インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

Q&ABC (その7)

せきゅーん: 存在性が好きだから、ABC予想もいくらでも説明のしようがありそうなもんだけど、無理矢理「お助け素因数」の「存在性」として語ってみたりもした。

ところで、ABC予想の応用で私が好きなものに「非ヴィーフェリッヒ素数の無限性」がある。ヴィーフェリッヒ素数は知っているかい?


ラムネ: 19033511でしょ?


せきゅーん: それらは確かにヴィーフェリッヒ素数だ。有名なフェルマーの小定理を思い出すと、奇素数pに対して必ず合同式

2^{p-1}\equiv 1\pmod{p}

が成り立つのだった。一方、

2^{p-1}\equiv 1\pmod{p^2} \tag{6}

は成り立つpもあれば成り立たないpもある。(6)が成り立つ奇素数pをヴィーフェリッヒ素数といい、成り立たない素数pを非ヴィーフェリッヒ素数という。詳しくは1093と3511について - INTEGERSなどを見て欲しい。


ヴィーフェリッヒ素数の探索については、p=1093,3511の2つが知られているのみで、他にあるのかないのか、ヴィーフェリッヒ素数は有限個しかないのか無限個存在するのかは未解決問題だ。私のようにheuristicな議論をもとに無限個存在するだろうと信じている人もいて、やはり数値例だけでは有限性や無限性は語れないこともわかる。


これはとても難しい問題だが、実はそれよりはるかに簡単そうに聞こえる「非ヴィーフェリッヒ素数が無限に存在すること」も全く簡単ではない。


ラムネ: 10933511しかヴィーフェリッヒ素数が知られていないということは、有限範囲での数値的なデータとしては殆どが非ヴィーフェリッヒ素数なんだよね。なのに、無限性を証明することは難しいのか。


せきゅーん: そうなんだ。そして、シルヴァーマンがなんとABC予想を使って非ヴィーフェリッヒ素数の無限性を証明した。「〜素数の無限性」なんて私が最も好きな数学の主張の型といっても過言ではないぐらい好きな存在性定理であるが、ABC予想の応用のポテンシャルは「有限性定理」に対してだけではなかったんだ。


ラムネ: ほえ〜〜。すごいなABC予想。一体どうやってABC予想をこの問題に使うんだ?


せきゅーん: ほれ: 非Wieferich素数の無限性とABC予想 - INTEGERS


ラムネ: う、もう書いていたか。さすがだな。


せきゅーん: でも実はABC予想から非ヴィーフェリッヒ素数の無限性を導出する方法はシルヴァーマンとは違った方法もあるんだよ。また後日(=おまけ)聴いて欲しい。


ラムネ: 是非とも。


せきゅーん: これで疑問は解消されたかな?


ラムネ: 聞こうと思ってて今思い出した疑問が1つと、今日の話を聴いて生じた疑問が1つある。


せきゅーん: どうぞ。


ラムネ: ABC予想って\varepsilon < \varepsilon'のときに\varepsilonに関する主張が成り立てば、\varepsilon'に関する主張も成り立つんだよね?


せきゅーん: そうだね、\mathrm{rad}(abc)^{1+\varepsilon'} > \mathrm{rad}(abc)^{1+\varepsilon} > c を睨むとよい。さっき、\varepsilon < 1 に限定した議論をしたときの限定していい理由とも言える。


ラムネ: すると、\varepsilonが大きければ大きいほど証明が簡単になるかもしれない。ヨビノリさんの動画だと\varepsilon=5億のときに例外的ABCトリプルが有限個でもびっくりしないという旨のことを述べておられる。で、質問としては\varepsilon=5億に対するABC予想だったら簡単に証明できるのだろうか。


せきゅーん: うーん。証明となると難しいんじゃない?

5億って人間的には大きい数かもしれないけれど、無数のABCトリプルを相手にすると5億なんて特に大きくはない。実際、StwertとTijdemanは鳩の巣原理を使う議論をしたやつと同じ論文で、ある定数K > 0が存在して全てのABCトリプル(a,b,c)に対して


\displaystyle c < \exp\left(K\cdot\mathrm{rad}(abc)^{15}\right) \tag{7}


が成り立つことを証明しているんだ。もし、\varepsilon=5億の場合が簡単に証明できるんだったら上の評価は全く無価値ということになってしまう。


ラムネ: 証明の概略だけでも教えてもらえると嬉しい。


せきゅーん: (a,b,c)をABCトリプルとして、(7)が成立することを示したい。今回はp_1,p_2,p_3,\dotsa,b,cの素因数として現れる素数を小さい順に並べたものとし、a,b,cの素因数のうち最大のものがp_nであるとしよう。すると、e_i,f_i,g_iを非負整数として

\displaystyle a=p_1^{e_1}\cdots p_n^{e_n},\quad b=p_1^{f_1}\cdots p_n^{f_n},\quad c=p_1^{g_1}\cdots p_n^{g_n}

素因数分解される。このときの指数の最大値をhとおこう。

\displaystyle h:=\max\limits_{1\leq j\leq n}\{e_j,f_j,g_j\}.

すると、

\displaystyle c=p_1^{g_1}\cdots p_n^{g_n}\leq p_1^{h}\cdots p_n^{h}

なので、

\displaystyle \log c\leq h\log(p_1\cdots p_n)=h\log r \tag{8}

と評価できる。ここで、r:=\mathrm{rad}(abc)=p_1\cdots p_nに注意。今我々はcrの式で上から押さえたい気持ちになっているが、この評価をもとにしようと考えれば、hrの式で上から評価できればいいことになる。


ラムネ: ふむふむ。そのようなことは可能なのか?


せきゅーん: p進ベイカー理論を使う。超越数論におけるゲルフォント・シュナイダーの定理の一般化としてのベイカーの定理については証明をこのブログで紹介したことがある: ベイカーの定理の証明 - INTEGERS


実際はベイカーの対数一次形式の理論にはeffectivityが備わっていて、極めて強力な応用性がある。例えば、虚二次体の類数の問題に応用できる: ベイカーの定理と類数1の虚二次体の決定 - tsujimotterのノートブック


ここではWikipediaの記事の系5に注目して欲しい。これのp進版として、StwertとTijdemanは次の形の定理を利用している:


p素数n2以上の整数、A\geq 4, B\geq e^2とする。このとき、0でない絶対値がA以下であるような整数a_1,\dots,a_nと絶対値がB以下の整数b_1,\dots, b_nに対して

\mathrm{ord}_p(a_1^{b_1}\cdots a_n^{b_n}-1)=\infty

または

\displaystyle \mathrm{ord}_p(a_1^{b_1}\cdots a_n^{b_n}-1) \leq (16(n+1))^{12(n+1)}\frac{p}{\log p}(\log A)^n\cdot (\log B)^2

が成り立つ。


ラムネ: なるほど、これはどうやって示すの?


せきゅーん: 先ほど「概略」と要求されたので、こちらは割愛させていただく。

さて、a,b,cの中にその素因数分解において指数にhを実現するものが存在する。そのようなものの1つ(a,b,cのいずれか)をa'としよう。p_i^h \mid a'となるような番号iが存在するが、そのようなiを1つとってp=p_iとおこう。


また、ABCトリプルの関係性を適当に書き直せば

a'=c'-b'

という形の関係が成り立つ(b',c'a,b,cのうちa'を除く残りの2つの\pm 1倍)。このとき、b',c'a'と互いに素なのでpでは割り切れないため、


\displaystyle \infty > h=\mathrm{ord}_p(a')=\mathrm{ord}_p(c'-b')=\mathrm{ord}_p(c'/b'-1)=\mathrm{ord}_p(\pm p_1^{b_1}\cdots p_n^{b_n}-1)


の形の等式が成立する。ここで、b_1,\dots,b_nは整数であり、a,b,c素因数分解の設定からどれも絶対値はh以下である。

上述のp進ベイカーの定理を、n+1, 上記のb_1,\dots,b_n および b_{n+1}\in \{0,1\}, p=p_i, A=p_n, B=h, a_1=p_1, \dots, a_n=p_n, a_{n+1}=\pm 1に対して適用しよう。すると、

\begin{align}
h&\leq (16(n+2))^{12(n+2)}\frac{p}{\log p}(\log p_n)^{n+1}\cdot (\log h)^2\\
&\leq 2(16(n+2))^{12(n+2)}\cdot p_n\cdot(\log p_n)^{n+1}\cdot (\log h)^2\end{align} \tag{9}

hに関する評価が得られる。これを解析していこう。


ラムネ: すごい!これまでの議論でABC予想に肉薄するためには「a+b=c」という構造に真剣に向き合う必要があって、唯一行った議論が確率的解釈だったわけだけど、ここではp進付値の議論が見事にマッチしている。


ちなみに、p_n\geq 4, h\geq e^2がでないとp進ベイカーの定理を応用できないけれど、これらの条件が満たされないケースは例外として処理すれば今の所望の不等式(7)を示すにあたっては問題ないね。


せきゅーん: 以下、c_1,c_2,\dotsは絶対定数とする。i番目の素数q_iと表す。これは既にp_iという記号を使ってしまったからだ。とにかく、p_i\geq q_iが成り立つが、ロッサーの有名な定理

q_i > i\log i

を使うと、

\displaystyle r=\mathrm{rad}(abc)=\prod_{i=1}^np_i > \prod_{i=2}^ni\log i

と評価できる。n!についてはスターリングの公式より

\displaystyle n! \geq c_1\left(\frac{n}{e}\right)^n

と評価する。また、アーベルの総和公式によって

\displaystyle \sum_{i=2}^n\log\log i > c_2n\log \log n

なので、

\displaystyle \prod_{i=2}^n\log i > \exp(c_2n\log \log n)=(\log n)^{c_2n}

と評価できる。この2つを合わせると

\displaystyle r > c_1\left(\frac{n(\log n)^{c_2}}{e}\right)^n

が得られる。

\displaystyle 16(n+2))^{n+2} \leq c_3\left(\frac{n(\log n)^{c_2}}{e}\right)^n

なので、

16(n+2))^{n+2} < c_4r\tag{10}

を得る(c_4は好きなだけ大きくとっていいことに注意しておく)。特に (n+1)^{n+1} < c_4r なので、例えば

\displaystyle \frac{10(n+1)}{19} < \frac{\log( (n+1)^{n+1})}{\log\log( (n+1)^{n+1})} < \frac{\log(c_4r)}{\log\log(c_4r)}\leq \frac{\log(c_4r)}{\log\log r}

と評価でき、

\displaystyle n+1 < \frac{\log(c_5r^{1.9})}{\log\log r} \tag{11}

となる。明らかに

p_n\leq r \tag{12}

なので、(11)により

\displaystyle (\log p_n)^{n+1}\leq (\log r)^{n+1} \leq (\log r)^{\frac{\log(c_5r^{1.9})}{\log\log r}}=c_5r^{1.9}. \tag{13}

(9)(10), (12), (13)を代入することにより、

\displaystyle \frac{h}{(\log h)^2} < c_6r^{14.9}

を得る。

\displaystyle \sqrt{h} < \frac{h}{(\log h)^2}

より

\displaystyle \frac{1}{2}\log h < \log c_6+14.9\log r

とでき、すなわち \log h < c_7\log r とできるため、(8)より

\displaystyle \log c \leq  h\log r < c_6r^{14.9}(\log h)^2\cdot \log r < c_6c_7^2r^{14.9}(\log r)^3 < c_8r^{15}

と所望の評価式(7)に到達した。