていて、(a,b)=1っていうのはabが互いに素を意味するんだね。えーっと、この式の意味するところは大雑把に見て「互いに素なx以下の2つの正整数のペアが与えられたときに、殆どの場合は不等式 \mathrm{rad}(ab) \leq x が成立しない」ということだね。


せきゅーん: cが与えられてc=a+bと分解するんじゃなくて、互いに素な(a,b)を持ってきたときに「(a,b,a+b)は例外的ABCトリプルですか?」と問いかけるわけだ。それで、実は殆どの場合 \mathrm{rad}(ab) > x が成り立ってしまっていて、このときは

\displaystyle c=a+b \leq 2x < 2\mathrm{rad}(ab)\leq \mathrm{rad}(abc)

が成り立つ。つまり、(a,b,c)(4)を満たす。


(5)ではABC-hitの不等式そのものではなくて、\mathrm{rad}(ab) \leq xを満たすものが少ないということまで言えていて、そこから例外的ABCトリプルがもっと少ないということが上の議論から従う。つまり、a+b=cという加法構造を相手にするまでもなく密度0がより単純な理由で保障できてしまうということなんだ。

今から証明を見るけれど、根基をとった結果が与えられた(平方無縁な)正整数になるようなものの個数はとても少ないということしか使わないし、それは素因数分解の一意性から単純なオイラー積の議論で言えてしまう。


ラムネ: 早速、具体的に証明を見たい。


せきゅーん: 具体的には次の補題を示す: 任意の\delta > 0に対してc_{\delta}>0が存在して、勝手に選んだ正整数r,xに対して

\mathrm{rad}(a)=r, \qquad a\leq x

を満たすような正整数aの個数は高々c_{\delta}x^{\delta}個である。


ラムネ: ふむ。さっき言ってくれたことを数式で表現しましたという感じになっている。「とても少ない」というのはオーダーをx^{o(1)}にできるという意味だったんだな。


せきゅーん: r1より大きい平方因子を持つ場合は解は存在しないから自明に成り立つ。よって、以下はrは平方無縁としよう。このとき、a\leq xという条件抜きに、

\displaystyle \sum_{\substack{a\in \mathbb{Z}_{ > 0} \\ \mathrm{rad}(a)=r}}\frac{1}{a^{\delta}}=\prod_{p\mid r}\left(\frac{1}{p^{\delta}}+\frac{1}{p^{2\delta}}+\frac{1}{p^{3\delta}}+\cdots\right)=\prod_{p\mid r}\frac{p^{-\delta}}{1-p^{-\delta}}

が成り立つ。


ラムネ: p\mid rrの素因数pをわたるという意味だね。これがさっき言っていたオイラー積の議論だ。


せきゅーん: これによって、評価したい個数について

\displaystyle \sum_{\substack{a\leq x \\ \mathrm{rad}(a)=r}}1\leq \sum_{\substack{a\leq x \\ \mathrm{rad}(a)=r}}\left(\frac{x}{a}\right)^{\delta}\leq x^{\delta}\sum_{\substack{a\in \mathbb{Z}_{ > 0} \\ \mathrm{rad}(a)=r}}\frac{1}{a^{\delta}}=x^{\delta}\prod_{p\mid r}\frac{p^{-\delta}}{1-p^{-\delta}}

を得る。\frac{p^{-\delta}}{1-p^{-\delta}} \leq 1p > 2^{\frac{1}{\delta}}が同値なので、

\displaystyle c_{\delta}:=\prod_{p\leq 2^{\frac{1}{\delta}}}\frac{p^{-\delta}}{1-p^{-\delta}}

とおけば、

\displaystyle \sum_{\substack{a\leq x \\ \mathrm{rad}(a)=r}}1\leq c_{\delta}x^{\delta}

となって補題の証明が完了する。


ラムネ: 完了した。


せきゅーん: これから

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x\}

をカウンティングしたい。そのために、r_1r_2\leq xとなるような正整数の組(r_1,r_2)を考える。先にこのような組の個数をカウントしよう。

r_1\leq e^i,\quad r_2\leq e^j,\quad r_1r_2\leq e^{i+j}\leq x

と非負整数の組(i,j)を経由してカウントすることにする。i+j\leq \log xを満たすような(i,j)の個数は大雑把に見積もって(\log x)^2個以下だ。xはそれなりに大きいと考えて議論してよいことに一応注意しておく。

そのような(i,j)を固定したときには r_1\leq e^iを満たすr_1は高々e^i個、r_2\leq e^jを満たすr_2は高々e^j個。つまり、組(r_1,r_2)の個数は高々e^ie^j=e^{i+j}\leq x個。こうして、r_1r_2\leq xとなるような(r_1,r_2)は高々x(\log x)^2個であることがわかった。


ラムネ: 「高々X個」って表現、Xが整数じゃないときにも使うよね。


せきゅーん: それを認めてくれた方が便利だ。さて、r_1r_2\leq xとなるような正整数の組(r_1,r_2)を1組とって固定する。\mathrm{rad}(ab)\leq xなる互いに素な(a,b)をカウンティングしたいわけだけど、今の場合 \mathrm{rad}(ab)= \mathrm{rad}(a)\mathrm{rad}(b)だから、\mathrm{rad}(a)=r_1, \mathrm{rad}(b)=r_2となるような(a,b)をカウントする。


ラムネ: その後、(r_1,r_2)を動かせばいいんだね。


せきゅーん: ここで、さっきの補題が活躍する。十分小さい \delta > 0を任意にとろう。このとき、\mathrm{rad}(a)=r_1, \mathrm{rad}(b)=r_2となるような a,bはそれぞれ高々 c_{\delta}x^{\delta}個しかない。よって、組(a,b)は高々 c_{\delta}^2x^{2\delta}個だ。


ラムネ: そうして、(r_1,r_2)を動かせば

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x\} \leq c_{\delta}^2x^{1+2\delta}(\log x)^2

が示されたことになる。


せきゅーん: 途中ガバガバに評価しているように見えた箇所があるかもしれないが、重要なのはオーダーの把握だ。\deltaは任意なんだから、任意の\varepsilon > 0に対して x \to \infty

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x\} = O(x^{1+\varepsilon})

が成り立つ。一方、

\displaystyle \#\{(a,b) \mid a, b \leq x, (a,b)=1\}=1+2\sum_{k=2}^n\varphi(k)=\frac{6}{\pi^2}x^2+O(x\log x)

だ。


ラムネ: \varphi(k)オイラーのトーシェント関数だね。それをメビウス関数の和で表して二重和を計算すればやはり標準的に示せる。平方無縁になる確率も互いに素なペアになる確率も共に6/\pi^2になるの面白いね。


せきゅーん: 今まで密度と言っていたのにここにきて確率という言葉が出てきたから1つ記事を紹介しておこう。

ここでは6/\pi^2という数値は重要ではなくて、オーダーだけが重要だ。オーダーを見れば既に(5)の証明が完了している。


ラムネ: めでたしめでたし。例外的ABCトリプルはある意味では確かに例外的であった。

Q&ABC (その3)

せきゅーん: 以下、\delta>0は小さい数を固定して、n\deltaに応じて十分に大きい整数とする。証明の肝は3つあって、素数分布の情報・体積による評価のアイデア・鳩の巣原理だ。まずは素数分布の情報として次の公式を用いる:


p_1,\dots,p_nを最初のn個の素数とするとき,

\begin{align}
p_n &< n\log n+n\log \log n-(1-\delta)n, \tag{p1}\\
\sum_{i=1}^n\log p_i &< n\log n+n\log \log n-(1-\delta)n, \tag{p2}\\
\sum_{i=1}^n\log \log p_i &< n(\log \log n+\delta) \tag{p3}
\end{align}

が成り立つ。これらの細かい導出はここではやらないけど、素数定理(+誤差項)から標準的に導出できる。


ラムネ: p_n\sum_{i=1}^n\log p_iの漸近挙動の情報を与えるのがすなわち素数定理であり、(\text{p}3)

\displaystyle \sum_{i=1}^n\log \log p_i  < n\log \log p_n

としてから(\text{p}1)を使えばわかるな。


せきゅーん: では、次に「体積による評価のアイデア」を見よう。集合\mathcal{P}_nをここだけの記号として、素因数分解p_1^{e_1}\cdots p_n^{e_n}の形(e_iは非負整数)の正整数全体のなす集合とする。\mathcal{P}_nの元は持ち得る素因数がp_1からp_nまでの正整数だ。


ラムネ: どうでもいいけど、\mathcal{P}_n自然数全体における自然密度は0だね。


せきゅーん: そして、\mathcal{P}_n(x)x以下であるような\mathcal{P}_nの元全体のなす集合としよう。君の言ったことは\#\mathcal{P}_n(x)の上からの評価と関係があるが、ここでは次のような下からの評価を示したい。

\displaystyle \#\mathcal{P}_n(x) > \left(\frac{e^{1-2\delta}\log x}{n\log n}\right)^n.\tag{2}


ラムネ: 蜜ではないけど、(\log x)^nのオーダーはあるんだね。ちなみに、君は集合の元の個数を記号\#Sで表す人だね。


せきゅーん: そうだ。決して\sharp Sではないぞ。では(2)を証明しよう。\#\mathcal{P}_n(x)はすなわち

\displaystyle \prod_{i=1}^np_i^{e_i}\leq x

を満たすような非負整数の組(e_1,\dots,e_n)の個数だ。それは、対数をとれば

\displaystyle \sum_{i=1}^ne_i\log p_i\leq \log x

を満たすような非負整数の組(e_1,\dots,e_n)の個数と言ってもよい。それは

\displaystyle \sum_{i=1}^nx_i\log p_i\leq \log x,\quad (x_1,\dots, x_n)\in \mathbb{R}_{\geq 0}^n

の範囲で表される単体の体積以上である。


ラムネ: はあ〜。なるほど、点(e_1,\dots,e_n)を端に持つような単位ブロックで覆うことできるからか。


せきゅーん: その体積は


ラムネ: 次の式で与えられる:

\displaystyle \frac{(\log x)^n}{n!\prod_{i=1}^n\log p_i}.

\prod_{i=1}^n\log p_iの部分は(\textrm{p}3)で評価すればいいわけだね。


せきゅーん: 後はスターリングの公式によって

\displaystyle n!< \left(\frac{n}{e^{1-\delta}}\right)^n

と評価すれば(2)に到達する。


ラムネ: シンプルで見事だ。


せきゅーん: このアイデアは少なくとも1969年のEnnolaの論文には遡ることができる。さあ、最後に「鳩の巣原理」を使った議論によってStewart-Tijdemanの定理の証明を完成させよう。(1,3^{2^n}-1,3^{2^n})のときに3^{2^n}-12-orderが大きいことが効いていたことを思い出そう。このような2-orderの大きい整数を鳩の巣原理で見出す。

集合S_n天下り的ではあるが

\displaystyle S_n:=\mathcal{P}_n\left( \exp\left( (n\log n)^2\right)\right)

と設定しよう。もちろん何故こう設定するかは以下の議論をやってみて調整しないとわからないだろう。

2^k < \#S_n \leq 2^{k+1}となるような正整数kをとる。このとき、

\displaystyle \#(\mathbb{Z}/2^k\mathbb{Z})=2^k < \#S_n

が成り立つ。ということは、鳩の巣原理によってs,t\in S_nであって

\displaystyle s\equiv t \pmod{2^k},\qquad s < t

が成り立つようなものが存在する。


ラムネ: 2^k \geq \#S_n/2だから(2)を考慮に入れると(t-s)2-orderが大きいことがわかる。2進付値を| \cdot |_2:=2^{-\mathrm{ord}_2(\cdot)}で定義すれば

\displaystyle |t-s|_2\leq \frac{2}{\#S_n}

とも表現できる。


せきゅーん: s,tからABCトリプルを作る。s,tは互いに素であると仮定してよい。


ラムネ: もし、s,tが共通素因数pを持つならば、それはp_1からp_nのいずれかであり、特に奇素数だ。よって、t-s=2^kuuを導入すればupで割り切れる必要があり、その結果sp^{-1}\equiv tp^{-1}\pmod{2^k}がわかる。


せきゅーん: ABCトリプルは(s,t-s,t)を考える。さあ、r:=\mathrm{rad}(s(t-s)t)を評価しよう。s,tの素因数は必ず\{p_1,\dots,p_n\}の元なので、(t-s)2-orderを考慮に入れて

\displaystyle r \leq \frac{t-s}{2^{k-1}}\cdot\prod_{i=1}^np_i < \frac{4t}{\#S_n}\prod_{i=1}^np_i

と評価できる。後は用意した道具を使って解析するのみである。

(\text{p}2)より

\displaystyle \prod_{i=1}^np_i < \left(\frac{n\log n}{e^{1-\delta}}\right)^n

であり、(2)より\log x:=(n\log n)^2とすれば

\displaystyle \#S_n > \left(\frac{e^{1-2\delta}\log x}{n\log n}\right)^n,

なので、

\displaystyle r < 4t\cdot\left(\frac{n\log n}{e^{1-\delta}}\right)^n\cdot\left(\frac{n\log n}{e^{1-2\delta}(n\log n)^2}\right)^n=4t\cdot e^{-(2-3\delta)n} < t\cdot e^{-2(1-2\delta)n} \tag{3}

と評価できる。\log\log x=2\log n+2\log \log n > 2\log n および n\log n=\sqrt{\log x} および t\leq x (これはt \in S_n=\mathcal{P}_n(x)からわかる)より

\displaystyle n > \frac{2\sqrt{\log x}}{\log \log x} \geq \frac{2\sqrt{\log t}}{\log \log t}

なので、(3)に取り込んで

\displaystyle r < t\cdot e^{-2(1-2\delta)n} < t\cdot\exp\left(-4(1-2\delta)\frac{\sqrt{\log t}}{\log \log t}\right)

が得られた。(3)より特にr < tなので、

\displaystyle t > r\cdot\exp\left(4(1-2\delta)\frac{\sqrt{\log t}}{\log \log t}\right) > r\cdot\exp\left(4(1-2\delta)\frac{\sqrt{\log r}}{\log \log r}\right)

と所望の不等式に到達した*1


ラムネ: \deltaには任意性があるから2\delta\deltaに取り替えていいね。それに、n\to\inftyとすれば\#S_n\to\inftyだからt-s\to\inftyでないといけなくて、よってこのようなABCトリプルは無数に存在するわけだね。ひゃー、まさかこんなに簡単に証明できるとは。


せきゅーん: ものすごくシンプルな証明だよね。


ラムネ: 余韻に浸りたいところだけど、次の質問をしていいかな。これまではABCトリプルに対して最初に期待した不等式

\mathrm{rad}(abc)>c \tag{4}

が成り立たないABC-hitとなるような例が無数に存在することや、\mathrm{rad}(abc)そのものよりも若干大きくしても依然としてcに勝てない例が無数に存在することを見てきた。


せきゅーん: ああ。


ラムネ: いつも思う疑問は、でも本当に\mathrm{rad}(abc)>cが成り立つようなABCトリプルの方がメジャーなのかということだ。

君の記事では「テキトーにABCトリプルを選ぶと結構成り立ちます」などと述べておきながら実例を(8,17,25)の1つだけ取り上げるのみで、それこそテキトーではないか?


せきゅーん: ごもっとも。


ラムネ: 河野玄斗さんの動画では不等式(4)を指して「殆どこっち」とおっしゃってたし、ABC-hitを与える例は「めちゃくちゃ少ない、超少ない」とおっしゃってる。でも、確かに少ないっていう根拠を説明してくれてる解説に出会わないんだが。


せきゅーん: 数値データで根拠を示してくれているものは見つかるよ。アジマティクスや加藤先生のIUT理論に関する著書がそうだ。


ラムネ: 確かに。でも、それって有限範囲で調べたデータに過ぎないよね。数の世界では数値が予想を裏切る現象をこれまでにたくさん見せてくれた。その奥深さを考えると根拠としては薄いと思うんだ。ABC-hitsが無限回起こること自体ある意味意外だったわけだし、更なる意外性が発生する可能性を排除できていない。

*1:y=\frac{\sqrt{\log x}}{\log \log x}が単調増大になるのはe^{e^2} (1618ぐらい) 以降であるが、nが十分大きければ kも十分大きく、t > 2^kも十分大きいのでこのような大小比較が自由にできることに注意。