インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

Q&ABC (その3)

せきゅーん: 以下、\delta>0は小さい数を固定して、n\deltaに応じて十分に大きい整数とする。証明の肝は3つあって、素数分布の情報・体積による評価のアイデア・鳩の巣原理だ。まずは素数分布の情報として次の公式を用いる:


p_1,\dots,p_nを最初のn個の素数とするとき,

\begin{align}
p_n &< n\log n+n\log \log n-(1-\delta)n, \tag{p1}\\
\sum_{i=1}^n\log p_i &< n\log n+n\log \log n-(1-\delta)n, \tag{p2}\\
\sum_{i=1}^n\log \log p_i &< n(\log \log n+\delta) \tag{p3}
\end{align}

が成り立つ。これらの細かい導出はここではやらないけど、素数定理(+誤差項)から標準的に導出できる。


ラムネ: p_n\sum_{i=1}^n\log p_iの漸近挙動の情報を与えるのがすなわち素数定理であり、(\text{p}3)

\displaystyle \sum_{i=1}^n\log \log p_i  < n\log \log p_n

としてから(\text{p}1)を使えばわかるな。


せきゅーん: では、次に「体積による評価のアイデア」を見よう。集合\mathcal{P}_nをここだけの記号として、素因数分解p_1^{e_1}\cdots p_n^{e_n}の形(e_iは非負整数)の正整数全体のなす集合とする。\mathcal{P}_nの元は持ち得る素因数がp_1からp_nまでの正整数だ。


ラムネ: どうでもいいけど、\mathcal{P}_n自然数全体における自然密度は0だね。


せきゅーん: そして、\mathcal{P}_n(x)x以下であるような\mathcal{P}_nの元全体のなす集合としよう。君の言ったことは\#\mathcal{P}_n(x)の上からの評価と関係があるが、ここでは次のような下からの評価を示したい。

\displaystyle \#\mathcal{P}_n(x) > \left(\frac{e^{1-2\delta}\log x}{n\log n}\right)^n.\tag{2}


ラムネ: 蜜ではないけど、(\log x)^nのオーダーはあるんだね。ちなみに、君は集合の元の個数を記号\#Sで表す人だね。


せきゅーん: そうだ。決して\sharp Sではないぞ。では(2)を証明しよう。\#\mathcal{P}_n(x)はすなわち

\displaystyle \prod_{i=1}^np_i^{e_i}\leq x

を満たすような非負整数の組(e_1,\dots,e_n)の個数だ。それは、対数をとれば

\displaystyle \sum_{i=1}^ne_i\log p_i\leq \log x

を満たすような非負整数の組(e_1,\dots,e_n)の個数と言ってもよい。それは

\displaystyle \sum_{i=1}^nx_i\log p_i\leq \log x,\quad (x_1,\dots, x_n)\in \mathbb{R}_{\geq 0}^n

の範囲で表される単体の体積以上である。


ラムネ: はあ〜。なるほど、点(e_1,\dots,e_n)を端に持つような単位ブロックで覆うことできるからか。


せきゅーん: その体積は


ラムネ: 次の式で与えられる:

\displaystyle \frac{(\log x)^n}{n!\prod_{i=1}^n\log p_i}.

\prod_{i=1}^n\log p_iの部分は(\textrm{p}3)で評価すればいいわけだね。


せきゅーん: 後はスターリングの公式によって

\displaystyle n!< \left(\frac{n}{e^{1-\delta}}\right)^n

と評価すれば(2)に到達する。


ラムネ: シンプルで見事だ。


せきゅーん: このアイデアは少なくとも1969年のEnnolaの論文には遡ることができる。さあ、最後に「鳩の巣原理」を使った議論によってStewart-Tijdemanの定理の証明を完成させよう。(1,3^{2^n}-1,3^{2^n})のときに3^{2^n}-12-orderが大きいことが効いていたことを思い出そう。このような2-orderの大きい整数を鳩の巣原理で見出す。

集合S_n天下り的ではあるが

\displaystyle S_n:=\mathcal{P}_n\left( \exp\left( (n\log n)^2\right)\right)

と設定しよう。もちろん何故こう設定するかは以下の議論をやってみて調整しないとわからないだろう。

2^k < \#S_n \leq 2^{k+1}となるような正整数kをとる。このとき、

\displaystyle \#(\mathbb{Z}/2^k\mathbb{Z})=2^k < \#S_n

が成り立つ。ということは、鳩の巣原理によってs,t\in S_nであって

\displaystyle s\equiv t \pmod{2^k},\qquad s < t

が成り立つようなものが存在する。


ラムネ: 2^k \geq \#S_n/2だから(2)を考慮に入れると(t-s)2-orderが大きいことがわかる。2進付値を| \cdot |_2:=2^{-\mathrm{ord}_2(\cdot)}で定義すれば

\displaystyle |t-s|_2\leq \frac{2}{\#S_n}

とも表現できる。


せきゅーん: s,tからABCトリプルを作る。s,tは互いに素であると仮定してよい。


ラムネ: もし、s,tが共通素因数pを持つならば、それはp_1からp_nのいずれかであり、特に奇素数だ。よって、t-s=2^kuuを導入すればupで割り切れる必要があり、その結果sp^{-1}\equiv tp^{-1}\pmod{2^k}がわかる。


せきゅーん: ABCトリプルは(s,t-s,t)を考える。さあ、r:=\mathrm{rad}(s(t-s)t)を評価しよう。s,tの素因数は必ず\{p_1,\dots,p_n\}の元なので、(t-s)2-orderを考慮に入れて

\displaystyle r \leq \frac{t-s}{2^{k-1}}\cdot\prod_{i=1}^np_i < \frac{4t}{\#S_n}\prod_{i=1}^np_i

と評価できる。後は用意した道具を使って解析するのみである。

(\text{p}2)より

\displaystyle \prod_{i=1}^np_i < \left(\frac{n\log n}{e^{1-\delta}}\right)^n

であり、(2)より\log x:=(n\log n)^2とすれば

\displaystyle \#S_n > \left(\frac{e^{1-2\delta}\log x}{n\log n}\right)^n,

なので、

\displaystyle r < 4t\cdot\left(\frac{n\log n}{e^{1-\delta}}\right)^n\cdot\left(\frac{n\log n}{e^{1-2\delta}(n\log n)^2}\right)^n=4t\cdot e^{-(2-3\delta)n} < t\cdot e^{-2(1-2\delta)n} \tag{3}

と評価できる。\log\log x=2\log n+2\log \log n > 2\log n および n\log n=\sqrt{\log x} および t\leq x (これはt \in S_n=\mathcal{P}_n(x)からわかる)より

\displaystyle n > \frac{2\sqrt{\log x}}{\log \log x} \geq \frac{2\sqrt{\log t}}{\log \log t}

なので、(3)に取り込んで

\displaystyle r < t\cdot e^{-2(1-2\delta)n} < t\cdot\exp\left(-4(1-2\delta)\frac{\sqrt{\log t}}{\log \log t}\right)

が得られた。(3)より特にr < tなので、

\displaystyle t > r\cdot\exp\left(4(1-2\delta)\frac{\sqrt{\log t}}{\log \log t}\right) > r\cdot\exp\left(4(1-2\delta)\frac{\sqrt{\log r}}{\log \log r}\right)

と所望の不等式に到達した*1


ラムネ: \deltaには任意性があるから2\delta\deltaに取り替えていいね。それに、n\to\inftyとすれば\#S_n\to\inftyだからt-s\to\inftyでないといけなくて、よってこのようなABCトリプルは無数に存在するわけだね。ひゃー、まさかこんなに簡単に証明できるとは。


せきゅーん: ものすごくシンプルな証明だよね。


ラムネ: 余韻に浸りたいところだけど、次の質問をしていいかな。これまではABCトリプルに対して最初に期待した不等式

\mathrm{rad}(abc)>c \tag{4}

が成り立たないABC-hitとなるような例が無数に存在することや、\mathrm{rad}(abc)そのものよりも若干大きくしても依然としてcに勝てない例が無数に存在することを見てきた。


せきゅーん: ああ。


ラムネ: いつも思う疑問は、でも本当に\mathrm{rad}(abc)>cが成り立つようなABCトリプルの方がメジャーなのかということだ。

君の記事では「テキトーにABCトリプルを選ぶと結構成り立ちます」などと述べておきながら実例を(8,17,25)の1つだけ取り上げるのみで、それこそテキトーではないか?


せきゅーん: ごもっとも。


ラムネ: 河野玄斗さんの動画では不等式(4)を指して「殆どこっち」とおっしゃってたし、ABC-hitを与える例は「めちゃくちゃ少ない、超少ない」とおっしゃってる。でも、確かに少ないっていう根拠を説明してくれてる解説に出会わないんだが。


せきゅーん: 数値データで根拠を示してくれているものは見つかるよ。アジマティクスや加藤先生のIUT理論に関する著書がそうだ。


ラムネ: 確かに。でも、それって有限範囲で調べたデータに過ぎないよね。数の世界では数値が予想を裏切る現象をこれまでにたくさん見せてくれた。その奥深さを考えると根拠としては薄いと思うんだ。ABC-hitsが無限回起こること自体ある意味意外だったわけだし、更なる意外性が発生する可能性を排除できていない。

*1:y=\frac{\sqrt{\log x}}{\log \log x}が単調増大になるのはe^{e^2} (1618ぐらい) 以降であるが、nが十分大きければ kも十分大きく、t > 2^kも十分大きいのでこのような大小比較が自由にできることに注意。