ABC予想とは、任意にをとったときに、ABCトリプルと呼ばれる正整数の3つ組、つまり、とが互いに素であり、の関係にあるようなもの*1であって、不等式
が有限個の例外を除いて成立するというものであった。
この記事では架空の人物達が
・が小さくならないというのはどうすごいことなのか。
・何故、互いに素の仮定を設けるのか。
・が成り立つような無限族によく紹介されるもの以外の例はないのか。
・が成り立つようなABCトリプルは本当に例外的なのか。数値例だけでは根拠が少ないのではないか。例外的なんだったら、それはそれでよい法則なのではないのか。
・何故乗なのか、何倍かするだけでは駄目なのか、を掛けるのでは駄目なのか。
・乗にした瞬間に有限個になると何故予想できるのか。これも数値例だけでは根拠が少ないのではないか。
などの疑問に答えようと努力をし、実際に答えられているかは別として議論をする。
なお、理解の段階を分けて
理解の第一段階: 「ABC予想はどのような主張であるかを理解する」
理解の第二段階: 「ABC予想を何故そのような形で予想するのかを納得する」
理解の第三段階: 「ABC予想をどのように証明するのかを理解する」
としたとき、この記事は「理解の第二段階の助け」として書かれたものということができ、「理解の第三段階の助け」になることは何一つ書かれていないことをご了承願います。全9回。
架空の会話
ラムネ: ABC予想って何であんな複雑な主張なの?
せきゅーん: 特に複雑とは思わないし、ABC予想 - INTEGERSを読めば分かる。
ラムネ: 読んで分からなかったから聞いている。
せきゅーん: 私の記事が分かりにくかったならアジマティクスやtsujimotterのノートブックでも解説されているし、YouTubeでも
とか
とか
とかたくさん解説しているものがあったよ。
ラムネ: いや、ABC予想の主張は別に理解できるんだけど、何でそのような予想に辿り着くのかについての様々な疑問が解消されない。
せきゅーん: なるほど。では、質問をどうぞ。
ラムネ: 要は3つの正整数がを満たしているときにの根基
が不思議なことにそんなに小さくならないということを言いたいんだよね。
せきゅーん: そうだ。をと足し算に分けて現れる素因数を制御しようと言っているのだから、素数が掛け算由来のものだったことを考えると、非常に非自明な法則性の探求と言える。だが、「そんなに小さくならない」という表現は曖昧な表現だ。
ラムネ: が常に成り立つなら嬉しい。
せきゅーん: の根基をと比較するわけだ。そもそも根基を考えるというのがABC予想の特徴かつ重要な点だな。単なる不等式だったら素因数とか関係なく例えば が全ての正整数に対して成立する。根基を考えると素因数そのものが関係してきて急に非自明な世界に突入する。
根基の定義を考えると、においてはの素因数分解における指数部分が削ぎ落とされる。それはが平方因子を持つ場合だけれども、そのときだけが非自明なのだからそのときを考えることにしよう。にも関わらず、指数部分が生き残っていると比較しての方が大きいというのは、には削ぎ落とされた分をケアしてくれる十分な量のお助け素因数が現れると言っている。
の素因数の指数部分もでは助けてくれないので、にはそれなりに相異なる素因数が現れてくれるということまで言っている。あるいは大きい素因数がごく少数で現れるかだな。それは非自明にもほどがある。与えられた正整数を足し算に分解して、そこに現れる素数について何か非自明なことが言えるかなんて期待するだけでも怖くなってしまうほどだ。ただ、ここでいう「お助け」は「大きさ」の意味で助けることであって、素数の大きさが関与するというのは代数的構造を見ているだけではないという珍しさもあって面白い。また、加法的整数論の問題をなんでもかんでも解決するわけでもない。
ラムネ: 随分と饒舌だな。
せきゅーん: まあこれは嘘で、そのままでは成り立たないわけだけれど。
多項式類似の場合は、互いに素という条件は必要であるものの、その期待通りの式に対応するものが成り立っていた。
ラムネ: 多項式類似っていうのはメーソン・ストーサーズの定理のことだね。最近きーれさんという方が記事をあげていたから読んだ*2。エレガントな証明は高校生が発見したらしいけれど、関数世界における微分の威力を思い知ったよ。
整数世界においても期待通りだったらよかったのに。
せきゅーん: (多項式類似からの期待からすれば) 奇妙だけれども、事実であるから已むを得ない。
ラムネ: まさしく、期待通りではないというところと、だからと言って何故あんなが絡む予想に到達できるんだというところが主たる疑問なわけだ。ところで、まず「互いに素」の条件は必要なのか?
せきゅーん: それは「互いに素の条件がなかったらどうなるだろうか?」と考えてみればよい。互いに素でなくてもよければ、例えば
という分解も考察の対象とならざるを得ない。これはいいな?
ラムネ: ああ。もも正整数だな。
せきゅーん: この場合、期待する式というのは
ということになる。だが、左辺は
ラムネ: だな。これでを固定してとすると
せきゅーん: 見えてるじゃないか。右辺はいくらでも大きくなってしまって期待する不等式が成り立つはずがない。先を見越して左辺を累乗して大きくしておいたところで、を大きくすればいつか必ず右辺の方が大きくなって左辺が小さいというのは全く期待できなくなる。
ラムネ: なるほどな。じゃあ公約数として累乗数を禁止すればいいのでは?
せきゅーん: 累乗数の2倍を、
ラムネ: わかった。そもそも単に公約数があったとしてを考えると、とと比較するのはが全くお助けマンの役割を担ってくれない。だから、の素因数は今追い求めている法則性には関与してこないし、が高い素冪を持てば持つほど悪さしかしてくれない。
せきゅーん: そう。という形の式は公約数があっても両辺を割ってしまえば互いに素の状況に持っていけるのだから、その場合を考えるのが問題の本質なんだよ。
ラムネ: 互いに素の条件が付いてるのは全く不自然ではないことがわかった。どうもありがとう。話を進めよう。期待する式には反例が無数にあるんだよな。
せきゅーん: つまり、を満たすようなABCトリプルが無数に存在する。あ、を考えなくていいのはいいよね?
ラムネ: 自明。
せきゅーん: が成り立つとき、その事象をボイカーズさんはABC-hitと呼んでいる。
ラムネ: そのABC-hitについて質問がある。まず、君の記事ではABC-hitを与えるABCトリプルの族を例示していた。これに対して
を示して確かにABC-hitになっているが、はオーバーキルじゃないか?tsujimotterのノートブックにあるようにだけでABC-hitになっていることを示せるのに。
せきゅーん: それはそうだが、事実だからいいじゃないか。というのは素因数をしか持っていなくて、その指数がとても大きい。だから、根基を取られてしまうとめちゃくちゃダメージを受けるわけだな。回復するためにはだけ助けてもらう必要がある。だが、お助けマンに指名されているとのうち、は何も助けてくれない。となると、だけが頼りとなるのだが、この数の素因数分解におけるの指数が大きいので根基を取られるとめちゃくちゃダメージを受けてしまい、やはり助けられないというわけだ。
ラムネ: なるほど。次の質問に移ろう。無数のABC-hitsを与えるABCトリプルの族の他の例はないのか?こう、数学の解説記事というのはどれもこれも具体例が同じだったりしてウンザリすることがあるんだが。例えば、ABCトリプルの3つ組にを含まないやつはあるのだろうか?
*1:と仮定してもよいが、この記事では仮定しない方が便利である。