インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

包含関係を示す、ある方法について

何かしらの等式 a=b を示したいときに、実際に時々使われる、私の好きなテクニックを紹介します。

aは整数、bは正の整数であるとして、等式を示す方法が中々思いつかないけれども、合同式 \equiv や不等式 < であれば示しようがあるという研究のシチュエーションを想像してください。

このとき、

a \equiv 0 \bmod{b}

0 < a < 2b

を示すことができれば、a=b が結論付けられます!

このように、1つ1つは(今の場合、合同式や不等式)本来示したいことよりも弱い結果しか得られない、1段階簡単な手法なんだけれども、うまく組み合わせれば示したい強力な結果(今の場合、等式)が得られるという論法がすこぶる好きです。

この例を出さずとも、「等式を示す方法が思いつかないけれど、不等式であれば示しようがあるときに、a\leq ba \geq b を示して、a=bを得る」でもよかったかもしれません。


今年執筆したプレプリント[HMSW]における第二主定理を証明するために用いた論法が、その手の間接的な手法で気にいっているので、どのような論法であるかを紹介したいと思います。

多項式環の部分空間の包含関係

特定の集合A, Bについて「包含関係 A\subset B を示せ」というタイプの問題は、大学1年生の頃から幾度となく訓練させられてきましたが、未解決問題もたくさんあります。

多項式環\mathbb{Q}[x]の特定の部分空間A,Bについて「A\subset B」が未解決のものもいくらでもあります。意外かもしれませんが、次のA, Bの場合に包含関係 A\subset B を示すことができたら、答えをこっそり教えてください。

A:=\mathrm{span}_{\mathbb{Q}}\{x^n \mid nは4以上の偶数\}
B:=\mathrm{span}_{\mathbb{Q}}\{x^{p+q} \mid p, qは素数\}

この記事では2変数の非可換多項式環\mathbb{Q}\langle x,y\rangleの部分空間に対する包含関係判定問題のうち、とても特別な場合のみを扱います。2種類のゲームがあって、ともにy\mathbb{Q}\langle x,y\rangle xの部分空間を扱います。

\mathbb{Q}\langle x,y\rangleにおいては xy\neq yx であり、例えば xyxy^2xy^2xyx^2y^3 は全て異なります。

多重ゼータ値間の線形関係式族

線形写像 Z\colon y\mathbb{Q}\langle x,y\rangle x\to\mathbb{R} を単項式 yx^{k_1-1}\cdots yx^{k_r-1} の行き先を多重ゼータ値 Z(yx^{k_1-1}\cdots yx^{k_r-1}):=\zeta(k_1,\dots, k_r) とすることによって定めます。例えば、

Z(yx^2y^2xyx)=\zeta(3,1,2,2)

です。多重ゼータ値に関する数学研究には様々な内容がありますが、1つの基本的な研究は多重ゼータ値の間に成り立つ線形関係式の探究です。

\zeta(3)=\zeta(1,2)

という関係式が成り立ちますが、これは

yx^2-y^2x \in \mathrm{ker} Z

と表すことができます。つまり、「関係式を見つけること = \mathrm{ker} Zの元を見つけること」ということになり、関係式を集めた「関係式族」とは(1つの考え方としては)\mathrm{ker} Z の部分空間のことを指すこととします。

関係式族の例として、双対関係式の空間 \mathsf{Duality} \subset \mathrm{ker} Z を紹介しましょう。

\mathbb{Q}\langle x, y\rangle上の反自己同型写像 \tau\colon \mathbb{Q}\langle x, y\rangle \to \mathbb{Q}\langle x, y\rangleを、\tau(x)=y および \tau(y)=x で定めます。「反」自己同型というのは、\tau(w_1w_2)=\tau(w_2)\tau(w_1) を満たすということで、例えば、\tau(yx^2)=\tau(x)\tau(x)\tau(y)=y^2x となります。よって、さっきの式は

yx^2-\tau(yx^2)\in\mathrm{ker} Z

と表すことができます。この \tau を使って、空間 \mathsf{Duality}

\mathsf{Duality}:=\mathrm{span}_{\mathbb{Q}}\{w-\tau(w) \mid w \in y\mathbb{Q}\langle x,y\rangle x\}

と定義されます。そして、実際に多重ゼータ値の間の関係式族を与えていること、すなわち包含関係

\mathsf{Duality} \subset \mathrm{ker} Z

が示されています。このように多重ゼータ値間の線形関係式族の研究とは「\mathbb{Q}\langle x,y\rangleの部分空間A, Bについての包含関係 A\subset B 判定問題 において、Bを常に B=\mathrm{ker} Zと固定した場合」と考えることができます。

そして、これまでの研究の蓄積により、この包含関係を示すためのテクニックが様々に考案されています。

多重ゼータ値間の線形関係式族間の包含関係

前節で紹介したゲーム「A \subset \mathrm{ker} Z の判定」よりも1段階レベルの高いゲームがあります。それは次のような設定です:


ABをともに \mathrm{ker} Z の部分空間とするとき、A \subset B かどうかを判定せよ。


\mathrm{ker} Z の部分空間に限定することは単に1つの問題設定であって、そのように限定しても未解決の難問がたくさんあるということですが*1\mathrm{ker} Zの部分空間であることは既に分かっている場合に、A \subset B かどうかという問題は多重ゼータ値から完全に離れた純粋に多項式の問題と言えます。もはや、無限級数も反復積分も関係ありません。

このゲームを業界に広めたのは田中立志さんだと思いますが(cf. [T])、A \subset \mathrm{ker} ZB \subset \mathrm{ker} Z が証明できていたとしても、そのことは A \subset B かどうかは基本的には教えてくれないので、1段階難しい問題となっているのです。

難問揃いのこのゲーム(以下、「田中のゲーム」)に私はとても魅了されています。(ちなみに、包含関係が成り立たない場合は有限次元の範囲で反例を1つ挙げればいいですが、成り立つと期待される場合にその証明が難しいことが多いです。)

直前で「基本的には教えてくれない」と書いたことについて、A \subset \mathrm{ker} Z であることの証明が A \subset B および B\subset \mathrm{ker} Z を合わせることによって初めて得られたケースも多々あります。

例えば、[IKZ]において、導分関係式の空間 \mathsf{Der} と正規化複シャッフル関係式の空間 \mathsf{EDSR} について、\mathsf{Der} \subset \mathsf{EDSR} および \mathsf{EDSR} \subset \mathrm{ker} Z を示すことによって \mathsf{Der} \subset \mathrm{ker} Z であることが示されました。

そうではない(むしろ普通の)場合の例としては、巡回和公式の空間 \mathsf{CycSum} および川島関係式の線形部分の空間 \mathsf{LinKaw} について、[HO]で \mathsf{CycSum} \subset \mathrm{ker} Z が示され、[K]で \mathsf{LinKaw} \subset \mathrm{ker} Z が示された後に、\mathsf{CycSum} \subset \mathrm{ker} Z の証明とは異なる代数的議論を見出すことによって、[TW]において \mathsf{CycSum} \subset \mathsf{LinKaw} が示されています。

前節のゲームである A \subset \mathrm{ker} Z の証明法において、導分関係式の最初の証明のような A \subset B を経由するやり方ではない方法を ad hoc に「直接証明法」と呼ぶことにします。[HO]による巡回和公式の証明は直接証明法の例です。

基本的には直接証明法とは異なる方法を見出さなければ A \subset B を示せないですが、既に示されているケースで比較的簡単なものを紹介します。未解決問題としては、\mathsf{Duality} \subset \mathsf{EDSR} が有名です。

\mathsf{Duality} \subset \mathsf{Ohno} の証明

非負整数 n に対して、線形写像 \sigma_n\colon y\mathbb{Q}\langle x,y \rangle x \to y\mathbb{Q}\langle x,y \rangle x

\displaystyle \sigma_n(yx^{k_1-1}\cdots yx^{k_r-1}) := \sum_{\substack{c_1+\cdots + c_r=n \\ c_1, \dots, c_r \geq 0}}yx^{k_1+c_1-1}\cdots yx^{k_r+c_r-1}

で定めます。このとき、大野関係式の空間 \mathsf{Ohno}

\displaystyle \mathsf{Ohno} := \mathrm{span}_{\mathbb{Q}}\{\sigma_n(w)-\sigma_n(\tau(w) ) \mid n\in\mathbb{Z}_{\geq 0}, w\in y\mathbb{Q}\langle x,y \rangle x\}

と定義します。\mathsf{Ohno} \subset \mathrm{ker} Z は[O]で示されました。\sigma_0は恒等写像であることに注意すると、生成集合の間の包含関係

\{w-\tau(w) \mid w \in y\mathbb{Q}\langle x,y\rangle x\} \subset \{\sigma_n(w)-\sigma_n(\tau(w) ) \mid n\in\mathbb{Z}_{\geq 0}, w\in y\mathbb{Q}\langle x,y \rangle x\}

があるので、

\mathsf{Duality} \subset \mathsf{Ohno}

が成り立つことがわかります。このように包含関係が自明に分かる場合もあります。

\mathsf{Sum Formula} \subset \mathsf{EDSR} の証明

\mathbb{Q}\langle x,y\rangle上で定義される2種類の積 \ast, шについては定義を省略します。和公式の空間 \mathsf{Sum Formula}

\mathsf{Sum Formula} := \mathrm{span}_{\mathbb{Q}}\{y(y^{r-1} \text{ш} x^{k-r-1})x-yx^{k-1} \mid r, k \in \mathbb{Z}_{>0}, r < k\}

で定義します。\mathsf{Sum Formula} \subset \mathrm{ker} Z は[G]で示されました。写像 \mathrm{reg}_{\text{ш}} の定義も \mathsf{EDSR} の定義もここでは割愛しますが、正整数 rw\in y\mathbb{Q}\langle x,y\rangle x に対して

\displaystyle \mathrm{reg}_{\text{ш}}(y^r \ast w) \in \mathsf{EDSR}

が成り立つことは定義から分かるという状況です。ここで、多項式に関する非自明な等式

\displaystyle y(y^{r-1} \text{ш} x^{k-r-1})x-yx^{k-1}=\sum_{i=1}^{r-1}(-1)^i\mathrm{reg}_{\text{ш}}(y^i\ast yx^{k-i-1})

が成り立つことを示せるので、\mathsf{Sum Formula} \subset \mathsf{EDSR} が得られます。この手の非自明な等式をいつでも簡単に見つけられるわけではないことが、田中のゲームの難しさです。

一方、

\displaystyle y(y^{r-1} \text{ш} x^{k-r-1})x-yx^{k-1} = \sigma_{k-r-1}(y^rx)-\sigma_{k-r-1}(\tau(y^rx) )

なので、\mathsf{Sum Formula}\subset \mathsf{Ohno} は簡単に分かります。

\mathsf{Duality} \subset \mathsf{LinKaw} の証明

\mathbb{Q}\langle x,y\rangle 上の自己同型写像 \phi, \psi, \ell, \chi をそれぞれ

\begin{align}&\phi(x)=x+y, \ \phi(y)=-y, \\
&\psi(x)=x, \ \psi(y)=x+y, \\
&\ell(x)=x, \ \ell(y)=-y, \\
&\chi(x)=y, \ \chi(y)=x\end{align}

で定義します。jj(x)=x, j(y)=y で定まる \mathbb{Q}\langle x,y\rangle上の反自己同型写像とします。

次に、y\mathbb{Q}\langle x,y\rangle 上の全単射線形写像 S, T, \iota をそれぞれ

\begin{align}&S(yw):=y\psi(w), \\
&T(yw):=y\chi(w), \\
&\iota(yw):=yj(w)\end{align}

で定義します。正整数 k に対して、単項式 yx^{k-1}z_k と略記することにすると、\iota

\iota(z_{k_1}\cdots z_{k_r})=z_{k_r}\cdots z_{k_1}

と反転させる写像になっていることが分かります。xy の行き先を追跡すれば

\phi\circ\chi\circ\phi\circ\ell=\psi

の成立がわかるので、

\phi\circ S = -T\circ \phi \circ \ell

が成り立ちます。また、\tau=\chi\circ j より

T(\iota(yw))x=\tau(ywx)

が分かります。種々の写像の準備は以上です。

川島関係式の線形部分の空間は次で定義されます:

\displaystyle \mathsf{LinKaw}:=\{\phi(w_1\ast w_2)x \mid w_1, w_2 \in y\mathbb{Q}\langle x,y\rangle\}

次の等式は基本的でwell-knownです:

\displaystyle \sum_{i=0}^r \ell(z_{k_1}\cdots z_{k_i}) \ast S(z_{k_{r}}\cdots z_{k_{i+1}}) = 0

移項して

\displaystyle \ell(z_{k_1}\cdots z_{k_r})+S(z_{k_r}\cdots z_{k_1})=-\sum_{i=1}^{r-1} \ell(z_{k_1}\cdots z_{k_i}) \ast S(z_{k_{r}}\cdots z_{k_{i+1}})

両辺に \phi を適用してから右から xを掛けると

\displaystyle (\phi\circ\ell)(z_{k_1}\cdots z_{k_r})x+(\phi\circ S)(z_{k_r}\cdots z_{k_1})x=-\sum_{i=1}^{r-1} \phi(\ell(z_{k_1}\cdots z_{k_i}) \ast S(z_{k_{r}}\cdots z_{k_{i+1}}) )x

右辺は \mathsf{LinKaw} の元なので、

\begin{align}&(\phi\circ\ell)(z_{k_1}\cdots z_{k_r})x+(\phi\circ S)(z_{k_r}\cdots z_{k_1})x \\
&=  (\phi\circ\ell)(z_{k_1}\cdots z_{k_r})x-(T\circ \phi\circ \ell)(\iota(z_{k_1}\cdots z_{k_r}) )x \\
&= (\phi\circ\ell)(z_{k_1}\cdots z_{k_r})x-\tau( (\phi\circ\ell)(z_{k_1}\cdots z_{k_r})x)\end{align}

\mathsf{LinKaw} の元であることが分かります(\iota\phi\circ\ell が可換であることも使っています)。最後の表示からこれは \mathsf{Duality} の元ですが、\phi\circ\ell が同型であることから、任意の \mathsf{Duality} の元が \mathsf{LinKaw} の元であることが分かりました。

ある方法

ここで紹介したい田中のゲームにおける A \subset B の証明法は「直接証明法では証明できないはずだったのに、直接証明法によって示す」という感じの論法です。

一見パラドックス的な表現を使いましたが、どこにトリックがあるかというと、「多重ゼータ値そのものではなく、多重ゼータ値の類似物を考える」ところにあります。

多重ゼータ値に関する研究では、多重ゼータ値の類似物について多重ゼータ値のときと同じような研究を行うことがよくあります。類似物の作り方としてよくあるのは、和の範囲を変えてみたり、種々のパラメーターをつけてみたりです。

多重ゼータ値の研究もそれなりに積み重ねられてきたため、多重ゼータ値そのもについて簡単に得られる仕事はもうあまり残っていないかもしれません。そこで、大学院生や職業研究者にとって、多重ゼータ値の類似物を考察することには「仕事が得られる」というメリットがあります。

悪く言えば、傍から見て、小手先の拡張で仕事を量産して本質的な進展を与えていない連中と思われることもあるかもしれません。

そういう側面もなくはないと思いますが、有限多重ゼータ値と対称多重ゼータ値の間で成立すると予想される金子・ザギエ予想という美しい予想などは極めて意義深い研究だと感じます。

さて、この節で紹介する論法は、「多重ゼータ値の類似物に対する考察が、多重ゼータ値研究(今の場合は田中のゲーム)への明確な応用を与える」のです!

多重ゼータ値は \mathbb{R} の元で、多重ゼータ値写像 Z\colon y\mathbb{Q}\langle x,y\rangle x \to \mathbb{R} を考えましたが、\mathbb{R} とは限らないベクトル空間 R を住処とする多重ゼータ値の類似物 \xi(k_1,\dots, k_r) を考え、線形写像 \Xi\colon y\mathbb{Q}\langle x,y\rangle x \to R\Xi(z_{k_1}\cdots z_{k_r})=\xi(k_1,\dots, k_r) で定めましょう。

\mathrm{ker} Zの部分空間 A, B について、A\subset B を示したいとき、

B=\mathrm{ker} \Xi

A\subset \mathrm{ker} \Xi

の2つを示すことができれば、

A\subset B

が結論付けられます。「ある方法」とはずばり、「こうなるような多重ゼータ値の類似物 \xi を見つけよ」ということなのです。

2つの条件は、次のように3つの条件に分けられます。

\begin{align} &A \subset \mathrm{ker} \Xi \\ &B\subset \mathrm{ker} \Xi \\ &\mathrm{ker} \Xi \subset B\end{align}

このうち、最初の2つは多重ゼータ値に関する通常のゲームにおいて、Z\Xi に置き換えたものになっています。\xi が確かに多重ゼータ値の類似物として定義されているのであれば(例えば、級数表示や反復積分表示を持つなど)、\zeta の場合に培った直接証明法の考え方で証明できて自然です。

なので、追加の条件である \mathrm{ker} \Xi \subset B さえ示すことができれば、直接証明法によって田中のゲームができるのです!

問題は追加条件が証明できるのか?ということです。\Xi=\zeta の場合はこれは絶望視されており、例えば、\mathsf{EDSR} = \mathrm{ker} Z が予想されていますが、全く証明されていません。というのも、\mathrm{ker} Z が具体的な空間に入ることを示すには「そこで記述されているもの以外には関係式がない」ということを示す必要があり、それはすなわち独立性問題であるからです。\mathbb{R} 内におけるゼータ値については、独立性は殆ど進展のない難問なのです。

じゃあダメでは?と思われるかもしれませんが、\mathbb{R} 以外の R を採用すれば独立性が現実的に解ける場合があるのです!実例を2つほど紹介します。

ちなみに、R=y\mathbb{Q}\langle x,y\rangle x / B と商空間に選んで \xi(k_1,\dots, k_r) = z_{k_1}\cdots z_{k_r} \bmod {B} とすれば、B=\mathrm{ker} \Xi はもちろん達成されますが、 この \xi(k_1,\dots, k_r) は級数表示や反復積分表示などを持つかどうかは分からないので直接証明法は期待できません。このように商空間として設定するのではなく、何か別の世界 R と非自明に結びつけて \xi(k_1,\dots, k_r) が確かに多重ゼータ値の類似物と言える表示を持つときに、この論法は威力を発揮することになります。

また、この論法でうまく A \subset B が証明できた場合は、しかし A の元が実際に B の元としてどのように記述されるかは分からないという実態があります。証明の概略を紹介した \mathsf{Sum Formula} \subset \mathsf{EDSR}\mathsf{Duality} \subset \mathsf{LinKaw} の場合は、左側の空間の元を実際に右側の空間の生成元たちの線形和として表す公式を見つけることによって証明されていることが分かります。それができれば話は早いのですが、未解決問題があるということは、そのような公式を見出すことが困難なケースもあるということであり、そういう場合に今回紹介している論法は非常に有効なのではないかと思っています。

\mathsf{Ohno} \subset \mathsf{LinKaw} の証明

\mathsf{Duality} \subset \mathsf{LinKaw} および \mathsf{Duality} \subset \mathsf{Ohno} であることを既に紹介しましたが、実は

\displaystyle \mathsf{Ohno} \subset \mathsf{LinKaw}

が成り立ちます。このことは[K]の最後の節で証明されており、\mathsf{Duality} \subset \mathsf{LinKaw} の時より議論が複雑になります。ここでは、前節で述べた論法による別証明があることを紹介します。

R としては \mathbb{C}^D を選びます。ここで、D:=\{\alpha \in \mathbb{C} \mid \mathrm{Re}(\alpha) > -1\} であり、\mathbb{C}^DD を定義域とする複素関数の集合です。そして、\xi(k_1,\dots, k_r) は五十嵐さんによって定義された「パラメーター化された多重ゼータ値」を採用します。

このとき、[HMO] は \mathrm{ker} \Xi = \mathsf{LinKaw} が成り立つことを証明しています。\mathsf{LinKaw} \subset \mathrm{ker} \Xi は直接証明法で示されており、逆の包含関係についても \mathbb{R} では絶望的だったのに対し、関数であれば独立性は言えてもおかしくないということで納得できます(具体的な議論は論文をみてください)。

また、\mathsf{Ohno} \subset \mathrm{ker} \Xi であることが [I] において落合先生の方法を用いた直接証明法で示されており、後に [MO] においてコネクターを用いたシンプルな直接証明法による証明が得られています。

よって、前節で述べた論法によって \displaystyle \mathsf{Ohno} \subset \mathsf{LinKaw} の別証明が得られていることになります。

\mathsf{LinKaw} \subset \mathsf{Drop1} の証明

共著論文 [HMSW] において新しい多重ゼータ値の間の線形関係式族を見つけ、それを \mathsf{Drop1} と名付けました。\mathsf{Drop1} \subset \mathrm{ker} Z の意味については前回の記事で解説しています。

integers.hatenablog.com

新しい関係式族が見つかったので、既知の関係式族との関係が気になります。そうして、我々は前々節で述べた論法によって、

\mathsf{LinKaw}^*\subset \mathsf{Drop1}

を証明することができました。ここで、\mathsf{LinKaw}^*\mathsf{LinKaw} を広げた空間なのですが、この記事では簡単のために

\mathsf{LinKaw} \subset \mathsf{Drop1}

の証明の構造について軽く触れておきたいと思います。

R としては今度は \mathbb{Q}^{\mathbb{N}} を選びます。これは有理数列の空間です。そして、\xi(k_1,\dots, k_r) は [HMSW] において導入された「多重ゼータダイヤモンド値」を採用します。

このとき、[HMSW] では \mathrm{ker} \Xi = \mathsf{Drop1} が成り立つことを証明しています。\mathsf{Drop1} \subset \mathrm{ker} \Xi は離散反復積分表示を用いた差分計算に基づく直接証明法で示されています。

逆の包含関係 \mathrm{ker} \Xi \subset \mathsf{Drop1} については、多重ゼータ値を有限和で打ち切った多重調和和に関する定理を用います。その主張は、多重調和和の打ち切る番号 N を動かして \mathbb{Q}^{\mathbb{N}} の元を作ったとき(N\to \infty で多重ゼータ値に収束するCauchy列)、それらの間には非自明な線形関係式が一切存在しないというものです。\mathbb{R} まで行った極限値たちの間には豊富な線形関係式があるけれども、極限を取る前のCauchy列の段階では線形関係がないのです。そして、一部の多重ゼータダイヤモンド値はこれらのCauchy列に一致するため独立性が言え、所望の包含関係が示されます。

\mathsf{LinKaw} \subset \mathrm{ker} \Xi であることは多重ゼータダイヤモンド値が川島関係式の線形部分を満たすことを直接証明法によって示せばよく、実際は川島関係式が成り立つことをコネクターの方法で証明しています。

このように \mathbb{Q}^{\mathbb{N}} における多重ゼータ値の類似物を構成して田中のゲームを実行する論法は非常に強力だと思います。コネクターや離散反復積分の理論がうまく効いて田中のゲームにおける結果を出せたことは非常に嬉しい経験となりました。[HMO] の場合は \mathbb{C}^D だったので、もっと色々な舞台が利用できるかもと柔軟な視点を持っていた方がいいかもしれませんが、もっと多くの関係式族をうまく実現する類似物が見つかればいいなあと妄想しています。

参考文献

[G] Granville, A., A decomposition of Riemann’s zeta-function, London Math. Soc. Lecture note Ser. 247, Cambridge (1997), 95‐101.
[HMO] M. Hirose, H. Murahara, T. Onozuka, On the linear relations among parametrized multiple series, Ramanujan J. 60 (2023), 1095–1105.
[HMSW] M. Hirose, T. Maesaka, S. Seki, T. Watanabe, The \mathbb{Z}-module of multiple zeta values is generated by ones for indices without ones, arXiv:2505.07221
[HO] M. Hoffman, Y. Ohno, Relations of multiple zeta values and their algebraic expression, J. Algebra 262 (2003), 332–347.
[I] M. Igarashi, A generalization of Ohno’s relation for multiple zeta values, J. Number Theory 132 (2012), 565–578.
[IKZ] K. Ihara, M. Kaneko, D. Zagier, Derivation and double shuffle relations for multiple zeta values, Compositio Math. 142 (2006), 307–338.
[K] G. Kawashima, A class of relations among multiple zeta values, J. Number Theory 129 (2009), 755–788.
[MO] H. Murahara, T. Onozuka, Connectors of the Ohno relation for parametrized multiple series, Rocky Mountain J. Math. 52 (2022), 687–694.
[O] Y. Ohno, A generalization of the duality and sum formulas on the multiple zeta values, J. Number Theory 74 (1999), 39–43.
[T] 田中立志, 多重ゼータ値の関係式の関係について, 数理解析研究所講究録別冊 B68 (2017), 157−167.
[TW] T. Tanaka, N. Wakabayashi, An algebraic proof of the cyclic sum formula for multiple zeta values, J. Algebra 323 (2010), 766–778.

*1:限定しているからこそ面白いという可能性もある?この点については、まだ十分考察できていません。