インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

Q&ABC (その4)

せきゅーん: 例えば、c > 2が平方無縁(square-free)な場合は必ず(4)が成り立つ。x以下の平方無縁な正整数全体のなす集合を\mathcal{Q}(x)で表せば

\displaystyle \lim_{x\to \infty}\frac{\mathcal{Q}(x)}{x}=\frac{6}{\pi^2}

だ。証明が気になればここを見ればいい。


ラムネ: でも、それは自明な場合だし、6/\pi^20.6よりちょっと大きいぐらいで、40%近くは非自明な場合が残っているじゃないか。それでは全く納得がいかない。


せきゅーん: では、何が言えればいい?


ラムネ: もし成り立つのであれば、ABC-hitを与えるようなABCトリプルの密度が0であることが言えたらいいな。そのようなABCトリプルのことを加藤先生は「例外的ABCトリプル」と呼んで

ABC予想とは、この例外的ABCトリプルが「とても少ない」という状況を、数学的に定式化することによって立てられた予想です。


と述べておられる。「とても少ないという状況の数学的定式化」をABC予想は「(1+\varepsilon)乗した上での有限性」で実行しているわけだよね。でもさ、「とても少ないという状況の数学的定式化」には「有限性」しかあり得ないわけではないだろうし、「密度が0」だったら十分「とても少ないという状況の数学的定式化」には成功しているんじゃないの?むしろ\varepsilonなんて持ち出さずにABC予想を定式化できるのでは?


せきゅーん: それはかなり筋がいい考え方に聞こえる。つまり、

\displaystyle \mathrm{rad}(abc) < c

が成り立つようなABCトリプルの密度は0という形でもABC予想-likeな予想は定式化できるんじゃないか、それが言えれば十分不思議なんじゃないかってことだな。


ラムネ: うん。


せきゅーん: 実は昔それについては考えたり調べたことがある。さっきの平方無縁の場合と同じように例外的ABCトリプルに分解できないようなcを主役に見た密度が0だということが証明できるらしい。実際、この論文の定理4ではもっと強いことが主張されている。ただ、引用している文献を見ると宣言しかしていなくて証明は書いてなかった。

でも、別の密度の測り方だったら割と簡単に例外的なABCトリプルの密度が0であることを証明できる。その議論だけでも数値データだけよりは例外的である事を納得できるようになるし、一方でその現象はABC予想ほど深くないこともわかる。


ラムネ: 証明が書いてないというのはもどかしいな。でも、その別の測り方による密度0の議論はとても気になる。


せきゅーん: 次のことが簡単に証明できるんだ。

\displaystyle \lim_{x\to\infty}\frac{\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x\}}{\#\{(a,b) \mid a, b \leq x, (a,b)=1\}}=0. \tag{5}


ラムネ: a,bは正整数で考えていて、(a,b)=1っていうのはabが互いに素を意味するんだね。えーっと、この式の意味するところは大雑把に見て「互いに素なx以下の2つの正整数のペアが与えられたときに、殆どの場合は不等式 \mathrm{rad}(ab) \leq x が成立しない」ということだね。


せきゅーん: cが与えられてc=a+bと分解するんじゃなくて、互いに素な(a,b)を持ってきたときに「(a,b,a+b)は例外的ABCトリプルですか?」と問いかけるわけだ。それで、実は殆どの場合 \mathrm{rad}(ab) > x が成り立ってしまっていて、このときは

\displaystyle c=a+b \leq 2x < 2\mathrm{rad}(ab)\leq \mathrm{rad}(abc)

が成り立つ。つまり、(a,b,c)(4)を満たす。


(5)ではABC-hitの不等式そのものではなくて、\mathrm{rad}(ab) \leq xを満たすものが少ないということまで言えていて、そこから例外的ABCトリプルがもっと少ないということが上の議論から従う。つまり、a+b=cという加法構造を相手にするまでもなく密度0がより単純な理由で保障できてしまうということなんだ。

今から証明を見るけれど、根基をとった結果が与えられた(平方無縁な)正整数になるようなものの個数はとても少ないということしか使わないし、それは素因数分解の一意性から単純なオイラー積の議論で言えてしまう。


ラムネ: 早速、具体的に証明を見たい。


せきゅーん: 具体的には次の補題を示す: 任意の\delta > 0に対してc_{\delta}>0が存在して、勝手に選んだ正整数r,xに対して

\mathrm{rad}(a)=r, \qquad a\leq x

を満たすような正整数aの個数は高々c_{\delta}x^{\delta}個である。


ラムネ: ふむ。さっき言ってくれたことを数式で表現しましたという感じになっている。「とても少ない」というのはオーダーをx^{o(1)}にできるという意味だったんだな。


せきゅーん: r1より大きい平方因子を持つ場合は解は存在しないから自明に成り立つ。よって、以下はrは平方無縁としよう。このとき、a\leq xという条件抜きに、

\displaystyle \sum_{\substack{a\in \mathbb{Z}_{ > 0} \\ \mathrm{rad}(a)=r}}\frac{1}{a^{\delta}}=\prod_{p\mid r}\left(\frac{1}{p^{\delta}}+\frac{1}{p^{2\delta}}+\frac{1}{p^{3\delta}}+\cdots\right)=\prod_{p\mid r}\frac{p^{-\delta}}{1-p^{-\delta}}

が成り立つ。


ラムネ: p\mid rrの素因数pをわたるという意味だね。これがさっき言っていたオイラー積の議論だ。


せきゅーん: これによって、評価したい個数について

\displaystyle \sum_{\substack{a\leq x \\ \mathrm{rad}(a)=r}}1\leq \sum_{\substack{a\leq x \\ \mathrm{rad}(a)=r}}\left(\frac{x}{a}\right)^{\delta}\leq x^{\delta}\sum_{\substack{a\in \mathbb{Z}_{ > 0} \\ \mathrm{rad}(a)=r}}\frac{1}{a^{\delta}}=x^{\delta}\prod_{p\mid r}\frac{p^{-\delta}}{1-p^{-\delta}}

を得る。\frac{p^{-\delta}}{1-p^{-\delta}} \leq 1p > 2^{\frac{1}{\delta}}が同値なので、

\displaystyle c_{\delta}:=\prod_{p\leq 2^{\frac{1}{\delta}}}\frac{p^{-\delta}}{1-p^{-\delta}}

とおけば、

\displaystyle \sum_{\substack{a\leq x \\ \mathrm{rad}(a)=r}}1\leq c_{\delta}x^{\delta}

となって補題の証明が完了する。


ラムネ: 完了した。


せきゅーん: これから

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x\}

をカウンティングしたい。そのために、r_1r_2\leq xとなるような正整数の組(r_1,r_2)を考える。先にこのような組の個数をカウントしよう。

r_1\leq e^i,\quad r_2\leq e^j,\quad r_1r_2\leq e^{i+j}\leq x

と非負整数の組(i,j)を経由してカウントすることにする。i+j\leq \log xを満たすような(i,j)の個数は大雑把に見積もって(\log x)^2個以下だ。xはそれなりに大きいと考えて議論してよいことに一応注意しておく。

そのような(i,j)を固定したときには r_1\leq e^iを満たすr_1は高々e^i個、r_2\leq e^jを満たすr_2は高々e^j個。つまり、組(r_1,r_2)の個数は高々e^ie^j=e^{i+j}\leq x個。こうして、r_1r_2\leq xとなるような(r_1,r_2)は高々x(\log x)^2個であることがわかった。


ラムネ: 「高々X個」って表現、Xが整数じゃないときにも使うよね。


せきゅーん: それを認めてくれた方が便利だ。さて、r_1r_2\leq xとなるような正整数の組(r_1,r_2)を1組とって固定する。\mathrm{rad}(ab)\leq xなる互いに素な(a,b)をカウンティングしたいわけだけど、今の場合 \mathrm{rad}(ab)= \mathrm{rad}(a)\mathrm{rad}(b)だから、\mathrm{rad}(a)=r_1, \mathrm{rad}(b)=r_2となるような(a,b)をカウントする。


ラムネ: その後、(r_1,r_2)を動かせばいいんだね。


せきゅーん: ここで、さっきの補題が活躍する。十分小さい \delta > 0を任意にとろう。このとき、\mathrm{rad}(a)=r_1, \mathrm{rad}(b)=r_2となるような a,bはそれぞれ高々 c_{\delta}x^{\delta}個しかない。よって、組(a,b)は高々 c_{\delta}^2x^{2\delta}個だ。


ラムネ: そうして、(r_1,r_2)を動かせば

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x\} \leq c_{\delta}^2x^{1+2\delta}(\log x)^2

が示されたことになる。


せきゅーん: 途中ガバガバに評価しているように見えた箇所があるかもしれないが、重要なのはオーダーの把握だ。\deltaは任意なんだから、任意の\varepsilon > 0に対して x \to \infty

\#\{(a,b) \mid a,b \leq x, (a,b)=1, \mathrm{rad}(ab) \leq x\} = O(x^{1+\varepsilon})

が成り立つ。一方、

\displaystyle \#\{(a,b) \mid a, b \leq x, (a,b)=1\}=1+2\sum_{k=2}^n\varphi(k)=\frac{6}{\pi^2}x^2+O(x\log x)

だ。


ラムネ: \varphi(k)オイラーのトーシェント関数だね。それをメビウス関数の和で表して二重和を計算すればやはり標準的に示せる。平方無縁になる確率も互いに素なペアになる確率も共に6/\pi^2になるの面白いね。


せきゅーん: 今まで密度と言っていたのにここにきて確率という言葉が出てきたから1つ記事を紹介しておこう。

ここでは6/\pi^2という数値は重要ではなくて、オーダーだけが重要だ。オーダーを見れば既に(5)の証明が完了している。


ラムネ: めでたしめでたし。例外的ABCトリプルはある意味では確かに例外的であった。

Q&ABC (その3)

せきゅーん: 以下、\delta>0は小さい数を固定して、n\deltaに応じて十分に大きい整数とする。証明の肝は3つあって、素数分布の情報・体積による評価のアイデア・鳩の巣原理だ。まずは素数分布の情報として次の公式を用いる:


p_1,\dots,p_nを最初のn個の素数とするとき,

\begin{align}
p_n &< n\log n+n\log \log n-(1-\delta)n, \tag{p1}\\
\sum_{i=1}^n\log p_i &< n\log n+n\log \log n-(1-\delta)n, \tag{p2}\\
\sum_{i=1}^n\log \log p_i &< n(\log \log n+\delta) \tag{p3}
\end{align}

が成り立つ。これらの細かい導出はここではやらないけど、素数定理(+誤差項)から標準的に導出できる。


ラムネ: p_n\sum_{i=1}^n\log p_iの漸近挙動の情報を与えるのがすなわち素数定理であり、(\text{p}3)

\displaystyle \sum_{i=1}^n\log \log p_i  < n\log \log p_n

としてから(\text{p}1)を使えばわかるな。


せきゅーん: では、次に「体積による評価のアイデア」を見よう。集合\mathcal{P}_nをここだけの記号として、素因数分解p_1^{e_1}\cdots p_n^{e_n}の形(e_iは非負整数)の正整数全体のなす集合とする。\mathcal{P}_nの元は持ち得る素因数がp_1からp_nまでの正整数だ。


ラムネ: どうでもいいけど、\mathcal{P}_n自然数全体における自然密度は0だね。


せきゅーん: そして、\mathcal{P}_n(x)x以下であるような\mathcal{P}_nの元全体のなす集合としよう。君の言ったことは\#\mathcal{P}_n(x)の上からの評価と関係があるが、ここでは次のような下からの評価を示したい。

\displaystyle \#\mathcal{P}_n(x) > \left(\frac{e^{1-2\delta}\log x}{n\log n}\right)^n.\tag{2}


ラムネ: 蜜ではないけど、(\log x)^nのオーダーはあるんだね。ちなみに、君は集合の元の個数を記号\#Sで表す人だね。


せきゅーん: そうだ。決して\sharp Sではないぞ。では(2)を証明しよう。\#\mathcal{P}_n(x)はすなわち

\displaystyle \prod_{i=1}^np_i^{e_i}\leq x

を満たすような非負整数の組(e_1,\dots,e_n)の個数だ。それは、対数をとれば

\displaystyle \sum_{i=1}^ne_i\log p_i\leq \log x

を満たすような非負整数の組(e_1,\dots,e_n)の個数と言ってもよい。それは

\displaystyle \sum_{i=1}^nx_i\log p_i\leq \log x,\quad (x_1,\dots, x_n)\in \mathbb{R}_{\geq 0}^n

の範囲で表される単体の体積以上である。


ラムネ: はあ〜。なるほど、点(e_1,\dots,e_n)を端に持つような単位ブロックで覆うことできるからか。


せきゅーん: その体積は


ラムネ: 次の式で与えられる:

\displaystyle \frac{(\log x)^n}{n!\prod_{i=1}^n\log p_i}.

\prod_{i=1}^n\log p_iの部分は(\textrm{p}3)で評価すればいいわけだね。


せきゅーん: 後はスターリングの公式によって

\displaystyle n!< \left(\frac{n}{e^{1-\delta}}\right)^n

と評価すれば(2)に到達する。


ラムネ: シンプルで見事だ。


せきゅーん: このアイデアは少なくとも1969年のEnnolaの論文には遡ることができる。さあ、最後に「鳩の巣原理」を使った議論によってStewart-Tijdemanの定理の証明を完成させよう。(1,3^{2^n}-1,3^{2^n})のときに3^{2^n}-12-orderが大きいことが効いていたことを思い出そう。このような2-orderの大きい整数を鳩の巣原理で見出す。

集合S_n天下り的ではあるが

\displaystyle S_n:=\mathcal{P}_n\left( \exp\left( (n\log n)^2\right)\right)

と設定しよう。もちろん何故こう設定するかは以下の議論をやってみて調整しないとわからないだろう。

2^k < \#S_n \leq 2^{k+1}となるような正整数kをとる。このとき、

\displaystyle \#(\mathbb{Z}/2^k\mathbb{Z})=2^k < \#S_n

が成り立つ。ということは、鳩の巣原理によってs,t\in S_nであって

\displaystyle s\equiv t \pmod{2^k},\qquad s < t

が成り立つようなものが存在する。


ラムネ: 2^k \geq \#S_n/2だから(2)を考慮に入れると(t-s)2-orderが大きいことがわかる。2進付値を| \cdot |_2:=2^{-\mathrm{ord}_2(\cdot)}で定義すれば

\displaystyle |t-s|_2\leq \frac{2}{\#S_n}

とも表現できる。


せきゅーん: s,tからABCトリプルを作る。s,tは互いに素であると仮定してよい。


ラムネ: もし、s,tが共通素因数pを持つならば、それはp_1からp_nのいずれかであり、特に奇素数だ。よって、t-s=2^kuuを導入すればupで割り切れる必要があり、その結果sp^{-1}\equiv tp^{-1}\pmod{2^k}がわかる。


せきゅーん: ABCトリプルは(s,t-s,t)を考える。さあ、r:=\mathrm{rad}(s(t-s)t)を評価しよう。s,tの素因数は必ず\{p_1,\dots,p_n\}の元なので、(t-s)2-orderを考慮に入れて

\displaystyle r \leq \frac{t-s}{2^{k-1}}\cdot\prod_{i=1}^np_i < \frac{4t}{\#S_n}\prod_{i=1}^np_i

と評価できる。後は用意した道具を使って解析するのみである。

(\text{p}2)より

\displaystyle \prod_{i=1}^np_i < \left(\frac{n\log n}{e^{1-\delta}}\right)^n

であり、(2)より\log x:=(n\log n)^2とすれば

\displaystyle \#S_n > \left(\frac{e^{1-2\delta}\log x}{n\log n}\right)^n,

なので、

\displaystyle r < 4t\cdot\left(\frac{n\log n}{e^{1-\delta}}\right)^n\cdot\left(\frac{n\log n}{e^{1-2\delta}(n\log n)^2}\right)^n=4t\cdot e^{-(2-3\delta)n} < t\cdot e^{-2(1-2\delta)n} \tag{3}

と評価できる。\log\log x=2\log n+2\log \log n > 2\log n および n\log n=\sqrt{\log x} および t\leq x (これはt \in S_n=\mathcal{P}_n(x)からわかる)より

\displaystyle n > \frac{2\sqrt{\log x}}{\log \log x} \geq \frac{2\sqrt{\log t}}{\log \log t}

なので、(3)に取り込んで

\displaystyle r < t\cdot e^{-2(1-2\delta)n} < t\cdot\exp\left(-4(1-2\delta)\frac{\sqrt{\log t}}{\log \log t}\right)

が得られた。(3)より特にr < tなので、

\displaystyle t > r\cdot\exp\left(4(1-2\delta)\frac{\sqrt{\log t}}{\log \log t}\right) > r\cdot\exp\left(4(1-2\delta)\frac{\sqrt{\log r}}{\log \log r}\right)

と所望の不等式に到達した*1


ラムネ: \deltaには任意性があるから2\delta\deltaに取り替えていいね。それに、n\to\inftyとすれば\#S_n\to\inftyだからt-s\to\inftyでないといけなくて、よってこのようなABCトリプルは無数に存在するわけだね。ひゃー、まさかこんなに簡単に証明できるとは。


せきゅーん: ものすごくシンプルな証明だよね。


ラムネ: 余韻に浸りたいところだけど、次の質問をしていいかな。これまではABCトリプルに対して最初に期待した不等式

\mathrm{rad}(abc)>c \tag{4}

が成り立たないABC-hitとなるような例が無数に存在することや、\mathrm{rad}(abc)そのものよりも若干大きくしても依然としてcに勝てない例が無数に存在することを見てきた。


せきゅーん: ああ。


ラムネ: いつも思う疑問は、でも本当に\mathrm{rad}(abc)>cが成り立つようなABCトリプルの方がメジャーなのかということだ。

君の記事では「テキトーにABCトリプルを選ぶと結構成り立ちます」などと述べておきながら実例を(8,17,25)の1つだけ取り上げるのみで、それこそテキトーではないか?


せきゅーん: ごもっとも。


ラムネ: 河野玄斗さんの動画では不等式(4)を指して「殆どこっち」とおっしゃってたし、ABC-hitを与える例は「めちゃくちゃ少ない、超少ない」とおっしゃってる。でも、確かに少ないっていう根拠を説明してくれてる解説に出会わないんだが。


せきゅーん: 数値データで根拠を示してくれているものは見つかるよ。アジマティクスや加藤先生のIUT理論に関する著書がそうだ。


ラムネ: 確かに。でも、それって有限範囲で調べたデータに過ぎないよね。数の世界では数値が予想を裏切る現象をこれまでにたくさん見せてくれた。その奥深さを考えると根拠としては薄いと思うんだ。ABC-hitsが無限回起こること自体ある意味意外だったわけだし、更なる意外性が発生する可能性を排除できていない。

*1:y=\frac{\sqrt{\log x}}{\log \log x}が単調増大になるのはe^{e^2} (1618ぐらい) 以降であるが、nが十分大きければ kも十分大きく、t > 2^kも十分大きいのでこのような大小比較が自由にできることに注意。

Q&ABC (その2)

せきゅーん: 指数持ち上げ補題 - INTEGERSを使えば似たようなやつはいくらでも構成できるんじゃない?えーっと、pを奇素数として互いに素な正整数の組 (x,y), x > yp\nmid x,y および m:=\mathrm{ord}_p(x-y)\geq 1 を満たすように取るでしょ。それで

y^{p^n}+(x^{p^n}-y^{p^n})=x^{p^n}

という分解を考えてみよう。指数持ち上げ補題によって\mathrm{ord}_p(x^{p^n}-y^{p^n})=n+mだから

\displaystyle \mathrm{rad}(y^{p^n}(x^{p^n}-y^{p^n})x^{p^n})=\mathrm{rad}(xy)\mathrm{rad}(x^{p^n}-y^{p^n})\leq xy\cdot\frac{x^{p^n}-y^{p^n}}{p^{n+m-1}}

と評価できる。これがx^{p^n}未満であればABC-hitになるから、

\displaystyle \frac{xy}{p^{n+m-1}}<1

であればよくて、これは p,x,yを固定しているときにn\to\inftyとすれば無限族を与えるね。


ラムネ: \mathrm{ord}_2(3^{2^n}-1)\geq n+2の考え方が応用に効いてるな。例えば p=3, x=5, y=2と選ぶとm=1で、n\geq 3であれば xy/3^{n+m-1}=10/3^n < 1 が成り立つ。つまり、

(2^{3^n},5^{3^n}-2^{3^n},5^{3^n}),\qquad n\geq 3

はABC-hitsの無限族を与えていて、しかも1を含まないABCトリプルになっている。


せきゅーん: あ、別に指数持ち上げ補題は使わなくてもよくて、奇素数pに対してABCトリプル(1,2^{p(p-1)}-1,2^{p(p-1)})を考えれば、オイラーの定理より

2^{p(p-1)}\equiv 1 \pmod{p^2}

だから

\displaystyle \mathrm{rad}(1\cdot (2^{p(p-1)}-1)\cdot 2^{p(p-1)})\leq 2\cdot \frac{2^{p(p-1)}-1}{p}<2^{p(p-1)}

でABC-hitだ。こっちは固定した素数の指数が動くのではなく、素数が動いて無限族を作る。


ラムネ: 確かに。色々教えてくれてありがとう。どれも似た構造はしているけどABC-hitsの無限族はいくらでも作れることはわかった。それでメーソン・ストーサーズの定理の類似を狙った期待する不等式には無数に反例があったから、それでも\mathrm{rad}(abc)がそんなに小さくならないという法則性を期待してちょっと大きくしてあげるんだよね。


せきゅーん: 実際にマッサーさんやエステルレさんがどう考えたかは知らないけど、1つの考え方としては悪くないと思う。


ラムネ: 大きくするために\mathrm{rad}(abc)^{1+\varepsilon}と累乗するわけだ。単に累乗すると考えたら\mathrm{rad}(abc)^{\kappa}と表現するのが自然だけど、1乗で駄目だったのだから\kappa>1を考える。それで例のいわゆる「強い予想」によれば少なくとも\kappa=2の時点で例外がなくなりそうだし、\kappa-1は小さければ小さいほど\mathrm{rad}(abc)そのものの小さくなさを測ることができる。だから小さい実数によく用いる\varepsilonという記号によって(1+\varepsilon)乗と表現するのにも違和感はない。


せきゅーん: うむ。違和感があれば好きな文字を使えばいいだけだし。


ラムネ: でもさ、「大きくする」ってのは累乗が最初に考えることなのか? 1億倍するとかじゃ駄目なのか?


せきゅーん: いや、駄目かはやってみなくちゃわからないでしょ。今我々は予想の発見者になったつもりで追体験しているみたいなもんだけど、研究なんだから全部試すもんさ。

ただ、もう答えは出ているけどね。


ラムネ: え?あ、確かに任意に定数C>0を選んだとしても、さっきのABCトリプルの例でいえばpが十分大きければ

\displaystyle C\cdot\mathrm{rad}(1\cdot (2^{p(p-1)}-1)\cdot 2^{p(p-1)})\leq 2C\cdot \frac{2^{p(p-1)}-1}{p}<2^{p(p-1)}

となって、やっぱりa+b=ccに打ち勝てない例が無数に作れてしまう。


せきゅーん: 何倍しようとも無数に反例が作れちゃうから、もっと根本的に大きくしないといけない。(1+\varepsilon)乗を考えれば、(1)の右辺はもはや殆ど全てのnに対して3^{2^n}に打ち勝ってしまってとりあえずABC予想の反例とは主張できないことがわかる。


ラムネ: 確かに\varepsilonがいくら小さかろうとも

\displaystyle \frac{3^{\varepsilon\cdot 2^n}}{2^{(1+\varepsilon)(n+1)}}

nが十分大きいと1よりも大きくなるもんなあ。


せきゅーん: ちなみに定数倍の次に大きくする手段として累乗は確かに思いつくんだけれど、もっと緩く

\mathrm{rad}(abc)\log(\mathrm{rad}(abc))

でどうかということだって考えてみたい。それで例外が有限になればそっちの方が数学的には強いからな。

(1)の例を使って考えてみると、実は不等式

\displaystyle \frac{2}{3\log 3}\mathrm{rad}(abc)\log(\mathrm{rad}(abc)) < c

を満たすようなABCトリプルが無数に存在することが証明できる。


ラムネ: やってみる。ABCトリプル(a,b,c)=(1,3^{2^n}-1,3^{2^n})についてr:=\mathrm{rad}(abc)とおくと、r < 3^{2^n}の対数をとって\log r<2^n\log 3が成り立つから、

\displaystyle r\log r < 3\cdot \frac{3^{2^n}-1}{2^{n+1}}\cdot 2^n\log 3 < \frac{3\log 3}{2}c

が確かに成り立っている。うわ、\mathrm{ord}_2(3^{2^n}-1)\geq n+2のおかげでより強いことがわかるのか。


せきゅーん: 実はそうなんだ。これまでに与えた例だとこれぐらいしか言えないけれど、例えば1986年にStewartとTijdemanが十分小さい\delta > 0に対して

\displaystyle r\exp\left((4-\delta)\frac{\sqrt{\log r}}{\log\log r}\right) < c

を満たすようなABCトリプルが無数に存在することを証明している。


ラムネ: \delta<4として、

\displaystyle \log\log r \ll \frac{\sqrt{\log r}}{\log\log r}

だからより強い結果だな。

\displaystyle \frac{\sqrt{\log r}}{\log\log r} \ll \log r

だから勿論ABC予想の反例にはなっていない。というか、そんな無限族があるならそれを先に教えてよ。


せきゅーん: いや、証明には鳩の巣原理を使うんだ。


ラムネ: おう。あることは確かだが、どれであるかはわからないってやつか。一番ゾクゾクするやつじゃん。


せきゅーん: 証明する?


ラムネ: する!!!