インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

PID

twitterでブログ記事のお題を募集したところ、みぽさんから次のようなお題をいただきました。

PIDについて何を書こうかなあと思案したところ、むしろユークリッド整域との関係性について書きたくなってきました。なので、タイトル詐欺ではありますがユークリッド整域が主役のお話を書かせていただこうと思います。

この記事の執筆に先立ってツイキャス放送を行っています(動画は五つ)。
PID講義 - 二本松せきゅーん (@integers_blog) - TwitCasting

そこでの内容に沿って執筆致します(一部カット)。メインは定理2.7です。

本文

1 ユークリッド整域と単項イデアル整域

1.1 可換環
Rは基本的に1をもつ可換環(1\neq 0)とする.

1.2 整域
Rにおいてa,b\in R, ab=0 \Longrightarrow a=0 or b=0が成り立つとき, Rは整域であるという.

1.3 ユークリッド整域
整域Rがユークリッド整域であるとは写像\varphi\colon R\setminus\{0\} \to \mathbb{N}_0であって以下の二条件を満たすものをいう*1. 条件1. 任意のa,b\in R, b\neq 0に対して或るq,r\in Rが存在してa=bq+rなる関係があり, r=0または\varphi(r) < \varphi(b)が成り立つ. 条件2. 任意のa,b \in R\setminus\{0\}に対して\varphi(a)\leq \varphi(ab)が成り立つ.

1.4 ユークリッド整域の例
K; \varphi(a):=1 \ (a\in K^{\times}).
有理整数環\mathbb{Z}; \varphiは通常の絶対値.
Kに対する一変数多項式環K[x]; \varphi(f):=\deg(f) \ (f\neq 0).

1.5 単項イデアル整域(PID)
整域RがPIDであるとは, 任意のRのイデアルが単項イデアルであるときにいう.

命題1.6 ユークリッド整域はPIDである.
証明: R\varphiでユークリッド整域であるとする. R0でないイデアルIを任意にとる. 集合\{b\in I\setminus\{0\} \mid \varphi(b)=\min_{a\in I\setminus\{0\}}\varphi(a)\}から元bを一つとる. bR \subset I. 任意にa \in Iをとる. a=bq+rが成り立つような或るq,r\in Rが存在して, r=0または\varphi(r) < \varphi(b)が成り立つ(1.3条件1). Iはイデアルなのでr=a-bq \in I. よって, r\neq 0とすると\varphi(b)の最小性に矛盾する. 従って, r=0であり, a=bq \in bR, すなわちI \subset bR. Q.E.D.

事実1.7 逆は一般に成り立たない.

2 二次体の整数環

2.1 二次体
m \neq 0,1を無平方数とする. \mathbb{Q}(\sqrt{m}) := \{a+b\sqrt{m} \mid a,b \in \mathbb{Q}\}. m > 0のとき実二次体, m < 0のとき虚二次体という.

2.2 二次体の整数環
二次体\mathbb{Q}(\sqrt{m})の整数環\mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{m})}m \equiv 2,3\pmod{4}のとき \mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{m})}=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}\sqrt{m}, m\equiv 1 \pmod{4}のとき \mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{m})}=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}\frac{1+\sqrt{m}}{2}である.

2.3 ノルム写像
\alpha=a+b\sqrt{m} \in \mathbb{Q}(\sqrt{m}), N_{\mathbb{Q}(\sqrt{m})}(\alpha):=a^2-mb^2. N_{\mathbb{Q}(\sqrt{m})}(\alpha\beta)=N_{\mathbb{Q}(\sqrt{m})}(\alpha)N_{\mathbb{Q}(\sqrt{m})}(\beta). \alpha \in \mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{m})} \Longrightarrow N_{\mathbb{Q}(\sqrt{m})}(\alpha) \in \mathbb{Z}.

2.4 虚二次体の単数群
\mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}^{\times}=\{\pm1, \pm i\}, i=\sqrt{-1}.
\mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}^{\times}=\{\pm1, \pm \omega, \pm \omega^2\}, \omega=\frac{-1+\sqrt{-3}}{2}.
\mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}^{\times}=\{\pm1\}, d\neq 1,3, d > 0.

定理2.5 (Baker-Stark-Heegner)
虚二次体\mathbb{Q}(\sqrt{-d})がPIDとなるのはd=1,2,3,7,11,19,43,67,163の九つである.

証明は例えば参考文献[H]を参照のこと.

定理2.6 d=1,2,3,7,11に対する\mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}はノルム写像によってユークリッド整域となる.

定理2.7 d=19,43,67,163に対する\mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}はPIDではあるが, ユークリッド整域ではない.

これは事実1.7の裏付けになっている. 動画では§2は後少し続く.

3 定理2.6の証明

3.1 d=1,2の場合.
1.3の条件1のみが非自明である. \alpha, \beta \in \mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}, \beta \neq 0をとり, \alpha/\beta=x+y\sqrt{-d}とおく. \left|x-u\right|\leq 1/2, \left|y-v\right|\leq 1/2なるu,v \in \mathbb{Z}をとる. q:=u+v\sqrt{-d} \in \mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}. r:=\alpha-\beta q\in \mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}. N_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}(r)=N_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}( (x-u)+(y-v)\sqrt{-d})N_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}(\beta)なので, N_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}( (x-u)+(y-v)\sqrt{-d})=(x-u)^2+d(y-v)^2 < 1であればよいが, 今はd=1, 2なので成立する.

3.2 d=3,7,11の場合(-d \equiv 1 \pmod{4}に注意).
\alpha/\beta=x+y\sqrt{-d}とおく. \left|x-u\right|\leq 1/2, \left|y-v\right|\leq 1/4なるu,v \in \frac{1}{2}\mathbb{Z}, 2u\equiv 2v \pmod{2}をとる(x \in [m, m+1], y\in [n, n+1]のとき(m,n \in \mathbb{Z}), u=m+1/2, v=n+1/2としてもq \in \mathcal{O}_{\mathbb{Q}(\sqrt{-d})}が成り立つことに注意). 3.1と同様に考えて(x-u)^2+d(y-v)^2 \leq \frac{1}{4}+\frac{d}{16}. \frac{1}{4}+\frac{d}{16} < 1 \Longleftrightarrow d < 12である. Q.E.D.

4 定理2.7の証明. R: 整域. R\setminus \{0\}は積閉集合となっている.

4.1 A \subset R\setminus \{0\}が積イデアルであるとは, A\cdot (R\setminus \{0\}) \subset Aが成り立つことである. すなわち, 任意のa \in A, r \in R\setminus \{0\}に対してar \in Aが成立すること.

4.2 A \subset Rに対してA^d \subset AA^d:=\{b \in A \mid {}^{\exists} a \in R \ \text{s.t.} \ a+bR \subset A\}と定義する.

4.3 Aが積イデアルであればA^dも積イデアルである.

証明: b \in A^d, q \in R\setminus \{0\}に対してbq \in A^dを示せばよい. Aが積イデアルなのでbq \in Aである. また, b \in A^dであることからa+bR \subset Aなるa \in Rが存在する. このとき, a+bqR \subset a+bR \subset A. よって, bq \in A^d. Q.E.D.

4.4 A_1 \subset A_2であればA_1^d \subset A_2^d.

証明: b \in A_1^dをとると, a+bR \subset A_1 \subset A_2なるa \in Rが存在する. これとb \in A_1 \subset A_2からb \in A_2^d. Q.E.D.

定理4.5 (Motzkin [M])
整域Rがユークリッド整域であるための必要十分条件は積イデアルの減少列R \setminus \{0\} = A_0 \supset A_1 \supset A_2 \supset \cdotsであって, 任意のi \geq 0に対してA_i^d \subset A_{i+1}が成り立ち, \bigcap_{i=0}^{\infty}A_i=\varnothingであるようなものが存在することである.

4.6 \Longrightarrowの証明. R\varphi\colon R\setminus \{0\} \to \mathbb{N}_0によりユークリッド整域であるとする. i \geq 0に対して, A_i:=\{a \in R\setminus\{0\} \mid \varphi(a) \geq i\}とする. R\setminus \{0\}=A_0およびA_i \supset A_{i+1} \ ({}^{\forall}i \geq 0)は定義から自明. 1.3条件2よりA_iは積イデアル. 任意にb \in A_i^dをとってb \in A_{i+1}を示す. a+bR \subset A_iなるa \in Rが存在する. また, 1.3条件1よりa=bq+rなるq,r \in Rが存在してr=0または\varphi(r) < \varphi(b)が成り立つ. r=a-bq \in A_i \subset R\setminus \{0\}よりr \neq 0. よって, \varphi(b) > \varphi(r) \geq i. すなわち, \varphi(b) \geq i+1でこれはb \in A_{i+1}を示している. 従ってA_i^d \subset A_{i+1} \ ({}^{\forall}i \geq 0). \bigcap_{i=0}^{\infty}A_i\neq \varnothingと仮定し, そこから元aを取る. \varphi(a)=jとするとa \not\in A_{j+1}となってaの取り方に矛盾. よって\bigcap_{i=0}^{\infty}A_i=\varnothingである.

4.7 \Longleftarrowの証明. 写像R\setminus\{0\}\to \mathbb{N}_0a \in A_i\setminus A_{i+1}に対して\varphi(a):=iと定義する(\bigcap_{i=0}^{\infty}A_i=\varnothingよりwell-defined). a, b\in R\setminus\{0\}を任意にとって\varphi(a)=iとすると, a \in A_iおよびA_iが積イデアルであることからab \in A_iである. よって, \varphi(ab) \geq i = \varphi(a)となって1.3条件2が確認された. 条件1を確認するためにa, b \in R, b\neq 0を任意にとる. 0 \in a+bRであれば, 或るq \in Rが存在してa=bqが成り立ちr=0のケースとして条件1が成立している. そこで, a+bR \subset R\setminus \{0\}とする. \bigcap_{i=0}^{\infty}A_i=\varnothingなので, a+bR\subset A_iおよびa+bR \not\subset A_{i+1}なるi \geq 0が存在する. また, b \in A_j\setminus A_{j+1}なるj \geq 0も存在する. j \leq iと仮定するとa+bR \subset A_i \subset A_jであり, これはb \in A_j^d \subset A_{j+1}を意味するからjの取り方に矛盾する. 従って, j > iである. 今, r:=a-bq \in A_i\setminus A_{i+1}なるq \in Rをとることができるが, \varphi(r)=i < j=\varphi(b)を得る. Q.E.D.

4.8 R: 整域. A \subset Rに対してA\setminus A^d=\{b \in A \mid {}^{\forall}a \in R, {}^{\exists}c \in R\setminus A \ \text{s.t.} \ b \mid a-c\}.

証明: b \in A\setminus A^d \Longleftrightarrow{}^{\exists}a \in R, a+bR\subset A」でない \Longleftrightarrow {}^{\forall}a \in R, a+bR \not\subset A. a+bR\not\subset A \Longleftrightarrow {}^{\exists}q \in R \ \text{s.t.} \ a+bq \not\in A \Longleftrightarrow {}^{\exists}q \in R, {}^{\exists}c \in R\setminus A \ \text{s.t.} \ a+bq=c \Longleftrightarrow {}^{\exists}c \in R\setminus A \ \text{s.t.} \ b \mid a-c. Q.E.D.

4.9 A_0:=R\setminus \{0\}とする. このとき, A_0^d=R\setminus(R^{\times} \cup \{0\}).

証明: R\setminus A_0=\{0\}であるので, 4.8によりb \in A_0\setminus A_0^d \Longleftrightarrow {}^{\forall}a \in Rに対してb \mid a \Longleftrightarrow  b \in R^{\times}. Q.E.D.

4.10 a\in R. b\in A_0^daのサイド因子であるとは, 或るe \in R^{\times} \cup \{0\}が存在してb \mid a-eが成り立つことである.

4.11 b \in A_0^dが普遍サイド因子であるとは, 任意のa \in Rに対してbaのサイド因子であることとする.

4.12 bが普遍サイド因子であればbRは極大イデアルである.

証明: 定義よりb \in A_0^dが普遍サイド因子であるための必要十分条件は任意のa \in Rに対してe \in R^{\times} \cup \{0\}が存在してa\bmod{b}=e\bmod{b}が成り立つことである. つまり, R/bRの各元はR^{\times}\cup\{0\}に代表元をとることができ, R/bRは体である. Q.E.D.

4.13 A_0^{dd}=A_0^d \setminus \{\text{普遍サイド因子全体}\}.

証明: 4.8, 4.9よりA_0^{d}\setminus A_0^{dd}=\{b \in A_0^d \mid {}^{\forall}a \in R, {}^{\exists}e \in R^{\times}\cup\{0\} \ \text{s.t.} \ b\mid a-e\}=\{\text{普遍サイド因子全体}\}. Q.E.D.

系4.14 普遍サイド因子を有しない整域は体を除いてユークリッド整域ではない.

証明: 4.13より普遍サイド因子を有しない整域RR\setminus\{0\}=A_0とするとA_0^{dd}=A_0^dを満たす. もしRがユークリッド整域であれば定理4.5の積イデアル減少列R \setminus \{0\} = A_0 \supset A_1 \supset A_2 \supset \cdotsが存在する. A_0^d \subset A_1と4.4よりA_0^{dd}\subset A_1^dであるが, A_0^{dd}=A_0^dA_1^d\subset A_2よりA_0^d\subset A_2が得られる. これを繰り返せばA_0^d \subset \bigcap_{i=0}^{\infty}A_i=\varnothingとなるため, A_0^d=\varnothing. 4.9よりこれはR=R^{\times}\cup\{0\}を意味し, Rはすなわち体である. Q.E.D.

4.15 K=\mathbb{Q}(\sqrt{-d}), \ d=19, 43, 67, 163とする. -d \equiv 1 \pmod{4}に注意. \mathcal{O}_{K}=\mathbb{Z}+\mathbb{Z}\frac{1+\sqrt{-d}}{2}が普遍サイド因子を有しないことを示せばよい.

4.16 2.4より\mathcal{O}_K=\{\pm1\}.

4.17 2,3\mathcal{O}_Kの既約元である.

証明: N_K(2)=4, N_K(3)=9. \alpha \mid 2 (resp. 3)であればN_K(\alpha) \mid 4 (resp. 9)でなければならない. \alpha=a+b\sqrt{-d} (a, b \in \mathbb{Z})と書ける場合を先に考える. N_K(\alpha)=a^2+db^24 (resp. 9)を割り切ればb=0であり, a^2=1 or 4 (resp. 1 or 9). すなわち, \alpha = \pm 1 or \pm 2 (resp. \pm 1 or \pm 3)がわかる. \alpha=a+\frac{1}{2}+(b+\frac{1}{2})\sqrt{-d} (a, b \in \mathbb{Z})と書ける場合はこのような整除は起き得ないことを示す. N_K(\alpha)=a^2+a+d(b^2+b)+\frac{1+d}{4}である. a^2+a, b^2+b \geq 0なので, d\geq 43のときは\frac{1+d}{4}\geq 11なので4, 9を割ることはできない. d=19の場合も\frac{1+d}{4}=5であり, この時点で4は割り切れない. 9を割るとしたらb=0でなければならず結局a^2+a+5=9とならなければならないが, そのようなaは存在しない. Q.E.D.

4.18 2のサイド因子は\pm 2, \pm 3のみである.

証明: b \in A_0^d, すなわち, b \not\in \mathcal{O}_K^{\times}\cup\{0\}=\{0, \pm 1\}2のサイド因子であれば, 或るe \in \{0, \pm 1\}が存在して, b \mid 2-eが成り立つ. すなわち, b \mid 1 or 2 or 3である. 今, b \mid 1は不可能. 従って, b \mid 2 or 3であり, 4.17からb=\pm 2 or \pm 3がわかった. Q.E.D.

4.19 \pm 2, \pm 3\frac{1+\sqrt{-d}}{2}のサイド因子ではない.

証明: b=\pm 2, \pm 3\frac{1+\sqrt{-d}}{2}のサイド因子になったと仮定すると, b \mid \frac{1+\sqrt{-d}}{2}-eが或るe \in \{0, \pm 1\}に対して成立する. すなわち, 有理整数a, cが存在して, b(a+c\frac{1+\sqrt{-d}}{2})=\frac{\pm 1+\sqrt{-d}}{2} or \frac{3+\sqrt{-d}}{2}が成り立つ. 両辺二倍すると, 左辺はb(2a+c+c\sqrt{-d})で右辺の\sqrt{-d}の係数は1. つまり, bc=1が成り立つ. それは不可能な言明である.

4.20 4.18+4.19より\mathcal{O}_Kは普遍サイド因子を持たない. よって, 系4.14より\mathcal{O}_Kはユークリッド整域ではないことが示された. Q.E.D.

参考文献

[H] 平山 楓馬, 類数1の虚二次体, 第72回灘校文化祭.
[I] icqk3氏による補足, http://searial.web.fc2.com/aerile_re/eucliddomain.html
[M] T. Motzkin, The Euclidean Algorithm, Bull. Amer. Math. Soc. 55 (1949), 1142-1146.

*1:本稿ではこの定義を採用する.