インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

グリーン・タオ論文の§2を読む

§2 An outline of the proof には重要な発想の転換について書かれています。

何もないところからいきなり歴史的大難問を解くのは難しいでしょう。今となっては我々はSzemerédiの定理という等差数列に関する大定理を手中にしています。これを足掛かりにGreen-Taoの定理の攻略を目指します。そのために、何故Szemerédiの定理からGreen-Taoの定理が出ないかを再度分析することから始めましょう。

前の記事で紹介したヴァージョン

Szemerédiの定理 (無限版) A\mathbb{N}の部分集合とする。Aの上漸近密度が正であれば、Aは任意の長さの等差数列を含む。

は上漸近密度が正であることが整数列が任意の長さの等差数列を含むための十分条件であるという主張です。素数列は上漸近密度が0ですから、どうあがいてもこの主張だけからはGreen-Taoの定理は出ません。

一方、前回証明したようにこれは次の主張と同値です*1

Szemerédiの定理 (Proposition 2.1) kを任意の正整数とし、\delta0 < \delta \leq 1を満たす任意の実数とする。このとき、或る正の整数N_{\text{SZ}}(k, \delta )が存在して次が成り立つ:
N \geq N_{\text{SZ}}(k, \delta)なる任意の整数Nに対して、\{1, 2, \dots, N\}の部分集合Aであって
\displaystyle\frac{\#A}{N} \geq \delta
を満たすものは、必ず長さkの等差数列を含む。

数学的には同値であることが証明されていても、言ってることは異なります*2。こちらの主張に基づいてGreen-Taoの定理が出ないことを再度分析しましょう。

先ほども使ったのですが、素数分布に関する定理

\displaystyle \lim_{N \to \infty}\frac{\pi(N)}{N} = 0 −①

を前提とします。N以下の素数全体のなす集合を\mathcal{P}[N]として、0 < \delta \leq 1に対して

\displaystyle \frac{\#\mathcal{P}[N]}{N} \geq \delta −②

が成り立つかを考察します。これがN \geq N_{\text{SZ}}(k, \delta)に対して成り立てば \mathcal{P}[N]は長さkの等差数列を含むことが言えます。\#\mathcal{P}[N]=\pi(N)ですから、①によって、②が成り立つようなNの範囲は有界です。しかしながら、定理はN_{\text{SZ}}(k, \delta)存在しか保証していないので、その有界の範囲を逸脱して②が成立しない可能性を否定できません。これは、どの\deltaに対してもです。

こうして、有限版Szemerédiの定理からもGreen-Taoの定理が出ないことを再確認しましたが、極限公式①とN_{\text{SZ}}(k, \delta)の存在性における定量性の欠如が原因であることが読み取れます。そこで、次のような発展的問題を考えるべきであるという発想が生まれます。

Problem Szemerédiの定理におけるN_{\text{SZ}}(k, \delta )k, \deltaに対する漸近挙動を具体的に求めよ。

これに対して、次のような結果が得られています。

上からの評価 (Gowers) 次の評価が成立する:
\ \ \ N_{\text{SZ}}(k, \delta) \leq 2^{2^{\delta^{-2^{2^{k+9}}}}}.

下からの評価 (Rankin) 或るC > 0が存在して
\displaystyle N_{\text{SZ}}(k, \delta) \geq \exp\left(C(\log 1/\delta)^{1+\left[\log_2(k-1)\right]}\right).

特に、kを固定するとき、\displaystyle \lim_{\delta \to 0}N_{\text{SZ}}(k, \delta) = \infty です。

仮にはるかに良い評価、例えばkのみに依存する\varepsilon_k > 0が存在して

\displaystyle N_{\text{SZ}}(k, \delta) \leq e^{(1-\varepsilon_k)\delta^{-1}}

が示されたとしましょう。一方、①についてはより精密な公式である素数定理

\displaystyle \frac{\pi(N)}{N} \sim \frac{1}{\log N} \quad (N \to \infty)

が知られています。つまり、十分大きいNに対しては

\displaystyle \frac{\pi(N)}{N} > (1-\varepsilon_k)\frac{1}{\log N}

という評価が成り立つので、\deltaが十分小さければ

\displaystyle \frac{\pi(N_{\text{SZ}}(k, \delta))}{N_{\text{SZ}}(k, \delta)} > (1-\varepsilon_k)\frac{1}{\log N_{\text{SZ}}(k, \delta)} \geq \delta

となって、Szemerédiの定理から\mathcal{P}[N_{\text{SZ}}(k, \delta)]が長さkの等差数列を含むことが従います。

先ほどの仮定よりも弱い次の評価を考えます:

仮説 kのみに依存する定数c_k > 0が存在して
\displaystyle N_{\text{SZ}}(k, \delta) \leq e^{c_k\delta^{-1}}
が成り立つであろう。

この仮説のもとでは、c_kはとても大きい可能性があるので、素数定理を使うだけでは先ほどのようには上手くいきそうにありません。ところが、"W-トリック"と呼ばれる上手い手法によって、この仮説からでもGreen-Taoの定理を導出できることがわかります。

補題 F(W, N)を二変数関数 \mathbb{N}\times \mathbb{N} \to \mathbb{R} であって、Wを固定する毎に \displaystyle \lim_{N \to \infty}F(W, N)=0が成り立つようなものとする。このとき、\displaystyle \lim_{N \to \infty}W(N)=\inftyであるような十分増加速度の遅い正整数値関数W(N)に対して\displaystyle \lim_{N \to \infty}F(W(N), N)=0が成り立つ。

証明. W毎に\displaystyle \lim_{N \to \infty}F(W, N)=0 という仮定から、正整数 W, nに対して

\displaystyle N \geq N(W, n) \Longrightarrow \left|F(W, N)\right| < \frac{1}{n}

となる番号N(W, n)が存在する。このとき、番号N_n

\displaystyle N_n := \max_{1 \leq W \leq n}N(W, n)

と定義する。すると、任意の1 \leq W \leq nに対して

\displaystyle N \geq N_n \Longrightarrow \left|F(W, N)\right| < \frac{1}{n}

が成り立つ。もし、\{N_n\}が有界であれば、大きくする分には問題ないので、適当に\displaystyle \lim_{n \to \infty}N_n=\inftyとなるように取り替えておく。
ここで、正整数値関数 W_0(N)を「N \geq N_nが成り立つような最大のn」と定める(なければ 1とする)。

正の無限大に発散する関数 W(N)が十分大きいNに対してW(N) \leq W_0(N)を満たすようなものであれば、十分大きいNに対して

\displaystyle \left|F(W(N), N)\right| < \frac{1}{W_0(N)}

であり、

\displaystyle \lim_{N \to \infty}F(W(N), N)=0

が成り立つことがわかる。 Q.E.D.

仮説 \Longrightarrow Green-Taoの定理の証明

w(N)\displaystyle \lim_{N \to \infty}w(N)=\inftyであるような十分増加速度の遅い実数値関数とし、

\displaystyle W=W(N):=\prod_{p \leq w(N)}p

とする(pは素数)。N以下の正整数からなる集合 \mathcal{P}_{W, 1}[N]

\displaystyle \mathcal{P}_{W, 1}[N] := \{ 1 \leq n \leq N \mid Wn+1:  \text{素数}\}

と定義する。x以下のWで割った余りが1であるような素数の個数を\pi_{W, 1}(x)と表すことにすると、

\displaystyle \#\mathcal{P}_{W, 1}[N] = \pi_{W, 1}(WN+1)

が成り立つ。さて、算術級数の素数定理から

\displaystyle F(W, N):=\frac{\pi_{W, 1}(WN)}{\frac{1}{\varphi(W)}\frac{WN}{\log WN}}-1

に対して補題を適用することができる(\varphi( \cdot )はEulerのトーシェント関数)。ただし、w(N)の増加速度はW(N)が補題における十分増加速度が遅いという条件を満たすだけ遅いものとする。よって、\varepsilon > 0を取れば、十分大きいNに対して

\displaystyle \frac{\#\mathcal{P}_{W, 1}[N]}{N} \geq \frac{\pi_{W, 1}(WN)}{N} \geq (1-\varepsilon)\frac{W}{\varphi(W)}\frac{1}{\log N + \vartheta(w(N))}

が成り立つ。ここで、\displaystyle \vartheta(x) = \sum_{p \leq x}\log pはChebyshev関数*3。従って、Mertensの第三定理を使えば、或る定数 C > 0が存在して、十分大きいNに対して

\displaystyle \frac{\#\mathcal{P}_{W, 1}[N]}{N} \geq C\frac{\log w(N)}{\log N}

と評価できることがわかった。これより、kを固定して\deltaを十分小さく取れば、仮説のもとでは

\displaystyle \frac{\#\mathcal{P}_{W, 1}[N_{\text{SZ}}(k, \delta)]}{N_{\text{SZ}}(k, \delta)} \geq \frac{C\log w(N_{\text{SZ}}(k, \delta))}{c_k}\delta \geq \delta

と評価できる。従って、Szemerédiの定理によって \mathcal{P}_{W, 1}[N_{\text{SZ}}(k, \delta)]は長さkの等差数列 a+id \ (0 \leq i \leq k-1)を含む。このとき、

\displaystyle W(a+id)+1 = aW+1+i(dW) \quad (0 \leq i \leq k-1)

は長さkの素数のみからなる等差数列である。 Q.E.D.

このように、Szemerédiの定理はpotentiallyにはGreen-Taoの定理を包含していると期待され、後は仮説を証明すればよいだけとなりました。実際、GreenとTaoはこの仮説を証明・・・・・・・・・・
していません!

N_{\text{SZ}}(k, \delta)の上からの評価に対する現状最良の結果がGowersのバウンドなのです。数学者はいつかは仮説の証明に取り組み、この方針によるGreen-Taoの定理の別証明を与えるべきではありますが、Gowersの結果を仮説の評価にまで改善することは極めて難しい問題なのです。

そこで、GreenとTaoはN_{\text{SZ}}(k, \delta)の上からの評価を具体的に与える方針は取らず、別の視点からSzemerédiの定理を拡張することを考えました。

だったら最初からその話をしてくれと言われてしまうかもしれませんが、同値な命題であっても主張を言い換えれば異なる拡張の余地が生まれることがあるという教訓が得られることと、Green-Taoの手法においてもW-トリックが使われるためこの話を挿入した次第です。

Green-TaoはSzemerédiの定理の次の言い換えに着目しました:

定数測度に対するSzemerédiの定理 (Proposition 2.3) 整数k \geq 3, \ 0 < \delta \leq 1をとり、素数Nに対して\nu_{\text{const}} \colon \mathbb{Z}_N \to \mathbb{R}^+\nu_{\text{const}}(x)=1 ({}^{\forall}x \in \mathbb{Z}_N)で定義する。関数 f \colon \mathbb{Z}_N \to \mathbb{R}^+

\displaystyle 0 \leq f(x) \leq \nu_{\text{const}}(x) \quad ({}^{\forall}x \in \mathbb{Z}_N)
及び
\displaystyle \left.\mathbb{E}(f(x) \right| x \in \mathbb{Z}_N) \geq \delta
を満たせば、

\displaystyle \left.\mathbb{E}\left(f(x)f(x+r)\cdots f(x+(k-1)r)\right|x, r \in \mathbb{Z}_N\right) \geq c(k, \delta) -o_{k, \delta}(1)

が成り立つ。ここで、c(k, \delta) > 0k\deltaのみに依存する或る定数。

記号設定が変わっただけで、これはTaoの論文の定量的回帰定理と全く同じものです(\nu_{\text{const}}という不思議な記号へのツッコミはここでは置いておいて)。

初めて見るとSzemerédiの定理とは全く別物に見えますが、実は数学的には同値です*4。幾つかの点で違いや強く見える部分がありますが、最大の違いは定理が取り扱う対象の違いです。Prop 2.1では部分集合A \subset \{1, 2, \dots, N\}が対象でしたが、Prop 2.3は関数 f \colon \mathbb{Z}_N \to \mathbb{R}^+が対象となっています。

Nを固定した際、Aよりも fの方が考察対象としてはるかに多い気がします。つまり、関数を考える方が一般性が高い気がするのです。にも関わらず両者が同値であるのは何故なのでしょうか? 理由の一つとして次のようなものがあげられます(厳密な考察ではありません*5 )。関数 fは条件 f \leq \nu_{\text{const}}を満たす必要があります。なので、

\Omega := \mathrm{Supp}(f):=\{x \in \mathbb{Z}_N \mid f(x) \neq 0\}

とすれば、

\displaystyle \mathbb{E}(\mathbf{1}_{\Omega}) \geq \mathbb{E}(f)

が成り立ってしまいます。今の場合、或る特性関数を考えることと\{1, \dots, N\}の部分集合を考えることが同じであることに注意すると、\mathbb{E}(f) \geq \deltaを満たす関数 fを考えてProp 2.3により等差数列に関する何らかの形の存在性を言おうとしても、必ずそれらが住む集合の密度が\delta以上であると保証されている状況、すなわち、Prop 2.1で既に存在がわかっている状況になってしまうのです。素数の場合で言えば、例えば台(support)が素数の集合であるような良い関数 fを見つけようとしても、①によって特性関数の時点で(十分大きいNに対して)期待値を保証できないため、どんな fであっても絶対に期待値条件をクリアできません。

つまり、一般の関数を扱っているという高い任意性があるように見えて、特性関数達に定理を牛耳られている状況にあるのです。しかし、このような状況に陥る原因ははっきりしています。

f \leq \nu_{\text{const}}

です。この条件こそが、より一般性の高い定理へと拡張されたがっているSezemerédiの定理に課せられた枷なのです。

Green-Taoはこの枷を外すという発想を得ました。とは言っても、Tao(2006)の定理の証明では至るところで f \leq \nu_{\text{const}}であることが使われていたため*6、極端に拡張することは難しいでしょう。そこで、\nu_{\text{const}}を「平均が殆ど1であるような非負値関数」に置き換えてギリギリを攻めます。

定義 (測度) 非負値関数列
\{\nu_N \colon \mathbb{Z}_N \to \mathbb{R}^+\}_{N:\text{素数} \gg 0}
測度であるとは、
\displaystyle \left.\mathbb{E}(\nu_N(x) \right| x \in \mathbb{Z}_N) = 1+o(1)
が成り立つときにいう。

今後、Green-Tao論文では「\nu \colon \mathbb{Z}_N \to \mathbb{R}^+を測度とする」という言い回しがよく出てきますが、これは測度\{\nu_N \colon \mathbb{Z}_N \to \mathbb{R}^+\}_{N:\text{素数} \gg 0} が与えられていて、\nu=\nu_NNを省略して書いていると解釈します。

定数測度\nu_{\text{const}}を一般の測度\nuに置き換えることによってSzemerédiの定理を拡張するというのがGreen-Taoのアイデアです。ただし、測度という緩い条件だけでは拡張することは難しく、更に線形形式条件相関条件と呼ばれる条件を測度に課します(これら二条件を満たす測度のことを擬ランダム測度と呼ぶ)。

後は論文の構成を軽く述べてこの記事を終えます。まず、§3で擬ランダム測度の厳密な定義を与え、一般化Szemerédiの定理(Thm 3.5)を定式化します。その後、§5-8でThm 3.5を証明します(証明の流れはTaoによるProp 2.3の証明と似ており、最後にはProp 2.3を用いて証明します)。

そうして、証明されたThm 3.5を応用してGreen-Taoの定理を証明するのですが、そのためには適切な擬ランダム測度を構成する必要があります。Green-Taoは修正von Mangoldt関数およびGoldston-Yıldırımの切断約数和と呼ばれる関数を考えて*7、Goldston-Yıldırımの解析的整数論における結果を応用することによって擬ランダム測度を与えています。それを実行するのが§9, 10, Appendixです。なお、Goldston-Yıldırımの結果は引用に留めずに、self-containedに証明を書いてくれています。

*1:論文のProposition 2.1自体は\mathbb{Z}_Nを用いて書いています。が、ここではよく見るSzemerédiの定理の主張を取り上げることにします。

*2:一見すればこちらの方が強い主張に見えます。

*3:素数定理は \vartheta (x) \sim x \ (x \to \infty) と同値であった。

*4:Prop 2.3 \Longrightarrow Prop 2.1は解説しましたが、逆向きの証明の解説は割愛しています。Green-Taoの定理の証明にProp 2.3を使いますが、Tao(2006)によるProp 2.3の直接証明を解説したので、この割愛によってGreen-Taoの定理の証明にギャップが生じる心配はありません。

*5:例えば、W-トリックのような上手い方法は度外視しています。また、数学的な証明には確率論的考察が必要となります。

*6:Taoの論文では有界という特別な用語が用いられていました。

*7:cf. von Mangoldt関数