twitterでブログ記事のお題を募集したところ、みぽさんから次のようなお題をいただきました。
— みぽ (@nekomath271828) April 10, 2019
PIDについて何を書こうかなあと思案したところ、むしろユークリッド整域との関係性について書きたくなってきました。なので、タイトル詐欺ではありますがユークリッド整域が主役のお話を書かせていただこうと思います。
この記事の執筆に先立ってツイキャス放送を行っています(動画は五つ)。
PID講義 - 二本松せきゅーん (@integers_blog) - TwitCasting
そこでの内容に沿って執筆致します(一部カット)。メインは定理2.7です。
本文
1 ユークリッド整域と単項イデアル整域
1.1 可換環
は基本的にをもつ可換環()とする.
1.2 整域
において or が成り立つとき, は整域であるという.
1.3 ユークリッド整域
整域がユークリッド整域であるとは写像であって以下の二条件を満たすものをいう*1. 条件1. 任意のに対して或るが存在してなる関係があり, またはが成り立つ. 条件2. 任意のに対してが成り立つ.
1.4 ユークリッド整域の例
体; .
有理整数環; は通常の絶対値.
体に対する一変数多項式環; .
1.5 単項イデアル整域(PID)
整域がPIDであるとは, 任意ののイデアルが単項イデアルであるときにいう.
命題1.6 ユークリッド整域はPIDである.
証明: がでユークリッド整域であるとする. のでないイデアルを任意にとる. 集合から元を一つとる. . 任意にをとる. が成り立つような或るが存在して, またはが成り立つ(1.3条件1). はイデアルなので. よって, とするとの最小性に矛盾する. 従って, であり, , すなわち. Q.E.D.
事実1.7 逆は一般に成り立たない.
2 二次体の整数環
2.1 二次体
を無平方数とする. . のとき実二次体, のとき虚二次体という.
2.2 二次体の整数環
二次体の整数環はのとき , のとき である.
2.3 ノルム写像
, . . .
2.4 虚二次体の単数群
, .
, .
, .
定理2.5 (Baker-Stark-Heegner)
虚二次体がPIDとなるのはの九つである.
証明は例えば参考文献[H]を参照のこと.
定理2.6 に対するはノルム写像によってユークリッド整域となる.
定理2.7 に対するはPIDではあるが, ユークリッド整域ではない.
これは事実1.7の裏付けになっている. 動画では§2は後少し続く.
3 定理2.6の証明
3.1 の場合.
1.3の条件1のみが非自明である. をとり, とおく. なるをとる. . . なので, であればよいが, 今はなので成立する.
3.2 の場合(に注意).
とおく. なる, をとる(, のとき(), としてもが成り立つことに注意). 3.1と同様に考えて. である. Q.E.D.
4 定理2.7の証明. : 整域. は積閉集合となっている.
4.1 が積イデアルであるとは, が成り立つことである. すなわち, 任意の, に対してが成立すること.
4.2 に対してをと定義する.
4.3 が積イデアルであればも積イデアルである.
証明: に対してを示せばよい. が積イデアルなのでである. また, であることからなるが存在する. このとき, . よって, . Q.E.D.
4.4 であれば.
証明: をとると, なるが存在する. これとから. Q.E.D.
定理4.5 (Motzkin [M])
整域がユークリッド整域であるための必要十分条件は積イデアルの減少列であって, 任意のに対してが成り立ち, であるようなものが存在することである.
4.6 の証明. はによりユークリッド整域であるとする. に対して, とする. およびは定義から自明. 1.3条件2よりは積イデアル. 任意にをとってを示す. なるが存在する. また, 1.3条件1よりなるが存在してまたはが成り立つ. より. よって, . すなわち, でこれはを示している. 従って. と仮定し, そこから元を取る. とするととなっての取り方に矛盾. よってである.
4.7 の証明. 写像をに対してと定義する(よりwell-defined). を任意にとってとすると, およびが積イデアルであることからである. よって, となって1.3条件2が確認された. 条件1を確認するためにを任意にとる. であれば, 或るが存在してが成り立ちのケースとして条件1が成立している. そこで, とする. なので, およびなるが存在する. また, なるも存在する. と仮定するとであり, これはを意味するからの取り方に矛盾する. 従って, である. 今, なるをとることができるが, を得る. Q.E.D.
4.8 : 整域. に対して.
証明: 「」でない . . Q.E.D.
4.9 とする. このとき, .
証明: であるので, 4.8により に対して . Q.E.D.
4.10 . がのサイド因子であるとは, 或るが存在してが成り立つことである.
4.11 が普遍サイド因子であるとは, 任意のに対してがのサイド因子であることとする.
4.12 が普遍サイド因子であればは極大イデアルである.
証明: 定義よりが普遍サイド因子であるための必要十分条件は任意のに対してが存在してが成り立つことである. つまり, の各元はに代表元をとることができ, は体である. Q.E.D.
4.13 .
証明: 4.8, 4.9より. Q.E.D.
系4.14 普遍サイド因子を有しない整域は体を除いてユークリッド整域ではない.
証明: 4.13より普遍サイド因子を有しない整域はとするとを満たす. もしがユークリッド整域であれば定理4.5の積イデアル減少列が存在する. と4.4よりであるが, とよりが得られる. これを繰り返せばとなるため, . 4.9よりこれはを意味し, はすなわち体である. Q.E.D.
4.15 とする. に注意. が普遍サイド因子を有しないことを示せばよい.
4.16 2.4より.
4.17 はの既約元である.
証明: , . (resp. )であれば (resp. )でなければならない. ()と書ける場合を先に考える. が (resp. )を割り切ればであり, or (resp. or ). すなわち, or (resp. or )がわかる. ()と書ける場合はこのような整除は起き得ないことを示す. である. なので, のときはなのでを割ることはできない. の場合もであり, この時点では割り切れない. を割るとしたらでなければならず結局とならなければならないが, そのようなは存在しない. Q.E.D.
4.18 のサイド因子はのみである.
証明: , すなわち, がのサイド因子であれば, 或るが存在して, が成り立つ. すなわち, or or である. 今, は不可能. 従って, or であり, 4.17から or がわかった. Q.E.D.
4.19 はのサイド因子ではない.
証明: がのサイド因子になったと仮定すると, が或るに対して成立する. すなわち, 有理整数が存在して, or が成り立つ. 両辺二倍すると, 左辺はで右辺のの係数は. つまり, が成り立つ. それは不可能な言明である.
4.20 4.18+4.19よりは普遍サイド因子を持たない. よって, 系4.14よりはユークリッド整域ではないことが示された. Q.E.D.
参考文献
[H] 平山 楓馬, 類数の虚二次体, 第72回灘校文化祭.
[I] icqk3氏による補足, http://searial.web.fc2.com/aerile_re/eucliddomain.html
[M] T. Motzkin, The Euclidean Algorithm, Bull. Amer. Math. Soc. 55 (1949), 1142-1146.
*1:本稿ではこの定義を採用する.