インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

ベルヌーイ多項式の特殊値に関するキュートな定理

ベルヌーイ多項式B_n(x)\in \mathbb{Q}[x]

\displaystyle F(x,t):=\frac{te^{xt}}{e^t-1}=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{B_n(x)t^n}{n!}

で定義されるのでした。Almkvist-Meurmanが証明した次の定理を紹介します*1

定理 n,k,hを正整数とする。\widetilde{B}_n(x):=B_n(x)-B_n(0)とおくとき、
\displaystyle k^n\widetilde{B}_n\left(\frac{h}{k}\right)\in \mathbb{Z}
が成り立つ。

ここで紹介する証明はSuryによるものです*2。なお、定理はn=0の場合もB_0(x)=1であることから自明に成立しています。

ベルヌーイ多項式の加法公式

命題 (加法公式)
\displaystyle B_n(x+y)=\sum_{i=0}^n\binom{n}{i}B_i(x)y^{n-i}
が成り立つ。

証明. 母関数について

\displaystyle F(x+y,t)=\frac{te^{(x+y)t}}{e^t-1}=F(x,t)e^{yt}

が成り立つので、あとは係数を比較すればよい。 Q.E.D.

h=1の場合への帰着

h=1の場合が証明できたと仮定し、一般のhでも成立することを数学的帰納法で証明する。従って、h-1のときには成立すると仮定する。

加法公式と帰納法の仮定により

\begin{align}
k^nB_n\left(\frac{h}{k}\right) &= k^nB_n\left(\frac{h-1}{k}+\frac{1}{k}\right)\\
&=k^n\sum_{i=0}^n\binom{n}{i}B_i\left(\frac{h-1}{k}\right)\frac{1}{k^{n-i}}\\
&=\sum_{i=0}^n\binom{n}{i}k^iB_i\left(\frac{h-1}{k}\right)\\
&\equiv \sum_{i=0}^n\binom{n}{i}k^iB_i(0) \pmod{1}
\end{align}

が成り立つ。ここで、\bmod{1}は差が整数であることを意味する。最後の値はhには依存しないものなので、

\displaystyle k^nB_n\left(\frac{h}{k}\right)\equiv k^nB_n\left(\frac{1}{k}\right)\equiv k^nB_n(0)

となる。

2つの漸化式

以下、

\displaystyle a_n(k):=k^n\widetilde{B}_n\left(\frac{1}{k}\right)

とおく。このとき、

\displaystyle \sum_{n=1}^{\infty}\frac{a_n(k)t^n}{n!}=F\left(\frac{1}{k},kt\right)-F(0,kt)=\frac{kt(e^t-1)}{e^{kt}-1}

が成り立つ。これを

\displaystyle \left(\sum_{n=1}^{\infty}\frac{a_n(k)t^n}{n!}\right)(e^{kt}-1)=kt(e^t-1)

として係数を比較すれば、n\geq 1に対して

\displaystyle \sum_{i=1}^n\binom{n+1}{i}a_i(k)k^{n+1-i}=(n+1)k

が得られる。両辺をkで割って移項すれば

\displaystyle \sum_{i=1}^{n-1}\binom{n+1}{i}a_i(k)k^{n-i}=(n+1)(1-a_n(k)).\tag{1}

一方、

\displaystyle \left(\sum_{n=1}^{\infty}\frac{a_n(k)t^n}{n!}\right)(1+e^t+\cdots +e^{(k-1)t})=kt

として係数を比較すれば、ka_1(k)=k から a_1(k)=1がわかり、n\geq 2の場合は

\displaystyle \sum_{i=1}^{n-1}\binom{n}{i}a_i(k)s_{n-i}(k)+ka_n(k)=0

が得られる。ここで、

\displaystyle s_n(k):=\sum_{i=1}^{k-1}i^n

である(s_n(1):=0)。移項して

\displaystyle -\sum_{i=1}^{n-1}\binom{n}{i}a_i(k)s_{n-i}(k)=ka_n(k)\tag{2}

としておく。

証明

補題 p素数とし、整数i, r1\leq i\leq rを満たし、正整数mpと互いに素なものとする。このとき、
\displaystyle \mathrm{ord}_p\binom{mp^r}{i}\geq r-i+1
が成り立つ。\mathrm{ord}_ppで割り切れる回数(付値)を表すものとする。

証明 二項係数の定義より

\displaystyle \binom{mp^r}{i}=\frac{mp^r}{i}\binom{mp^r-1}{i-1}\equiv 0 \pmod{p^{r-\mathrm{ord}_p(i)}}

である。また、i\geq 2であれば

\mathrm{ord}_p(i)\leq \log_p(i)\leq \log_2(i)\leq i-1

と評価でき、この不等式の最初と最後だけを見ればi=1のときも正しい。 Q.E.D.

定理の証明 h=1の場合に示せばよいのであった。a_n(k)\in \mathbb{Z}nに関する数学的帰納法で証明する。a_1(k)=1なので、n=1のときはOK。n\geq 2とし、a_1(k), a_2(k), \dots, a_{n-1}(k)\in \mathbb{Z}を仮定する。

すると、(1), (2)より

\displaystyle (n+1)a_n(k)\in\mathbb{Z},\qquad ka_n(k)\in \mathbb{Z}\tag{3}

が言える。k=1のときはこれで既によろしい。k=p_1^{e_1}\cdots p_l^{e_l}素因数分解としよう。各1\leq j\leq lに対し、

n+1=m_jp_j^{r_j}

であるとしよう。r_jは非負整数でs_jp_jと互いに素な整数。各jについて

m_ja_n(k)\in \mathbb{Z}\tag{4}

であることを証明する。r_j =0のときは(3)よりOKなので、r_j \geq 1の場合を考える。補題によって

\displaystyle \binom{n+1}{i}p_j^{n-i}=\binom{m_jp_j^{r_j}}{n+1-i}p_j^{n-i}\equiv 0\pmod{p_j^{r_j}}

であるため(r_j-(n+1-i)+1+(n-i)=r_j)、(1)の左辺はp_j^{r_j}の倍数であり、(4)が従う。

定義から組(m_1,\dots, m_l, k)は互いに素なので、ある整数たち x_1,\dots, x_{l+1}が存在して

m_1x_1+\cdots+m_lx_l+kx_{l+1}=1

が成り立つ。このとき、

a_n(k)=x_1(m_1a_n(k) )+\cdots+x_l(m_la_n(k) )+x_{l+1}(ka_n(k) )\in \mathbb{Z}

であることが(3), (4)よりわかる。 Q.E.D.

*1:C. R. Math. Rep. Acad. Sci. Canada 13 (1991).

*2:Bull. London Math. Soc. 25 (1993).

研究報告: 二重大野関係式のコネクター

2020年6月17日にarXivプレプリントをあげました(九州大学の広瀬さん, 佐藤さんとの共同研究):

arxiv.org

どのような研究成果であるかをここに簡単に解説しようと思います。


研究対象は多重ゼータ値と呼ばれる数です。それがどのようなものであるかについては、最近の金子昌信先生による


『多重ゼータ値 - 日本数学会PDFリンク


を紹介しておきます。とにかく面白い研究対象です。

前提となる話1:大野関係式

多重ゼータ値の近代的研究のパイオニアの1人であるホフマンさんが1992年の論文[H]で提示した複数の多重ゼータ値の間に成り立つ3つの関係式があります。


双対関係式、和公式、ホフマンの関係式


の3つです。

前者2つは予想として提示され、3つ目のホフマンの関係式には証明が与えられていました。


その後、未解決であった双対関係式と和公式はともに1996年までに解決されますが、1999年に大野泰生先生が当時誰も気づいていなかった発見をします。


それは「双対関係式、和公式、ホフマンの関係式。それら全てが実はより一般的な公式の一部分にすぎない。しかも、双対関係式だけではなく、残りの2つについても双対性として捉えられる*1というものです。


その「より一般的な公式」こそが現今「大野関係式」と呼ばれる公式であり、論文[O]で証明されました:


\displaystyle \sum_{|\boldsymbol{e}|=e}\zeta(\boldsymbol{k}\oplus\boldsymbol{e})=\sum_{|\boldsymbol{e'}|=e}\zeta(\boldsymbol{k}^{\dagger}\oplus\boldsymbol{e}').


これは多重ゼータ値の関係式族としては「かなり広いが全てを含んでいるわけではない」もので、多重ゼータ値の関係式の多くが双対性として捉えらえるという事実は私には全く非自明で驚くべき現象に思えます。

前提となる話2:連結子(コネクター)と連結和

それから20年近くが経ち、その間多数の大野関係式の別証明が発見されましたが、私と慶応大学の山本さんは全く新しい大野関係式の証明を発見しました。


その新しい証明法は「ネクター*2と呼ばれる特徴的な部分を持つ連結和を定義し、それを用いて狙った関係式を証明する」手法で、「連結和法」あるいは連結和を介して関係式が動的に示されることから「動的証明法」などと呼ばれています。


連結和法は、「コネクターを発見するには(現状)職人技を要するが、一度発見されてしまえば関係式の証明は極めて簡単化されてしまう」という特徴を持ちます。


「見つけてしまえばおしまい」という証明です。見つけるのに職人技を必要とするのはデメリットと言えますが*3、読む側は瞬時に証明を理解できてしまいます。


ですから、これからの多重ゼータ値に関する講義や教科書では、連結和法で説明すれば大野関係式の証明に速やかに到達できるという思いがあったのですが、ちょうど昨日(!)名古屋大学のBachmann先生がYouTubeにアップロードした講義動画で連結和法による大野関係式の解説が行われています!


www.youtube.com


こちらの動画を見ていただいたら専門的な内容もバッチリ理解できますが、私自身も以前解説記事を書いていますのでよろしければ:大野関係式 - INTEGERS



以下の内容を理解できるようにするために、少しだけ踏み込んだ話をします。


実際は我々はまず双対関係式

\zeta(\boldsymbol{k})=\zeta(\boldsymbol{k}^{\dagger})

の新証明を発見しました。コネクター

\displaystyle c(m,n)=\frac{m!n!}{(m+n)!}

で与えられます。

はい。それ自体は極めて単純なものです。

また二項係数の逆数であることにお気付きの方も多いと思われますが、対称性を重視するためにこのように記述するのを好んでいます。


なお、ブログ記事

fibonacci-freak.hatenablog.com

で双対関係式の一番簡単な場合の有名な証明が2通り書かれており、その他にも30通りは証明があると紹介されていますが、コネクターを使った証明はその32通りの証明のいずれとも異なる新証明となっています。


次に、これは我々の研究以前からよく知られている事実ですが、大野和O_e(\boldsymbol{k})

\displaystyle O_e(\boldsymbol{k}):=\sum_{|\boldsymbol{e}|=e}\zeta(\boldsymbol{k}\oplus\boldsymbol{e})

で定義すると、その母関数

\displaystyle O(\boldsymbol{k};x):=\sum_{e=0}O_e(\boldsymbol{k})x^e

が双対関係式

O(\boldsymbol{k};x)=O(\boldsymbol{k}^{\dagger};x)

を満たすことと大野関係式が同値であることがわかります。


つまり、大野関係式を言い換えると、\zeta(\boldsymbol{k})とは別にその発展系である対象O(\boldsymbol{k};x) (これも大野和と呼ぶことにします)を考えても実は双対関係式が成り立つということです。

ちなみにO(\boldsymbol{k};0)=\zeta(\boldsymbol{k})の関係があります。


この観察から、我々の得た連結和法による双対関係式の新証明をうまく拡張することができれば大野関係式の新証明も得られると期待できます。


そのために必要となることはコネクターを拡張することです。実際にコネクターは適切に拡張され、

\displaystyle c(m,n;x)=\frac{(1-x)_m(1-x)_n}{(1-x)_{m+n}}


によって大野関係式が簡単に証明されてしまうというのが論文[SY]の主な内容です。

ここでポッホハマー記号と呼ばれる記号が使われており、(1-x)_mx=0のとき m!に等しくなります。つまり、c(m,n;0)=c(m,n)です。

前提となる話3:二重大野関係式

昨年、九州大学の研究グループによって全く新しい研究がスタートしました([HMOS])。

それは、「大野関係式は大野和O(\boldsymbol{k};x)が双対関係式を満たすことと言い換えられた。それでは、大野和は他に関係式を満たすだろうか?」というものです。

多重ゼータ値ではなく大野和そのものを研究対象にしようという発想です。


[HMOS]では色々研究されていますが(未解決問題もあります)、まず目に飛び込んでくるのが「二重大野関係式」です。


それは一体何か。


「大野和が 大野関係式を満たす!」


というものです!!!!


嘘です。盛ってしまいました。正確には


「大野和がBBBL型と呼ばれる特別なindex \boldsymbol{k}に対しては大野関係式を満たす」


というものです。


これを初めて聴いた時はそれはもう驚きましたよ。「大野和が大野関係式を満たすか」なんて考えたこともなかった。

面白すぎると思いました。

面白すぎると思いました。


そして、全てとはいかないがBBBL型と呼ばれる閉じたクラスでは実際に成り立っていたのです!!!

自明なケース(self-dual)を除いても成り立つ場合があることが面白い。

そして、成り立たない場合があることも面白い。つまり、面白い。


著者に聞いたところ、どうやら「大野和が大野関係式を満たすか」という動機から始まったのではなく、大野和が満たす関係式をコンピューターでサーチした結果発見されたということらしいです。その上で彼らは証明にも成功していますが、その証明の特徴は次のようなものです:


大野関係式を仮定して二重大野関係式を証明する。
もう少し正確に言うと、抽象的な設定下(ホフマン代数)で大野関係式を満たすものは二重大野関係式を満たすということを証明する。


なお、その証明は次のブログでも解説されています:
o-v-e-r-h-e-a-t.hatenablog.com


解き明かしたくなったこと

広瀬-村原-小野塚-佐藤の証明は大野関係式を仮定して二重大野関係式を導出するのでした。

ということは、多重ゼータ値に関する二重大野関係式の成立を確信するためには大野関係式の証明をあらかじめ知っている必要があります。


実際、上記引用ブログでは別途、大野関係式を連結和法で証明しています。


そこで生じる疑問は

連結和法を使うことにより、大野関係式を経由することなく直接的に二重大野関係式を導出できないのだろうか?

というものです。


そして個人的には「二重大野関係式が成り立たないケースがある」というのがやはり面白く、

BBBL型でないときはどうなっているのか?なぜBBBL型に限る必要があるのか?

という疑問も生じました。


疑問が生じた場合は解決を目指しましょう。

ネクターの発見!

大野関係式はxという変数を用意して母関数を作り、それが双対関係式を満たすことを示せばよいのでした。


同様に考えると、二重大野関係式は更に変数を増やし、yとしましょう、「2変数大野和O(\boldsymbol{k};x,y)が双対関係式を満たすこと」(ただし\boldsymbol{k}はBBBL型)と言い換えることができます。


ですから、私と山本さんの論文に現れるコネクターを2変数化すればよいことになります。


ですが、それはそんなに簡単ではありません。

実は昔別方向の2変数化を研究したこともあったのですが、そちらは二重大野関係式とは別物で、結果の価値判断を行った結果、論文には載せない没案となりました。

もし安直な形で2変数化されてしまえば、それは全てのindexで二重大野関係式が成り立つということになりそうです(事実はそうではありません)。


BBBL型に限定されないとO(\boldsymbol{k};x,y)が双対性を満たさないという状況になるように2変数化されなければなりません。


2019年の某日、私は広瀬さんと佐藤さんと共同で2変数コネクターの発掘作業を行いました。

そして見事にコネクターは発見されました。そのお姿は


\displaystyle c(m,n;x,y)=\frac{(1-x)_m(1-y)_m(1-x)_n(1-y)_n}{m!n!(1-x-y)_{m+n}}


であります。確かに

c(m,n;x,0) =  c(m,n;x),\quad c(m,n;0,y) =c(m,n;y)

と1変数コネクターの拡張になってはいますが、非自明な拡張だと思います。

予測していなかった現象

さて、定義はここではしませんが、連結和と呼ばれるものを双対関係式、大野関係式、二重大野関係式の場合にそれぞれ

Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}),\quad Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l};x),\quad Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l};x,y)

と表すことにしましょう。

これらは特徴的な輸送関係式を満たし、最初の2つに関しては


\begin{align}
&Z(\boldsymbol{k}_{\rightarrow};\boldsymbol{l}) = Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\uparrow}),\qquad\quad \ \ \ Z(\boldsymbol{k}_{\uparrow};\boldsymbol{l}) = Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\rightarrow}),\\
&Z(\boldsymbol{k}_{\rightarrow};\boldsymbol{l};x) = Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\uparrow};x),\qquad Z(\boldsymbol{k}_{\uparrow};\boldsymbol{l};x) = Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\rightarrow};x)
\end{align}


という同じ形の関係式となっています。

2変数連結和の場合は、二重大野関係式が全てのindexでは成り立たないことから、同じ形の輸送関係式は満たしません。

ですが、上の形の輸送を2回行って得られる


\begin{align}
&Z(\boldsymbol{k}_{\rightarrow\uparrow};\boldsymbol{l};x,y) = Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\rightarrow\uparrow};x,y),\\
&Z(\boldsymbol{k}_{\uparrow\rightarrow};\boldsymbol{l};x,y) = Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\uparrow\rightarrow};x,y)
\end{align}


は成り立ちます。コネクターはこの輸送が成り立つように逆算して見つけました。


そして、この形の輸送だけで双対性を示すことができるのが正しくBBBL型のindexだったのです。


こうして、二重大野関係式を大野関係式を経由することなく直接的に連結和法で証明できるようになりました。また、何故BBBL型に限定されるのかという疑問にも答えに近付くことができた気がします。


近付くだけではなく先ほどの2つ目の疑問にしっかりと答えるためには「BBBL型ではないときにどれぐらい双対性の成立からずれが生じるのか」という問題を解く必要があります。


ですが、我々は既にコネクターを発見しているため、「矢印を一気に2個輸送するのではなく、1個輸送した場合にどうなるか」ということを調べることができます!

それを実行した結果、輸送関係式


\begin{align}
&Z(\boldsymbol{k}_{\rightarrow};\boldsymbol{l};x,y) = Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\uparrow};x,y)+xyZ(\boldsymbol{k}_{\rightarrow\uparrow};\boldsymbol{l}_{\uparrow};x,y),\\
&Z(\boldsymbol{k}_{\uparrow};\boldsymbol{l};x,y) = Z(\boldsymbol{k};\boldsymbol{l}_{\rightarrow};x,y)-xyZ(\boldsymbol{k}_{\uparrow};\boldsymbol{l}_{\rightarrow\uparrow};x,y)
\end{align}


が目の前に現れました。


これには驚きました。


双対性からのずれがxyの項として明確に視覚化されており、それがこのように単純に表示できるとは予想できていませんでした。


y=0を代入すると1変数連結和の輸送関係式に一致しますから、これは大野関係式の一般化を与えます。

そして、この輸送を2回続けて行うとxyの項が見事に消えて二重大野関係式の輸送関係式となります!


ですから、この新しい輸送関係式は大野関係式と二重大野関係式を両方とも本質的に含んでいます。

更には、BBBL型に限らないindexであっても輸送でき、その際の誤差を正確に拾うことができるのですから、一般のindexにおける二重大野関係式とでも言える新しい関係式が得られたことになります。


それを我々は論文で "Extended double Ohno relation" と呼んでおりますが、大野関係式と二重大野関係式の同時一般化となっています。


こうして、2つの疑問に答えた結果、新しい公式に出会うことができたのです。

参考文献

[HMOS] M. Hirose, H. Murahara, T. Onozuka, N. Sato, Linear relations of Ohno sums of multiple zeta values, Indagationes Mathematicaem, Advance online publication (2020).
[H] M. Hoffman, Multiple harmonic series, Pacific J. Math., 152 (1992), 275–290.
[O] Y. Ohno, A generalization of the duality and sum formulas on the multiple zeta values, J. Number
Theory 74 (1999), no. 1, 39–43.
[SY] S. Seki, S. Yamamoto, A new proof of the duality of multiple zeta values and its generalizations, Int. J. of Number Theory, Vol. 15, No. 6 (2019), 1261–1265.

*1:正確にはホフマンの関係式は大野関係式におけるe=0の場合(=双対関係式)とe=1の場合を合わせたもの。

*2:響きがいいのでカタカナの方で記述します。

*3:私はそこに「やりがい」を感じています。

Q&ABC (おまけ)

せきゅーん: やあ、久しぶり。


ラムネ: この間、ABC予想から非ヴィーフェリッヒ素数の無限性を導出するシルヴァーマンとは別の方法があると言っていたよね。今日はそれを教えて欲しい。


せきゅーん: 了解。その方法は「Mollin-Walsh予想」と関係している。予想の主張は「3連続するパワフル数は存在しない」というものだ。未解決問題である。


ラムネ: へえ。パワフル数というのは素因数分解したときの指数が全て2以上となるような自然数だね。パワフル数 - INTEGERS


せきゅーん: シルヴァーマン(1988年)よりも前の1986年にグランヴィルが


Mollin-Walsh予想 \Longrightarrow 非ヴィーフェリッヒ素数の無限性


を証明している。


ラムネ: そんな仕事があるんだね。ABC予想に限らず他のどんな予想から導出されるかを考えるのも確かに興味深い。


せきゅーん: 簡単なところでいくと


メルセンヌ素数の無限性 \Longrightarrow 非ヴィーフェリッヒ素数の無限性


が言えたりもする。先にこちらを見てみよう。1つ補題を証明したい。正整数mと奇素数pが条件

2^m\equiv 1\pmod{p},\quad 2^{p-1}\equiv 1 \pmod{p^2}

を満たすならば

2^m\equiv 1 \pmod{p^2}

が成り立つ。これはヴィーフェリッヒ素数の基本性質と言える。


ラムネ: それは証明できそうだからやってみていい?とりあえずgmp-1の最大公約数g:=(m,p-1)とおくと、ベズーの等式によって 2^g\equiv 1 \pmod{p} なので、2^g=1+apと整数aを用いて表示できる。これを利用すれば

2^{p-1}=(2^g)^{\frac{p-1}{g}}=(1+ap)^{\frac{p-1}{g}}\equiv 1+a\cdot\frac{p-1}{g}\cdot p\pmod{p^2}

が得られるので、2^{p-1}\equiv 1 \pmod{p^2}となるためには p\mid a でなければならないことが判明する。すると、2^g\equiv 1\pmod{p^2}が帰結されるので、特に 2^m\equiv 1 \pmod{p^2} が成り立つ。


せきゅーん: あれベズーの等式っていうんだ。

さて、pメルセンヌ素数とする。すると、ある素数lが存在してp=2^l-1と書ける。


ラムネ: メルセンヌ素数の定義そのものだね。


せきゅーん: このpが非ヴィーフェリッヒ素数であることを示したい。もし、ヴィーフェリッヒ素数であれば、2^{p-1}\equiv 1 \pmod{p^2}が成り立つので、先ほど示した補題によって 2^l\equiv 1 \pmod{p^2}となってしまう。それは pp^2 で割り切れると言っていてあり得ない。


ラムネ: なるほど〜。メルセンヌ素数は必ず非ヴィーフェリッヒ素数なんだね。でも、実際は殆どの非ヴィーフェリッヒ素数がメルセンヌ素数ではないだろうから、メルセンヌ素数の無限性なんていう超絶ゲキムズ未解決問題を使わずに導出できた方が嬉しいね。


せきゅーん: そうだね。それでは次にグランヴィルの定理を示そう。つまり、Mollin-Walsh予想から非ヴィーフェリッヒ素数の無限性を証明しよう。

非ヴィーフェリッヒ素数が有限個しか存在しなかったと仮定し、最大の非ヴィーフェリッヒ素数をp_0とおく。すると、p > p_0なる素数pは全てヴィーフェリッヒ素数だ。うへー、想像するだけでヤバすぎる世界だ。


ラムネ: うへー。


せきゅーん: そして、全てのp_0以下の素数を掛けた整数をtとおく。このtに対して整数A

\displaystyle A:=2^{t\varphi(t)}

と定義する。ここで、\varphi(t)オイラーのトーシェント関数だ。


ラムネ: もし存在したとするとAは破茶滅茶にでかいね。


せきゅーん: この破茶滅茶にでかい整数Aについて、著しい性質が成り立つ。それは、

全ての正整数nに対して A^n-1 はパワフル数である。

という性質だ。A^n-1の全ての素因数pについてその指数が2以上、すなわち

\displaystyle A^n\equiv 1\pmod{p^2}

であることを示せばよい。A^n-1は奇数だから、pは奇素数だ。まず、p \leq p_0の場合を考えよう。このとき、tの定義とトーシェント関数の乗法性から p(p-1)\mid t\varphi(t)が成り立つ。よって、オイラーの定理から 2^{p(p-1)}\equiv 1\pmod{p^2}なので、Aの定義から A\equiv 1\pmod{p^2}が成り立つ。特に、A^n\equiv 1\pmod{p^2}だ。

次に p > p_0の場合を考えよう。このとき pはヴィーフェリッヒ素数なので 2^{p-1}\equiv 1\pmod{p^2}が成り立つ。更に、pA^n-1の素因数であるという仮定から 2^{nt\varphi(t)}\equiv 1\pmod{p}が成り立つ。よって、先ほどの補題から

A^n=2^{nt\varphi(t)}\equiv 1\pmod{p^2}

と所望の合同式が得られる。これで、A^n-1がパワフル数であることが証明された。


ラムネ: Aがうまく構成されているなあ。


せきゅーん: Mollin-Walsh予想が正しいと仮定しよう。今示した定理から特にA-1A^2-1=(A-1)(A+1)がパワフル数である。A-1A+1の最大公約数は1または2であるが、Aが偶数なのでA-1A+1は互いに素であることがわかる。よって、A+1もパワフル数でなければならない。また、自明にAはパワフル数である。こうして、

A-1,\quad A, \quad A+1

と3連続パワフル数が得られてMollin-Walsh予想に矛盾する。すなわち、非ヴィーフェリッヒ素数は無数に存在しなければならない。


ラムネ: 証明された!素晴らしい!!

ところで、これとABC予想が何か関係してくるの?


せきゅーん: もし、

ABC予想 \Longrightarrow Mollin-Walsh予想


が言えればグランヴィルの定理と合わせてシルヴァーマンの定理の別証明が得られることになる。


ABC予想 \Longrightarrow Mollin-Walsh予想 \Longrightarrow 非ヴィーフェリッヒ素数の無限性


という流れだ。これについてはシルヴァーマン自身が言及しており、「ABC予想 \Longrightarrow Mollin-Walsh予想」が言えるかは知られていないということだ。


ラムネ: じゃあダメじゃん。


せきゅーん: ところがだ。実は次のような論理の流れなら実現できる。


ABC予想 \Longrightarrow 弱いMollin-Walsh予想 \Longrightarrow 非ヴィーフェリッヒ素数の無限性


ラムネ: 弱いMollin-Walsh予想?


せきゅーん: 3連続するパワフル数が一切存在しないことを主張するのがMollin-Walsh予想であったが、弱いMollin-Walsh予想は「3連続するパワフル数の組は高々有限個しか存在しない」ことを主張する予想だ。まず、


弱いMollin-Walsh予想 \Longrightarrow 非ヴィーフェリッヒ素数の無限性


を証明しよう。これは簡単で、グランヴィルの証明を完全に真似た上で、A^n-1, A^{2n}-1=(A^n-1)(A^n+1)がパワフル数でA^n-1A^n+1は互いに素だからA^n+1もパワフル数、従って

A^n-1,\quad A^n, \quad A^n+1

は3連続パワフル数となる。nは何でもよいので3連続パワフル数の組は無数に存在することとなり、弱いMollin-Walsh予想に矛盾するという寸法だ。


ラムネ: 確かに。Mollin-Walsh予想は弱い版だけで十分だね。


せきゅーん: そして、弱いMollin-Walsh予想だったらABC予想から導出できる。a\geq 2に対する(a-1,a,a+1)を3連続パワフル数と仮定する。このとき、(1,a^2-1,a^2)というABCトリプルを作ることができる。

ラムネ: a=1ではないからa^2-1は正整数だし、互いに素の仮定は明らかに成り立っているね。


せきゅーん: \mathrm{rad}(1\cdot (a^2-1)\cdot a^2)を計算しよう。一般にパワフル数mに対して\mathrm{rad}(m)\leq \sqrt{m}が成り立つこと、(a^2-1)aがパワフル数であることに注意すれば

\displaystyle \mathrm{rad}(1\cdot (a^2-1)\cdot a^2)=\mathrm{rad}( (a^2-1)a)\leq \sqrt{(a^2-1)a} < a^{\frac{3}{2}}

が成り立つので、

\mathrm{rad}(1\cdot (a^2-1)\cdot a^2)^{1+\varepsilon} < a^{\frac{3}{2}(1+\varepsilon)} \leq a^2

\varepsilon \leq 1/3の場合に成立する。つまり、例えば\varepsilon=1/3に対するABC予想を適用すれば、このようなaは高々有限個しか存在しないため、3連続パワフル数の組は有限個しか存在せず、弱いMollin-Walsh予想が成立することになる。


ラムネ: これで、ABC予想から非ヴィーフェリッヒ素数の無限性が証明された。


せきゅーん: ただ、シルヴァーマンの方法は個数評価まで与えている点は忘れてはならない。