インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

円周率が無理数であることの曲芸的な証明

本記事は 日曜数学 Advent Calendar 2023 の4日目の記事です。


特に書きたい内容があったわけではないのですが、ノリで登録してしまいました。
その結果、書く内容を中々思いつくことができずにいたのですが、渡邉究先生の以下の投稿を見て、これで何か書こうと思い立ちました。



簡単な内容まとめ

上記積分は

\displaystyle I_n:=\int_0^1\frac{t^{4n}(1-t)^{4n}}{1+t^2}\mathrm{d}t


n=1 の場合であり、この積分族は円周率の無理数性を証明する近似列の候補である。


より優秀なものとして

\displaystyle J_n:=\int_0^1\frac{t^{n}(1-t)^{n}}{(1+t^2)^{n+1}}\mathrm{d}t


という候補も考えられるが、I_nJ_n では円周率の無理数性証明には届きそうもない。


にも拘らず、本来届くはずのない J_n が実は円周率の無理数性を知っているのだという驚愕的事実に我々は到達する。

関孝和と円周率

最近、岩波書店の『関孝和全集』が出版されたことに影響を受けて関孝和が自分の中でアツいのですが、先日1つ記事を書いたのでまだの方は是非読んでいただきたいです。
integers.hatenablog.com

本題からは少しずれますが、この節には関孝和の円周率研究の話を少しだけ書きます。


円に内接・外接する正n角形を考えて、その周長を求めることにより、nを大きくとればとるほど円周率の良い近似値が得られます。アルキメデスはこの方法によって n=96 の場合を考えて、

3.1408 < \pi < 3.1429

程度の結論を得ているそうです。


2003年の東大の入試問題はメッセージ性があり*1、入試問題としての難易度の適切性を考えても非常に優れた入試問題だと感じます。一方で、示される結果だけを見ると、2000年以上前の結果の方が優れており、過去の偉人は凄いなあとも感じます。


さて、関孝和も円周率の計算を行なっているのですが(『括要算法』の巻貞)、その手法がアルキメデスの方法を超えたものである点が強調できます。以下、[一巻] p.513〜p.520で展開されている解説を参考にしています。


準備としてはやはり正多角形の周長を求めるのですが、関孝和は直径1の円に内接する正2^n角形の周長 \sigma_n の近似値をあらかじめ 1\leq n\leq 17 に対して求めています。例えば

\displaystyle \sigma_{17}=3.1415926532889927652719430421737400034606...


です(この時点では円周率と小数点以下9桁一致しています)。これを基に

\displaystyle \pi ≒ \sigma_{16}+\frac{(\sigma_{16}-\sigma_{15})(\sigma_{17}-\sigma_{16})}{(\sigma_{16}-\sigma_{15})-(\sigma_{17}-\sigma_{16})}


として、円周率の近似値「3.14159265359微弱」を得ています。実際にはこの式から小数点以下18桁まで正確に出るそうです*2


この式がどのようにして導出されたかについては『括要算法』には書かれていないそうですが、次のように解釈することができます(なお、松永良弼による後に整理された記述があるそうです)。


基本的な考え方は図形的に得た数値から何らかの法則を見出して、図形的には計算していない \sigma_{18}, \sigma_{19}, ... の値を推測により補間し、極限として円周率を計算するというものです。


階差数列 (\sigma_n-\sigma_{n-1})_n が近似的に等比数列のように振る舞うことが観察・予想できるため、手にしているデータの中で一番番号の大きい

\displaystyle r:=\frac{\sigma_{17}-\sigma_{16}}{\sigma_{16}-\sigma_{15}}

を公比として採用し、

\displaystyle \begin{align} \sigma_{18}-\sigma_{17} &≒  (\sigma_{17}-\sigma_{16})r \\ \sigma_{19}-\sigma_{18} &≒ (\sigma_{17}-\sigma_{16})r^2 \\ \sigma_{20}-\sigma_{19} &≒ (\sigma_{17}-\sigma_{16})r^3\end{align}

と補間していきます。すると、

\displaystyle \pi = \lim_{n\to \infty}\sigma_n = \sigma_{16}+\sum_{k=16}^{\infty}(\sigma_{k+1}-\sigma_k)≒ \sigma_{16}+(\sigma_{17}-\sigma_{16})\sum_{j=0}^{\infty}r^j=\sigma_{16}+\frac{\sigma_{17}-\sigma_{16}}{1-r}

と円周率の近似値が得られ、これは関孝和の計算式に一致しています。


ポイントは関孝和が既に無限等比級数の和の公式を手中に収めていたことです。これは増約術と呼ばれ、『括要算法』の巻亨に書かれています*3

円周率は周期である

有理数係数の1変数多項式であって恒等的に0ではないものの根になる複素数を代数的数とよびます。例えば、\sqrt{2}x^2-2 の根、すなわち方程式 x^2-2=0 の解なので代数的数です。このような代数的数の世界には定義からは想像できないほど豊かな理論が眠っており、そのうちの幾つかについてはつまびらかにされています(例えば、高木貞治先生による類体論など)。


円周率は代数的数ではありません(リンデマンが1882年に証明)。このような代数的数ではない複素数は超越数とよばれています。「整数論的に面白い現象は代数的数の世界でしか起こらず、超越数の世界は面白くない」とは全く思われていません。21世紀に入って、円周率を含み代数的数全体の集合より広い数の世界であって、なおかつ整数論的に面白い理論があるに違いないと考えられている新世界の探究が活発になっています。ここでいう新世界とは、コンセビッチとザギエによって導入された「周期の世界」のことを指します。


「周期」は簡単に述べると積分で表される複素数のことです。「積分」の部分をもう少し詳しく言うと、「有理数係数多項式を用いて定義されるユークリッド空間内の領域上における有理数係数有理関数の絶対収束する広義リーマン積分」となるでしょうか。円周率は

\displaystyle \pi=4\int_0^1\frac{\mathrm{d}t}{1+t^2}


と表すことができるため、周期であることがわかります。

有理数近似とクオリティー

実数を有理数で近似したいんですよ。\xi を実数として、有理数 p/qpは整数、qは正の整数)との差の絶対値

\displaystyle \left|\xi-\frac{p}{q}\right|

を小さくしたいのです。


実数がどうやって定義されるかを思い出せば、有理数で近似できることは当たり前なんですが、優秀な近似有理数を見つけたいです。円周率のよく知られた優秀な近似有理数としては \frac{22}{7} があります。

\displaystyle \left|\pi-\frac{22}{7}\right|=0.00126448...


円周率の小数展開をある程度暗唱できる人なら、もっといい近似が簡単に得られると思われるかもしれません。例えば、

\displaystyle \left|\pi-\frac{3141}{1000}\right|=0.000592654...


なので、有理数 \frac{3141}{1000} の方が円周率に近いことがわかります。ですが、実は  \frac{22}{7} の方が \frac{3141}{1000} よりも円周率の近似有理数として優秀な点があります。それは「分母の大きさに対する近さ」を比べることによりわかります。

\displaystyle \left|\pi-\frac{22}{7}\right|=\frac{1}{7^{3.42928...}}

\displaystyle \left|\pi-\frac{3141}{1000}\right|=\frac{1}{1000^{1.07573...}}


を見比べてみてください。実数の定義から、単に有理数との差の絶対値だけを考えるならば幾らでも小さくできます。これは当たり前のことです。ですが、このように差の絶対値を、近似する有理数の分母の冪乗として表したときの指数を考えると、この値をどれだけ大きくとれるかということは非自明な問題となります。


この指数部分を近似有理数のクオリティーとよびます。円周率の近似有理数として、\frac{22}{7} のクオリティーは 3.42928... であり、\frac{3141}{1000} のクオリティーは 1.07573... です。


クオリティーが大きいほどより優秀な近似有理数であるという立場に立てば、\frac{22}{7}\frac{3141}{1000} よりも優秀であるということになるのです。

周期の有理数近似

実数 \xi1の有理数係数1次結合 a\xi-b を作れば、それを a で割ることによって \xi の有理数近似が得られます。


\xi が周期であれば積分表示があるため、有理数係数1次結合 a\xi-b も積分表示で与えてしまおうという発想があります。そこで、f(t)\in\mathbb{Z}[t] を整数係数多項式として、

\displaystyle I=\int_0^1\frac{f(t)}{1+t^2}\mathrm{d}t


という形で円周率の有理数近似を作ることを考えてみましょう。ただ、勝手な f(t) を考えてしまうと、別の周期である

\displaystyle \log 2=2\int_0^1\frac{t}{1+t^2}\mathrm{d}t


が混ざってしまいます。これが混ざらない条件を考えると、i を虚数単位として f(i)=f(-i) が満たされていればOKです。このとき、f(i)\neq 0 であれば、\left|\frac{4}{f(i)}\times I\right| が円周率の有理数近似を与えますが、それが小さくなって欲しいことを考えると、f(t) \geq 0 が区間 [0,1] で小さな値をとればよいことがわかります。


以上の条件を満たす f(t) を探すと、単純な候補として f(t)=t^4(1-t)^4 が挙がります。そして、

\displaystyle \int_0^1\frac{t^4(1-t)^4}{1+t^2}\mathrm{d}t = \frac{22}{7}-\pi


と計算されるため、円周率の近似有理数 \frac{22}{7} が手に入るのです*4。これが冒頭の渡邉究先生が投稿された積分に他なりません。

近似列と無理数度

与えられた実数 \xi に対してクオリティーの大きい近似有理数を見つけることは興味がありますが、幾つか見つけるだけではなく、「一定以上のクオリティーを持つ近似有理数が無限にあるか」ということも気になります。どんな実数にもいくらでも近い有理数は存在するわけですが、大きいクオリティーを持った有理数に無限回近似されることにはどれほど耐えられるのかということです。


実際、そのような無限列を考えて耐久力を調べることは \xi 自身の数としての性質を掴むことに繋がり、例えば無理数であることの証明を与えてくれたりもします。


実は \xi が無理数であることと、「クオリティーが2以上であるような \xi の近似有理数が無限に存在すること」は同値です。
integers.hatenablog.com


ということはですよ。\xi に対してクオリティーが2以上の「近似有理数の無限列」(以下、近似列。また、ここで考える列を構成する有理数たちは互いに相異なるものとする)を見つければ \xi が無理数であることが証明されることになります。


ところが、この戦略はそんなにうまくはいきません。\xi が無理数なんだったら所望の近似列が存在することは正しいわけですが、その存在性は鳩の巣原理を用いて証明されるのであって、具体的に構成することは極めて難しいです。


ところが!!クオリティーが2以上の近似列は存在はするんだけれども、たとえそれを見つけることができなくとも、例えば「クオリティーが1.01以上の近似列」を別途見つければ十分であるというようなことが起き得ます。


もう少し詳しく見てみましょう。


「周期の有理数近似」の節で見たように、\xi が周期である場合には、その積分表示を基に近似列を構成するというアプローチがあります。そのような構成では、(p_n/q_n)_n\xi の近似列として、しばしば q_n が指数関数的な増大度になります。そこで、Q > 1 が存在して q_n < Q^n と押さえられていると仮定しましょう。


そして、正の実数 \eta > 0 が存在して、全ての n

\displaystyle 0 < \left| \xi-\frac{p_n}{q_n}\right| < \frac{1}{Q^{(1+\eta)n}}


が成り立つと仮定します。普通は Q として取れるギリギリのものを選ぶので、近似有理数 p_n/q_n のクオリティーが(大体) 1+\eta 以上であるという設定になっています。


このとき、\xi は無理数であることが示されます。実際、\xi が有理数であると仮定して \xi=p/q とおくと、


\displaystyle 0 < q|q_n\xi-p_n| < \frac{q}{Q^{\eta n}} \xrightarrow{n\to \infty} 0


が成り立つので、十分大きい n01 の間の整数が手に入ります。(んなわけあるか!)


1+\eta1より大きければいいだけなので、クオリティーが2以上の近似列を見つける必要はないことがわかりました。


ところで、このような近似列を構成するというアプローチは無理数性を証明する唯一のアプローチというわけではありません。実際、円周率が無理数であることの有名な証明(Nivenによる証明など)はこのアプローチではありません(代数的無理数の場合は、その数が満たす方程式を用いればもっと簡単に証明できますね)。


ですが、単に \xi が無理数であることを証明したいだけではなく、その数がどのような近似列を持つか、例えば、これから説明する無理数度がいくつかといった問題はそれ自体が興味あるテーマですので、既に無理数であることが別の方法で証明されていたとしても近似列の構成は探求されるべき研究課題といえます(代数的数であってもそうです)。ので、円周率の近似列を我々は見つけたいです。


実数 \xi の無理数度というのは、その値を少しでも超えてしまうと(無理数度が \mu=\mu(\xi) で、\eta を正の実数とします)、クオリティーが \mu+\eta 以上の \xi の近似有理数は高々有限個になってしまうというギリギリの値のことです。


有理数の無理数度は実は1です(なので、1よりも少しでも大きいクオリティーの近似列があればその時点で無理数になります)。一方、無理数の無理数度は必ず2以上です。


クオリティーが著しく大きいような有理数近似にも耐えてしまう最強の実数は何でしょうか。それは無理数度が無限大の実数です。そのような実数のことを我々はリュービル数とよびます。


リュービルは次数が n の代数的実数の無理数度が n 以下であることを示したため、リュービル数は超越数であることが従います。これが具体的な超越数の存在が示された歴史的に最初の方法であることは有名ですね。


その後、リュービルの結果を改良する研究レースが行われ、最終的に1955年にロスが次数が n\geq 2 の代数的実数の無理数度は2であるということを証明しました。ロスは少し前にエルデシュとトゥランの予想を解決しており*5、これら2つの業績からフィールズ賞を受賞しています。


実は無理数度が2より真に大きい実数全体の集合のルベーグ測度は0です。21世紀は周期の世界の研究が進む時代であって欲しいですが、周期も無理数度は全部2なんじゃないかと思います。


現時点では円周率の無理数度は 7.103205334137... 以下であることが示されているようです(Zeilberger–Zudilin 2020)。


このように無理数度を確定するための途中研究として上からの評価を得ることは重要ですが、実は先ほど Q を用いて述べた指数関数的増大度を持つ近似列が存在すると、


\mu(\xi) \leq 1+\frac{1}{\eta}


が得られます([B, p.376])。


え?これって「クオリティーが 1+\eta ぐらいの良い近似列があれば、クオリティーが 1+\frac{1}{\eta}+\varepsilon より大きい近似列は存在しない」ということを言っている!?


つまり、特定の近似列が他の近似列の存在を禁止する影響力を持つと言っている!?


言っています。

円周率の近似列候補

前節の内容を踏まえると、

\displaystyle \int_0^1\frac{t^4(1-t)^4}{1+t^2}\mathrm{d}t = \frac{22}{7}-\pi


を円周率の1つの近似有理数を得ることだけで終わるんじゃなくて、族にしたくなるんですよね。それで安直に思いつく例が

\displaystyle I_n:=\int_0^1\frac{t^{4n}(1-t)^{4n}}{1+t^2}\mathrm{d}t


です。f_n(t):=t^{4n}(1-t)^{4n} とすると、f_n(i)=f_n(-i)=(-4)^n であり、区間 [0,1] における f_n(t) の最大値は 256^{-n} なので、余裕で I_n \to 0n\to\infty)は成り立っています。


例えば、

\displaystyle I_4=64\pi-\frac{5930158704872}{29494189725}

であり、

\displaystyle \frac{5930158704872}{29494189725\times 64}=\frac{741269838109}{235953517800}


の円周率に対するクオリティーは 1.07282...です。

\displaystyle I_8=16384\pi - \frac{316945148388686672766347599664}{6157640021368865976621675}

であり、

\displaystyle \frac{316945148388686672766347599664}{6157640021368865976621675\times 16384}=\frac{19809071774292917047896724979}{6305423381881718760060595200}


の円周率に対するクオリティーは 0.87726...です。


ですので、最初はクオリティーが3超えで幸先良かったわけですが、I_8 を見るとクオリティーが1を切ってしまっています。


そして、[B]によれば I_n が与える近似列の近似有理数のクオリティーの極限値は約0.738らしいので*6、この近似列では円周率の無理数性はでないことになります。


他にも積分で列を作る工夫は色々考えられますが、例えば次の候補列があります:

\displaystyle J_n:=\int_0^1\frac{t^{n}(1-t)^{n}}{(1+t^2)^{n+1}}\mathrm{d}t.


\displaystyle J_{15}= \frac{324768007}{184504320} - \frac{73439}{131072}\pi

であり、

\displaystyle  \frac{324768007}{184504320}\times \frac{131072}{73439} = \frac{10392576224}{3308059755}


の円周率に対するクオリティーは 1.13145...と15番目でも1を超えています。この調子でずっと1より大きければいいのですが、クオリティーは0.9058...に向かうらしく、I_nよりは良いものの、やはり円周率の無理性証明は得られません。


うーむ。

無理数判定法

ちなみに、周期の無理数性判定を使い勝手がいい形にすると次のようになります。


\xi を実数として、(r_n)_n は有理数 a_n, b_n を用いて r_n=a_n\xi-b_n という表示を持ち、以下の3条件を満たすとする:

  1. ある C_1 > 0, \varepsilon >0 が存在して、0 < r_n \leq C_1\varepsilon^n が全ての n で成り立つ。
  2. 正整数列 (\delta_n)_n が存在して、\delta_na_n および \delta_nb_n は全ての n で整数である。
  3. ある C_2 > 0, \Delta >0 が存在して、\delta_n < C_2\Delta^n が全ての n で成り立つ。

このとき、もし \varepsilon \Delta < 1 であれば、\xi は無理数である。


証明はいつも通り 01の間に整数を作るだけです。q_n:=\delta_na_n が大体 Q^n であることを想定すると、p_n:=\delta_nb_nとして、

\displaystyle \left|\xi-\frac{p_n}{q_n}\right| \ll \left(\frac{\varepsilon\Delta}{Q}\right)^n

となるので、条件 \varepsilon \Delta < 1\eta > 0 がとれることに対応します。


具体的な計算は省略しますが、前節の J_n については


\displaystyle 4\cdot 2^{\frac{3n}{2}+2\cdot\left\{\frac{n}{4}\right\}}\cdot d_n\cdot J_n \in \mathbb{Z}\pi + \mathbb{Z}


が成り立ちます。ここで、\left\{\frac{n}{4}\right\}\frac{n}{4} の小数部分で、d_n1, 2, \dots, n の最小公倍数です。\frac{t(1-t)}{1+t^2}の区間 [0,1] における最大値は \frac{2-\sqrt{2}}{2\sqrt{2}} なので、これを \varepsilon ととることができます。また、\delta:=4\cdot 2^{\frac{3n}{2}+2\cdot\left\{\frac{n}{4}\right\}}\cdot d_n とおくと、d_n^{\frac{1}{n}}\xrightarrow{n\to\infty}e なので、\Delta としては 2\sqrt{2}\cdot e より少しでも大きい値であれば何でもとることができます。そして、

\displaystyle \frac{2-\sqrt{2}}{2\sqrt{2}}\cdot 2\sqrt{2}\cdot e = 1.592332...


1 を超えるので、(\eta\varepsilon\Delta のどっちで見ても一緒なので当然ですが)やっぱり J_n では円周率の無理数性は出せないことがわかります。

\log 2が無理数であることの証明

失敗例しかないかというと全くそんなことはなく、ここでは円周率以外の周期における成功例を1つ紹介しておきます*7

\displaystyle l_n:=\int_1^2\frac{(t-1)^n(2-t)^n}{t^{n+1}}\mathrm{d}t


とおくと、

\displaystyle l_n=\left(\sum_{k=0}^n\binom{n}{k}^22^k\right)\log 2+ \sum_{\substack{i, j=0 \\ i+j\neq n}}^n\binom{n}{i}\binom{n}{j}(-1)^{n+i+j}\cdot\frac{2^i-2^{n-j}}{i+j-n}


と計算されるので、d_nl_n \in \mathbb{Z}\log 2+\mathbb{Z} がわかります。また、\frac{(t-1)(2-t)}{t} の区間 [1,2] における最大値は (\sqrt{2}-1)^2 です。

\displaystyle (\sqrt{2}-1)^2\cdot e=0.466383...

なので、前節の判定法により \log 2 は無理数であることが示されました。

ズディリンの判定法

さて、ここまでの説明だと J_n では円周率の無理数性証明には届かないため、他の形の積分を考えようという方向にシフトすることは自然です。ですが、実は「J_n を使って円周率の無理数性を証明する」という俄かには信じられないことがズディリンによってなされました([Z])。


ズディリンは論文[Z]において、新しい無理数判定法を提示しています。今までは無理数判定法は毎回同じものを使用して近似列の構成を色々工夫していたのに対し、無理数判定法自体を新しく作ったのです。それは「無理数判定法」の節で扱った \xi に対する数列 (r_n)_n が幾つかの追加条件を満たすならば、たとえ \varepsilon \Delta < 1 を満たしていなくとも、代わりに

\displaystyle \frac{\varepsilon\cdot\Delta^{\frac{3}{2}}}{4} < 1


を満たしていれば \xi は無理数と断定できるというものです。


その追加条件を具体的に述べましょう。まずは、r_n が次の形の積分表示を持つという仮定です。

\displaystyle r_n = \int_Df(t)^n\omega(t).


ここで、D はあるユークリッド空間 \mathbb{R}^m 内の領域で、f(t)D 上の非定数連続非負値関数、\omega は測度とします。


この記事では周期の近似列を積分を基に構成しようという話をしてきたので、そういう意味ではこの仮定は自然です*8


もう1つ条件があって、各 n に対して整除性 \delta_n \mid \delta_{n+1} が成り立つことです。これも具体的な例では成り立つようにとられることが多いです。追加条件はこれらだけなので、不自然に強い技術的仮定があるわけではありません。


とは言っても \frac{\varepsilon\cdot\Delta^{\frac{3}{2}}}{4} < 1 も満たしてくれない例はいくらでもあるので、今まで無理数かわかっていなかったものが次々に無理数だとわかるというような神がかった判定法というわけでもありません。ただ、無理数判定法自体が新しく見つかることがある、その結果今までは無理数性が出ないと思われていた近似列によって無理数性が証明されることがあり得るということを示してもらったことはとても示唆的です。

ズディリンの判定法の証明の簡単な解説

詳細は原論文を見ていただくことにして、キーとなる部分の解説を試みてみます。


\xi が無理数であることを証明するために1次結合 a_n\xi-b_n を考えていましたが、例えば、a_n \xi_1 + b_n \xi_2 + c_n の形をした小さな絶対値をとる1次結合を上手く構成すると、「\xi_1\xi_2 の少なくとも1つは無理数」というタイプの結果が得られることがあります。


これは初めて聞いたときは「どうやって証明するんだ!?」と思うタイプの主張ですが、 \xi_1\xi_2 がともに有理数だと仮定して01の間の整数を作ればいいだけです。


さて、実は \xi が無理数であることを証明するには a_n\xi-b_n 型の1次結合しか使えないわけではありません。というのも、例えば、もし

\xi\xi^2 の少なくとも一方が無理数である

ということが言えれば、\xi は無理数であることが従います(対偶を考えてみましょう)。ということは、\xi^3 とか \xi^4 とかどんどん冪を増やしても同様のことが言えるため、

R_n=a_n\xi^n+b_n\xi^{n-1}+\cdots+w_n\xi+z_n

のような形の小さな絶対値をとる列をうまく構成することができれば、それでも \xi が有理数であるという仮定のみから01の間にある整数を作ることができるかもしれません。


以上の観察により、列の探索範囲を広げることができます。問題はどうやって R_n を作るかですが、ズディリンが発見したのは、r_n が前述の各仮定を満たす場合には、r_n を基に R_n を構成することができるというものです。


そうして、r_n そのものはクオリティーが1より小さい近似列しか生み出せず、\xi の無理数性を証明できそうにもないにも拘らず、別の列である R_n を生み出すことができるため、実は \xi が無理数であることを証明できてしまうというストーリーが現実のものとなるのです。


具体的には

\displaystyle R_n:=\det( (r_{j+l})_{0\leq j, l < n})


と定めます。すると、各条件から

\displaystyle R_n\in\mathbb{Q}\xi^n+\cdots+\mathbb{Q}\xi+\mathbb{Q}


であり、より強く

\displaystyle \delta_{n-1}\delta_n\cdots \delta_{2n-2} R_n \in \mathbb{Z}\xi^n+\cdots+\mathbb{Z}\xi+\mathbb{Z}


が言えます。一方で、行列式の計算により

\displaystyle R_n=\frac{1}{n!}\int\cdots \int_{D^n}\left\{\prod_{1\leq j < l \leq n}\left(f(t_l)-f(t_j)\right)^2\right\}\omega(t_0)\omega(t_1)\cdots \omega(t_{n-1})


という別表示が得られるため、

\displaystyle 0 < R_n < \left(\frac{\varepsilon}{4}\right)^{n^2+o(n^2)},\quad (n\to\infty)


と評価できます。よって、もし \xi = p/q が有理数であれば、

 \delta_{n-1}\delta_n\cdots \delta_{2n-2} q^nR_n < (C_2q)^n\cdot\Delta^{\frac{3}{2}n^2}\cdot \left(\frac{\varepsilon}{4}\right)^{n^2+o(n^2)}


なる評価から01の間の整数が得られます*9


円周率が無理数であることのズディリンによる証明

J_n については

\displaystyle D=[0,1] \subset\mathbb{R},\quad f(t) = \frac{t(1-t)}{1+t^2},\quad \omega(t)=\frac{\mathrm{d}t}{1+t^2},

\displaystyle \delta_n=4\cdot 2^{\frac{3n}{2}+2\cdot\left\{\frac{n}{4}\right\}}\cdot d_n,


および、\varepsilon=\frac{2-\sqrt{2}}{2\sqrt{2}} ととることができ、\Delta2\sqrt{2}\cdot e より少しでも大きければOKでした。


条件 \delta_n \mid \delta_{n+1} については、d_n \mid d_{n+1} は自明なので、

\frac{3n}{2}+2\cdot\left\{\frac{n}{4}\right\} \leq \frac{3(n+1)}{2}+2\cdot\left\{\frac{n+1}{4}\right\}


であればOKですが、これは

\displaystyle \left\{\frac{n}{4}\right\}\leq \frac{3}{4}+\left\{\frac{n+1}{4}\right\}


と言い換えられて、\frac{3}{4} があるおかげで成立することがわかります。そして、

\displaystyle \frac{\frac{2-\sqrt{2}}{2\sqrt{2}} \cdot \left(2\sqrt{2}\cdot e\right)^{\frac{3}{2}}}{4} = 1.103808...


1より小さいため、ズディリンによる新しい無理数判定法が満たされて、J_n 由来で円周率の無理数性を証明することができました。



ん????????



1より小さくないやんけ!!!!


どうやら、J_n のままではズディリンの判定法を使っても円周率の無理数性は証明できないようです。


そこで、J_n の代わりに次の \widetilde{J_n} を考えることにします:n が偶数のときは、

\displaystyle \widetilde{J_n} := \int_0^1\frac{(2\sqrt{2})^nt^{n}(1-t)^{n}}{(1+t^2)^{n+1}}\mathrm{d}t

とし、n が奇数のときは

\displaystyle \widetilde{J_n} := \int_0^1\frac{\sqrt{2}(2\sqrt{2})^nt^{n}(1-t)^{n}}{(1+t^2)^{n+1}}\mathrm{d}t.


このとき、8d_n\widetilde{J_n}\in\mathbb{Z}\pi+\mathbb{Z} が成り立ちます。従来の「無理数判定法」を使うことを考えると

\displaystyle \frac{2-\sqrt{2}}{2\sqrt{2}}\cdot (2\sqrt{2}\cdot e)

とみるか

\displaystyle (2-\sqrt{2})\cdot e


とみるかなので、J_n\widetilde{J_n} で変わりません(そして、円周率の無理数性は証明できません)。一方で、

\displaystyle \frac{(2-\sqrt{2})\cdot e^{\frac{3}{2}}}{4} =0.656328... < 1


なので、ズディリンの判定法が適用できれば円周率の無理数性が出ることになります。


ただ、今の場合は脚注8が嘘になっていて、n の偶奇での場合分けのためにズディリンの判定法で仮定されていた形の積分表示になっていません。なので、ズディリンの判定法自体を少し修正する必要があります。


そこで、全ての n について

\displaystyle r_n := \int_0^1\frac{(2\sqrt{2})^nt^{n}(1-t)^{n}}{(1+t^2)^{n+1}}\mathrm{d}t


という設定を考えて、

\displaystyle \widetilde{R_n}:=\det( (\sqrt{2}^{j+l}r_{j+l})_{0\leq j, l < n})


を考えることにしましょう。すると、\delta_n=8d_nとして、

\displaystyle \delta_{n-1}\delta_n\cdots \delta_{2n-2} \widetilde{R_n} \in \mathbb{Z}\pi^n+\cdots+\mathbb{Z}\pi+\mathbb{Z}


が言えます。行列式の性質から

\displaystyle \widetilde{R_n}:=\sqrt{2}^{n(n-1)}\times \det( (r_{j+l})_{0\leq j, l < n})


が成り立つため、\widetilde{f}(t)=\frac{2\sqrt{2}t(1-t)}{1+t^2} に対して \varepsilon=2-\sqrt{2} を考えるとき、

\displaystyle 0 < \widetilde{R_n} < \left(\frac{\sqrt{2}\varepsilon}{4}\right)^{n^2+o(n^2)},\quad (n\to\infty)


という評価に変更となります。従って、\widetilde{J_n} の場合であっても、\sqrt{2} 倍した条件

\displaystyle \frac{\sqrt{2}\varepsilon\cdot\Delta^{\frac{3}{2}}}{4} < 1


を満たせば円周率の無理数性が出ることがわかりました。\Delta は今の場合は e より少しでも大きければOKであり、

\displaystyle \frac{\sqrt{2}\cdot (2-\sqrt{2}) \cdot e^{\frac{3}{2}}}{4} =0.928188... < 1


なので、今度こそ円周率の無理数性が証明されました。





以上、お読みいただきまして誠にありがとうございます。


日曜数学 Advent Calendar 2023 の次の記事はTaichi Aokiさんによる『 平面上のケーキを直線三本で面積7等分したい(後編)』です。

追記

円周率が無理数であることを曲芸的に証明して何の意味があるのかと思われるかもしれませんが、この話の何が凄いかというと、クオリティーが1を下回ったことによって特定の実数(例えば無理数であることが未解決のもの)の無理数性証明に失敗したと考えられていた近似列が復活するかもしれないということです。

参考文献

[一巻] 上野健爾、小川束、小林龍彦、佐藤賢、『関孝和全集 第一巻 現代語訳』、岩波書店、2023年
[B] F. Beukers, A rational approach to \pi, Nieuw archief voor wiskunde Ser. 5 1 (2000), 372–379.
[Z] W. Zudilin, A determinantal approach to irrationality, Constr Approx 45 (2017), 301–310.

*1:ja.wikipedia.org

*2:[一巻] p.533

*3:その後、建部賢弘が正1024角形までのデータから円周率を小数点以下41桁まで正確に求められる累遍増約術に拡張した話を5年前のAdvent Calendarの記事に書きました。 integers.hatenablog.com この記事では「増約術」を関の加速法を指すものとしていましたが、どうやら「増約術」自体は本来は無限等比級数の和の公式のことを指すようです。つまり、「増約術」を使って加速法を得たというのが正確な表現かもしれません。が、時間がないので過去記事はそのままにしておきます。

*4:ちなみに、\frac{22}{7} は関孝和も求めています。[一巻] p.533

*5:integers.hatenablog.com

*6:\log 4/\log (2e^8)とも書いてあるのですが、これはもっと小さくなる気がして、どちらが正しいか確認できていません。

*7:以前も書いたことがあります。 integers.hatenablog.com

*8:被積分関数がn乗のものしか考えていないのはもしかしたら強い仮定かもしれませんが、今回紹介しているものやその周辺の多くの列はこの形をしています。

*9:\Delta^{n-1}\Delta^{n}\cdots \Delta^{2n-2} を計算して、\frac{3n^2}{2}乗が出てくることがわかります。C_2q の指数部分は n の1乗に過ぎないので、もし\frac{\Delta^{\frac{3}{2}}\cdot \varepsilon}{4} < 1 であれば、例えば対数をとると「マイナス掛けるn^2」が主要項となって -\infty に向かうことがわかります。