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数、特に整数に関する記事。

素数定理の初等的証明(予告編)

定理解説 素数定理

いよいよ素数に関する歴史的大結果である素数定理の証明を紹介します。

素数定理の証明には大きく分けてRiemannのゼータ関数を使った証明初等的証明の二通りの方法があります。このブログを始めたときから両方の証明を紹介するつもりで、当初の考えではゼータ関数を用いた証明を(そっちの方が簡単なため)先に紹介するつもりでした。しかしながら、ゼータ関数についての準備の記事をあまり書かないままに素数定理の初等的証明に用いる漸近公式達の準備が整ったため、当初の予定を変更して、先に素数定理の初等的証明を紹介することにします。

今回の記事は予告編ということで、今回の記事を含めて全四回で素数定理の初等的証明を完成させます。

『初等的』とは

『初等的』という言葉に対する決定的に重要な認識は『初等的』≠『簡単』ということです。『初等的』という言葉は主観的であったり曖昧な言葉なのであって、普遍的な定義はないと思います。数学においては、大体「ステイトメントの定式化や定理の証明に使う道具がある一定の範囲に制限されている」といった感じで用いる言葉です。ここでいう「一定の範囲」は『初等的』という言葉を用いる人や扱っている対象によってまちまちです。普通は「一定の範囲」は出来るだけ小さく設定したい欲求がありますが、多分に相対的に決まるものではあります。初等的証明は、使う道具を制限したがためにとても長くなったり難解になってしまうことがよくあります。素数定理についても例外ではありません。

今回紹介する『素数定理の初等的証明』における『初等的』が何を意味するかというと、大体「ゼータ関数および複素関数論を用いない証明である」ということです。ゼータ関数や複素関数論を用いない証明はいつでも初等的証明と呼ぶというわけではなく、素数定理に関してはもともとゼータ関数の複素解析的性質に基づいて証明されたという歴史があるためにこのような用法となっているのです。実際には「四則演算、組合せ論的考察、自然対数、Landauのビッグオー」ぐらいのみで証明をまわすことができます。Abelの総和法を何度も用いることになりますが、初等的にこだわりすぎても煩雑になりすぎるため高校数学程度の微積分は用いています。しかしながら、「一切積分を登場させない!」と張り切って証明を書き直すことは可能だと思います。一方、「自然対数や極限」を排除することは素数定理のステイトメントを考えても不可能でしょう。なお、ビッグオーを縦横無尽に取り扱うことが要求されるため、残念ながら(一部の卓越した能力を有した高校生を除いて)高校生でこの証明を理解するのは難しいです。

簡単な歴史

素数定理は素数分布に関する予想であって、素数分布についてはRiemannのゼータ関数の複素関数論的性質を解析するというアプローチが有効であることがRiemannによって1859年に明らかにされました。Riemann自身は素数定理を証明することはできませんでしたが、

\mathrm{Re}(s) = 1 \Longrightarrow \zeta (s) \neq 0

という性質を証明することによってHadamardとde la Vallée-Poussinによって1896年に独立に素数定理が証明されました*1

その後、彼らの証明を簡略化する方向の他に、「素数定理の初等的証明は可能か?」ということに興味を持った人々がおり、SelbergとErdősによって1949年に初等的証明が独立に発表されたのです*2

このように科学史において重要な成果の発表が独立に同年に行われるという現象が多数見られます。これについてここで議論しようとは思っていませんが、SelbergとErdősについては発表が独立なのであって、研究は独立ではなかったことに注意します*3。まず、1948年の3月にSelbergが「基本公式」と呼んだSelbergの漸近公式を初等的に証明しました(これは真にSelberg一人による結果です)。この公式は素数に関する多くの情報を有しており、素数定理を導出することも出来るのです*4。素数定理の導出の方法が現在では何通りか知られていますが、どれも簡単ではありません。この「導出」の部分でSelbergとErdősは議論をしており、Erdősのアイデアに基づいて二人は素数定理の最初の初等的証明を与えました*5。この二人の議論に関して、数日の間にそれぞれのアイデアが織り交ざって様々な改善があったようです。Erdősのアイデアが元になって二人のコミュニケーションがあった上で素数定理の証明が完成したわけですから共著論文にすればよかったと思うのですが、それが実現しなかったがためにある種の論争に発展しました。
結果的に二人が独立に論文を発表しており、Erdősの論文が先に出版される形となるに至ります(この論文にはSelbergの漸近公式の証明は掲載されておらず、導出の部分のみが示されています)。一方、Selbergの漸近公式の証明を含むSelbergの論文にはErdősのアイデアを用いた最初の証明は概略を解説するに止め、彼オリジナルの別の導出法が紹介されています。その手法はErdősのアイデアを必要としないのですが、二人の最初の証明に比べて上極限と下極限の概念を用いずに済むため、より初等的な証明であると捉えることができます。

以上のような初等的証明の非容易性とErdősとSelbergに係る歴史を考えると、日本語版Wikipedia「素数定理」の記述

当初与えられた証明はゼータ関数と複素関数論を用いる高度なものであったが、1949年にアトル・セルバーグとポール・エルデシュは独立に初等的な証明を与えた。

はよくないと感じます。

Selbergの漸近公式を含めて、素数定理の初等的証明は多少の簡略化が多数発表されています。しかしながら、原論文の手法を解説する方が迫力があると考えて今回はSelbergの論文に従って証明を紹介することにします。とは言ってもSelbergの論文はたったの9ページで省略が多かったり分かりにくい部分も多いです。そこで、雑誌数学に1951年に掲載された田中穰氏の『素數定理の初等的證明』に見られるアイデアを合体させて解説します。

論文

P. Erdős, On a new method in elementary number theory which leads to an elementary proof of the prime number theorem, Proc. Nat. Acad. Scis. U.S.A. 35 (1949), 374–384.

A. Selberg, An elementary proof of the prime–number theorem, Ann. of Math. (2) 50 (1949), 305–313.

素数定理の初等的証明を理解するために読むべき準備の記事

既にいくつか証明のための準備となる記事を書いてきました。下の記事と次回以降の記事を読むことによって証明を完全に理解することができます:

integers.hatenablog.com
integers.hatenablog.com
integers.hatenablog.com
integers.hatenablog.com
integers.hatenablog.com
integers.hatenablog.com

Selbergによる証明の大雑把な流れ

詳細は次回以降の記事をご覧ください。
Step1 Selbergの漸近公式
\displaystyle \theta_n := \sum_{d \mid n}\mu (d)\log^2 \frac{n}{d}として、\displaystyle \sum_{n \leq x}\theta_nを二通りの方法で計算することによってSelbergの漸近公式

\displaystyle \vartheta (x)\log x + \sum_{p \leq x}\vartheta \left( \frac{x}{p} \right) \log p = 2x\log x+O(x)

を証明します。\theta_nはVon-Mangoldt関数

\displaystyle \Lambda (n) = \sum_{d \mid n}\mu (d) \log \frac{n}{d}

の類似と思えるので(\theta_nにはログに二乗がつく)、\displaystyle \sum_{n \leq x}\theta_n

\displaystyle \psi (x) = \sum_{n \leq x}\Lambda (n)

の類似と思うことができます。 素数定理は\psi (x) \sim xと同値だったので、「\psi (x)を少しmodifyしたChebyshev型関数のことを調べると\psi (x)のことが(従って素数定理が)わかる」という形の証明になっています。これは私にとっては中々不思議に思えます。

Step2 漸近公式から素数定理を導出する
素数定理は\vartheta (x) \sim xと同値だったので、これを証明します。Selbergに従って

R(x) := \vartheta (x)-x

R(x)を定めると、

\displaystyle \lim_{x \to \infty}\frac{R(x)}{x} = 0

を示せばよいことになります。この目標には程遠いですが、

{}^{\exists}x_1 \ \text{s.t.} \ x > x_1 \Longrightarrow |R(x)| < \alpha_1 x

が成り立ちます。ただし、\alpha_1 := 4*6

ところが、Selbergの漸近公式を非常に巧みに応用することによって、

\displaystyle \alpha_2:=\alpha_1 \left( 1-\frac{\alpha_1^2}{300K} \right)

\alpha_2を定めると(Kはある定数)

{}^{\exists}x_2 \ \text{s.t.} \ x > x_2 \Longrightarrow |R(x)| < \alpha_2 x

が示せるのです!!あとはこの操作を繰り返すことによって、

\displaystyle \alpha_{n+1}:=\alpha_{n} \left( 1-\frac{\alpha_n^2}{300K} \right)

で定まる数列\{\alpha_n\}に対して

{}^{\exists}x_n \ \text{s.t.} \ x > x_n \Longrightarrow |R(x)| < \alpha_n x

が得られ、\displaystyle \lim_{n \to \infty}\alpha_n = 0なので証明が完了するという寸法です。

*1:実際、\zeta (s)に関するこの性質と素数定理は同値です。つまり、素数定理の初等的証明を与えることは\zeta (s)の零点に関するこの性質の初等的証明を与えることであると言えなくはないです。

*2:Erdősは若いころから「いつか素数定理を初等的に証明する」と宣言していたそうです。Selbergはこの後1950年にFields賞を受賞しました。

*3:Selbergという数学者は共著論文を書くことが嫌いだったようです。

*4:実際には、「素数定理と同値」というのが正確です。

*5:最初にErdősが証明したのは\displaystyle \lim_{n \to \infty}\frac{p_{n+1}}{p_n}=1などの素数定理より弱い定理です。しかし、その証明のアイデアが重要な役割を果たしました。

*6:実際、Chebyshevの定理の記事で「x \geq 3ならば\vartheta (x) < (2x-3)\log 2」を示しました