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数、特に整数に関する記事。

RamanujanによるEisenstein級数の微分について

以下の3つの式は、RamanujanによるEisenstein級数の微分公式です*1


\displaystyle \frac{1}{2\pi i}\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}E_2(\tau)=\frac{E_2(\tau)^2-E_4(\tau)}{12} \tag{a}

\displaystyle \frac{1}{2\pi i}\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}E_4(\tau)=\frac{E_2(\tau)E_4(\tau)-E_6(\tau)}{3} \tag{b}

\displaystyle \frac{1}{2\pi i}\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}E_6(\tau)=\frac{E_2(\tau)E_6(\tau)-E_4(\tau)^2}{2}\tag{c}


ここで、変数\tauは複素上半平面の元とし、E_2(\tau), E_4(\tau), E_6(\tau) は正規化されたEisenstein級数です。


この記事では、本日公開されたBachmann・菅野の微分予想の形に書き直せることを確認しておこうと思います。定義は省略しつつ書いているため、知らない記号については流し読みしてください。

多重Eisenstein級数

k_1, \dots, k_r を全て2以上の整数とするとき、多重Eisenstein級数 G_{k_1,\dots,k_r}(\tau)

\displaystyle G_{k_1,\dots,k_r}(\tau) := \lim_{M\to\infty}\lim_{N\to\infty}\sum_{\substack{\lambda_1,\dots, \lambda_r\in \mathbb{Z}_M\tau +\mathbb{Z}_N \\ 0<\lambda_1<\cdots <\lambda_r }}\frac{1}{\lambda_1^{k_1}\cdots \lambda_r^{k_r}}

で定義されます。ここで、\mathbb{Z}_M=\{a\in \mathbb{Z} \mid |a|\leq M\}, \mathbb{Z}_N=\{a\in \mathbb{Z} \mid |a|\leq N\} であり、\lambda=a\tau+b, \mu=c\tau +d\in \mathbb{Z}\tau+\mathbb{Z} に対して、\lambda < \mua < c または 「a=c かつ b < d」が成り立つこととして定義されます(辞書式順序です)。

k_r\geq 3の場合は絶対収束するため、

\displaystyle G_{k_1,\dots,k_r}(\tau) = \sum_{\substack{\lambda_1,\dots, \lambda_r\in \mathbb{Z}\tau +\mathbb{Z} \\ 0<\lambda_1<\cdots <\lambda_r }}\frac{1}{\lambda_1^{k_1}\cdots \lambda_r^{k_r}}

と書くことができます。一方、多重ゼータ値の場合とは異なり、k_i=1は許さないことに注意してください。

G_{k_1,\dots,k_r}(\tau) はFourier展開することができ、その定数項は多重ゼータ値 \zeta(k_1,\dots, k_r) となります。

Bachmann・菅野予想

多重Eisenstein級数は名古屋大学のHenrik Bachmann准教授が長年精力的に研究されていますが、その微分のことはよくわかっていません。例えば、2017年に開催された第10回多重ゼータ研究集会における講演で「多重Eisenstein級数の微分が多重Eisenstein級数の線形結合で書ける」ということを予想として述べています*2。この予想は今もなお未解決ですが、今日arXivに公開されたBachmann・菅野の論文[BK]において、以下の明示的な予想が提出されました:


Bachmann・菅野予想 任意のk_1,\dots, k_r\geq 2に対して、

\displaystyle 2\pi i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_{k_1,\dots, k_r}(\tau)=G_{\mathrm{D}( (k_1,\dots, k_r) \text{ш} (2) - (k_1,\dots, k_r) \ast (2) )}(\tau)
が成り立つだろう。


(k_1,\dots, k_r) \text{ш} (2) - (k_1,\dots, k_r) \ast (2)の部分は多重ゼータ値の理論において昔から登場するダブルシャッフルです。昔から登場するとは言っても、微分にそれが出てくることは非自明です。そして、\mathrm{D} は2025年に[HMSW]において発見されたDrop1作用素です。非常に新しい概念ですので、それが多重Eisenstein級数の微分に現れるというのは、個人的にはとても驚きです。\mathrm{D}( (k_1,\dots, k_r) \text{ш} (2) - (k_1,\dots, k_r) \ast (2) )の部分は自然数の組の(整数係数の)形式的な和となり、G_{\bullet}(\tau)は線形に拡張しています。例えば、G_{(4)+2(2,2)}(\tau)=G_4(\tau)+2G_{2,2}(\tau)など。

Ramanujanの微分公式の書き換え

正規化されたEisenstein級数については、整数k\geq 2に対して、

\displaystyle E_k(\tau) = \frac{1}{\zeta(k)}G_k(\tau)

の関係があります。

\displaystyle \zeta(2)=\frac{\pi^2}{6},\quad \zeta(4)=\frac{\pi^4}{90},\quad \zeta(6)=\frac{\pi^6}{945}

を思い出しておきましょう。

1つ目のチェック

Ramanujanの式(a)は

\displaystyle \frac{1}{(2\pi i)^2}\frac{1}{\zeta(2)}\cdot 2\pi i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_2(\tau)=\frac{1}{12}\left(\frac{1}{\zeta(2)^2}G_2(\tau)^2-\frac{1}{\zeta(4)}G_4(\tau)\right)

と書き直すことができ、整理すると

\displaystyle 2\pi i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_2(\tau)=-2G_2(\tau)^2+5G_4(\tau)

となります。多重Eisenstein級数は調和積公式を満たすので、

\displaystyle G_2(\tau)^2=2G_{2,2}(\tau)+G_4(\tau)

と展開できて、結局、(a)式は

\displaystyle 2\pi i \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_2(\tau)=-4G_{2,2}(\tau)+3G_4(\tau)

と同等であることがわかりました。よって、Bachmann・菅野予想との整合性を確認するには、

-4(2,2)+3(4)=\mathrm{D}( (2)\text{ш} (2) - (2)\ast (2) ) \tag{d}

を確かめればよいです。ш も \ast\mathrm{D} もコンピューターで計算することができるため、結果だけ書くと、まずは

(2)\ast (2) = 2(2,2)+(4)

および

(2) \text{ш} (2) = 4(1,3)+2(2,2)

より

(2)\text{ш} (2) - (2)\ast (2) = 4(1,3)-(4)

となります。ここで、\mathrm{D} は線形写像であり、k_1,\dots, k_r\geq 2 の場合は \mathrm{D}(k_1,\dots, k_r) = (k_1,\dots, k_r) であることから、1が入っている組についてのみ「ドロップ1」すればよいです。

\mathrm{D}(1,3) = -(2,2)+(4)

であることから、

\mathrm{D}( (2)\text{ш} (2) - (2)\ast (2) )=4\bigl( -(2,2)+(4) \bigr) - (4) = -4(2,2)+3(4)

となって、(d)式が確かめられました。

2つ目のチェック

Ramanujanの式(b)は

\displaystyle \frac{1}{(2\pi i)^2}\frac{1}{\zeta(4)}\cdot 2\pi i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_4(\tau)=\frac{1}{3}\left(\frac{1}{\zeta(2)\zeta(4)}G_2(\tau)G_4(\tau)-\frac{1}{\zeta(6)}G_6(\tau)\right)

と書き直すことができ、整理すると

\displaystyle 2\pi i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_4(\tau)=-8G_2(\tau)G_4(\tau)+14G_6(\tau)

となります。調和積展開は

\displaystyle G_2(\tau)G_4(\tau)=G_{2,4}(\tau)+G_{4,2}(\tau)+G_6(\tau)

なので、(b)式は

\displaystyle 2\pi i \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_4(\tau)=-8G_{2,4}(\tau)-8G_{4,2}(\tau)+6G_6(\tau)\tag{e}

と同等であることがわかりました。実は、このままさっきと同様に計算を進めてもBachmann・菅野予想を確認することはできません。それは、重さが6以上の場合に、多重Eisenstein級数の間に線形関係式があるためです。

そこで、天下りで申し訳ないのですが、重さ6の唯一の関係式

6G_{3,3}(\tau)-3G_{2,4}(\tau)-G_6(\tau)=0

を用いましょう。論文[BK]では微分公式だけでなく、多重Eisenstein級数の間に成立する全ての線形関係式を具体的に得る方法も予想として提起しており、そのことも非常に画期的なのですが、その詳細はこの記事では割愛します。ここでは、(予想のうち彼らが既に証明した部分を用いることによって)上のような関係式を得る手段はちゃんとあるのだということを了解していただければ幸いです。

(e)式は

\displaystyle 2\pi i \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_4(\tau)=-5G_{2,4}(\tau)-6G_{3,3}(\tau)-8G_{4,2}(\tau)+7G_6(\tau)

と書き換えることができます。よって、Bachmann・菅野予想との整合性を確認するには、

-5(2,4)-6(3,3)-8(4,2)+7(6)=\mathrm{D}( (4)\text{ш} (2) - (4)\ast (2) ) \tag{f}

を確かめればよいです。

(4)\text{ш} (2) =8(1,5)+4(2,4)+2(3,3)+(4,2)

および

(4) \ast (2) = (2,4)+(4,2)+(6)

より

(4)\text{ш} (2) - (4)\ast (2) = 8(1,5)+3(2,4)+2(3,3)-(6)

が得られます。そして、

\mathrm{D}(1,5)=-(2,4)-(3,3)-(4,2)+(6)

なので、

\begin{align}\mathrm{D}( (4)\text{ш} (2) - (4)\ast (2) )&=8\bigl( -(2,4)-(3,3)-(4,2)+(6) \bigr)+3(2,4)+2(3,3)-(6) \\ &= -5(2,4)-6(3,3)-8(4,2)+7(6)\end{align}

となって、(f)式が確認できました。

3つ目のチェック

Ramanujanの式(c)は

\displaystyle \frac{1}{(2\pi i)^2}\frac{1}{\zeta(6)}\cdot 2\pi i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_6(\tau)=\frac{1}{2}\left(\frac{1}{\zeta(2)\zeta(6)}G_2(\tau)G_6(\tau)-\frac{1}{\zeta(4)^2}G_4(\tau)^2\right)

と書き直すことができ、整理すると

\displaystyle 2\pi i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_6(\tau)=-12G_2(\tau)G_6(\tau)+\frac{120}{7}G_4(\tau)^2

となります。調和積展開は

\begin{align} G_2(\tau)G_6(\tau)&=G_{2,6}(\tau)+G_{6,2}(\tau)+G_8(\tau) \\ G_4(\tau)^2&= 2G_{4,4}(\tau)+G_8(\tau)\end{align}

なので、(c)式は

\displaystyle 2\pi i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_6(\tau)=-12G_{2,6}(\tau)+\frac{240}{7}G_{4,4}(\tau)-12G_{6,2}(\tau)+\frac{36}{7}G_8(\tau)

と同等であることがわかりました。

重さ8の多重Eisentein級数の間には4つの独立な関係式があります。[BK]の主定理Bからそれらは以下のように得られます:


R(z_4,z_2)

3G_{2,2,4}(\tau)-2G_{2,3,3}(\tau)-2G_{2,6}(\tau)+6G_{3,5}(\tau)+4G_{5,3}(\tau)-G_8(\tau)=0\tag{g}

R(z_3,z_3)

-6G_{2,2,4}(\tau)+4G_{2,3,3}(\tau)-G_{2,6}(\tau)-4G_{3,5}(\tau)+9G_{4,4}(\tau)+2G_{5,3}(\tau)-G_{8}(\tau)=0\tag{h}

R(z_2z_2,z_2)

\begin{align} &-3G_{2,2,4}(\tau)+4G_{2,3,3}(\tau)-3G_{2,4,2}(\tau)+6G_{3,2,3}(\tau)+6G_{3,3,2}(\tau)\\ &-G_{2,6}(\tau)+4G_{3,5}(\tau)-G_{6,2}(\tau)=0\end{align}\tag{i}

R(z_3,z_3)\ast z_2

\begin{align}&-6G_{2,2,4}(\tau)+6G_{2,3,3}(\tau)-3G_{2,4,2}(\tau)+6G_{3,2,3}(\tau)+6G_{3,3,2}(\tau)\\ &-4G_{2,6}(\tau)+6G_{3,5}(\tau)-3G_{4,4}(\tau)+6G_{5,3}(\tau)-G_{6,2}(\tau)-G_8(\tau)=0\end{align}\tag{j}


これら4つの関係式を

-34\text{(g)}-27\text{(h)}-20\text{(i)}+20\text{(j)}

と組み合わせると、

35G_{2,6}(\tau)-56G_{3,5}(\tau)-303G_{4,4}(\tau)-70G_{5,3}(\tau)+41G_{8}(\tau)=0

が得られます。これを7で割ると、

\begin{align}&-12G_{2,6}(\tau)+\frac{240}{7}G_{4,4}(\tau)-12G_{6,2}(\tau)+\frac{36}{7}G_8(\tau) \\ &=-7G_{2,6}(\tau)-8G_{3,5}(\tau)-9G_{4,4}(\tau)-10G_{5,3}(\tau)-12G_{6,2}(\tau)+11G_8(\tau)\end{align}

となるので、結局、(c)式は

\displaystyle 2\pi i\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}\tau}G_6(\tau)=-7G_{2,6}(\tau)-8G_{3,5}(\tau)-9G_{4,4}(\tau)-10G_{5,3}(\tau)-12G_{6,2}(\tau)+11G_8(\tau)

と書き換えることができます。よって、Bachmann・菅野予想との整合性を確認するには、

\begin{align}&-7(2,6)-8(3,5)-9(4,4)-10(5,3)-12(6,2)+11(8) \\ &=\mathrm{D}( (6)\text{ш} (2) - (6)\ast (2) ) \end{align}\tag{k}

を確かめればよいです。

(6)\text{ш} (2) =12(1,7)+6(2,6)+4(3,5)+3(4,4)+2(5,3)+(6,2)

および

(6) \ast (2) = (2,6)+(6,2)+(8)

より

(6)\text{ш} (2) - (6)\ast (2) = 12(1,7)+5(2,6)+4(3,5)+3(4,4)+2(5,3)-(8)

が得られます。そして、

\mathrm{D}(1,7)=-(2,6)-(3,5)-(4,4)-(5,3)-(6,2)+(8)


なので、

\begin{align}&\mathrm{D}( (6)\text{ш} (2) - (6)\ast (2) ) \\ &=12\bigl( -(2,6)-(3,5)-(4,4)-(5,3)-(6,2)+(8)\bigr)+5(2,6)+4(3,5)+3(4,4)+2(5,3)-(8) \\ &= -7(2,6)-8(3,5)-9(4,4)-10(5,3)-12(6,2)+11(8)\end{align}

となって、(k)式が確認できました。

Remark

公式(a)についてはBachmann・菅野予想の式そのものに変形できることがわかりましたが、公式(b), (c)については、予想式と結びつけるために非自明な関係式を用いる必要がありました。

多重Eisenstein級数の間には線形関係式が多数あるため、Ramanujanの公式以外に色々な例が手元にあったとしても(関係式を使って表示を変えることができてしまうために)、統一的な族としての公式を予想するのはとても難しいように思えます。そのような中で、今回綺麗な公式が予想されたのはやはり驚くべきでしょう。

[BK]では k\geq 2 に対する G_k(\tau) の微分について予想を確認しているだけではなく、G_{2,\dots, 2}(\tau) の場合にも私の最新の結果([S])とこれから出る予定のBachmann-Yuの結果を用いて確認しています。

参考文献

[BK] H. Bachmann, H. Kanno, Relations and Derivatives of Multiple Eisenstein Series, preprint, arXiv:2602.08176
[HMSW] M. Hirose, T. Maesaka, S. Seki, T, Watanabe, The \\{Z}-module of multiple zeta values is generated by ones for indices without ones, preprint, arXiv.2505.07221
[R] S. Ramanujan, On certain arithmetical functions, Transactions of the Cambridge Philosophical Society XXII No.9 (1916), 159–184.
[S] S. Seki, Diamond lift of Hirose--Sato's formula involving the Hoffman basis, preprint, arXiv:2512.23668

*1:有名な論文ですが、[R]の式番号(30)にあります。

*2:この集会では坂田さんがDrop1関係式の部分関係式族である「村原・坂田関係式」について講演しています。9年間経ってBachmannさんの講演内容と坂田さんの講演内容が結びつく今回のような進展は当時誰も予想できていなかったと思いますし、とても感慨深いです。