これは Math Advent Calendar 2020 の24日目の記事です。Happy Christmas!
有理数体の拡大体であって、上のベクトル空間とみなしたときに有限次元となっているものを数体または代数体と呼びます。
整数全体の集合は有理数体の部分環をなし、整除関係によって豊かな現象を私達に見せてくれます。それを論じるのが初等整数論です。
との関係と並行に、数体にもその部分環であるの整数環が定義されます。の元は高次元の世界における整数の拡張概念です。
数体やその整数環を考える一つの動機は高次元の世界から一次元の世界を見つめ直すことによって初等整数論の難問を攻略しようというものです。歴史的には円分体と呼ばれる特殊な数体を考察することで、名高いフェルマーの最終定理を解決しようという試みがなされていました。
そのためにはのことをよく知らなければなりません。はと同様に豊かな現象を内包する世界なのですが、一般にはの場合とは全く異なる現象が生じ、毎にある種の個性があることがわかります。
と同じだろうと思い込んでフェルマーの最終定理が解けたと何人かの数学者が勘違いしたことは苦い経験であったと思われますが、その未知の現象が生じているという世界の存在を知った人類は新しい探求の地を見出したのです。
こうして、の世界そのものを理解しようという代数的整数論が生まれました。
代数的整数論の基礎中の基礎はデデキントを中心に構築されました。そして、代数的整数論における未解明の謎はいくらでもあると言っても過言ではないと思いますが、現代に至るまでその研究が続けられています。
代数的整数論の研究の中で1900年代前半までに相当に整理・完成された理論として、類体論があります。これは数体の上の有限次アーベル拡大体をの内部で群論的に統制する理論であり、理論の根幹をなす多くの定理は日本初の国際的数学者である高木貞治先生によって証明され、高木類体論と呼ばれることも多いです。類体論自体にとっては高木先生の後にアルティンによって発見・証明されたアルティン相互法則が極めて重要ですが、むしろそれなしに基本法則を打ち立てたところに個人的には高木先生の凄さを感じるところでもあります。
高木類体論の詳細は基本的には以下の論文で発表されました:
[T] T. Takagi, Ueber eine Theorie des relative Abel'schen Zahlkörpers, J. College of Science, Imperial Univ. of Tokyo 41 (1920), 1-133.
この歴史的大論文から今年は100周年を迎えています。この記事では上記大論文の中から幾つかの定理を抜粋して鑑賞したいと思います。
なお、類体論に関する書籍は大型書店に行けば幾つも目に入ってくると思いますが、やはり高木貞治先生本人による『代数的整数論』(岩波書店)は格調高い本であり、今でも一読をお勧めします。
また、別のカテゴリーのAdvent Calendarにはなりますが、今月tsujimotterさんによって執筆された以下の類体論入門記事もお勧めです。こちらで類体論とは一体どのような理論なのかを頭に入れてから高木先生の実際の記述を眺めると、感慨もひとしおでしょう。
tsujimotter.hatenablog.com
高木論文
論文[T]の章立ては以下のようになっています:
Capitel I. Der allgemeine Classenkörper.
§1. Verallgemeinerung des Classenbegriffs.
§2. Congruenz-classengruppen.
§3. Ein Fundamentalsatz über die relativ normalen Körper.
§4. Der Classenkörper.
§5. Eindeutigkeit des Classenkörpers.
Capitel II. Die Geschlechter im relativ cyclischen Körper vom Primzahlgrade.
§6. Einige allgemeine Sätze über die relativ Abel'schen Zahlkörper.
§7. Über die Normenreste des relativ cyclischen Körpers vom Primzahlgrade.
§8. Einheiten im relativ cyclischen Körper.
§9. Formulirung eines Fundamentalsatzes.
§10. Die Anzahl der ambigen Classen im relativ cyclischen Körper eines ungeraden Primzahlgrades.
§11. Die Anzahl der ambigen Classen im relativ quadratischen Körper.
§12. Die Geschlechter im relativ cyclischen Körper eines ungeraden Primzahlgrades.
§13. Die Geschlechter im relativ quadratischen Körper.
§14. Eine Verallgemeinerung des Geschlechterbegriffs.
Capitel III. Existenzbeweis für den allgemeinen Classenkörper.
§15. Formulirung des Existenzsatzes.
§16. Rang der Gruppe der Zahlclassen.
§17. Rang der Classengruppe.
§18. Existenzbeweis des Classenkörpers vom ungeraden Primzahlgrade.
§19. Fortsetzung des vorhergehenden Artikels.
§20. Relativ quadratische Classenkörper.
§21. Relativ cyclische Classenkörper vom Primzahlpotenzgrade.
§22. Existenzbeweis im allgemeinen Falle.
Capitel IV. Weitere allgemeine Sätze.
§23. Der Vollständigkeitssatz.
§24. Ueber die Geschlechter im relativ cyclischen Körper eines Primzahlpotenzgrades.
§25. Der Zerlegungssatz.
§26. Ein Criterium für den relativ Abel'schen Zahlkörper.
Capitel V. Anwendung auf die Theorie der komplexen Multiplication der elliptischen Funktionen.
§27. Absolut Abel'scher Zahlkörper.
§28. Relativ Abel'sche Oberkörper eines imaginären quadratischen Körpers.
§29. Der durch den singulären Wert der elliptischen Modulfunktion erzeugte Ordnungskörper.
§30. Gleichzeitige Adjunction der singulären Moduln und der Einheitswurzeln.
§31. Ueber die complexe Multiplication der Jacobi'schen Function.
§32. Ueber die arithmetische Natur des Teilungskörpers.
それでは幾つかの定理等を抜粋して鑑賞しましょう。
§4において
Wenn der Relativgrad des relativ normalen Körpers und der Index der zugeordneten Classengruppe von einander gleich sind, dann soll der Classenkörper für die Classengruppe genannt werden. ([T]より引用)
と類体が定義された後(Weberによる定義とは異なりますが、同値であることが類体論を通して証明されます)、
Satz 4. Der Relativgrad des relativ normalen Köpers ist niemals klenier*1 als der Index der zugeordneten Classengruppe des Grundkörpers. ([T]より引用)
と第二基本不等式が述べられます。これは解析的手法で証明されるSatz 1とSatz 2を用いて示されます。
Satz 6で類体の一意性が証明され、第一章は終わります。
第二章に入って、§9で素数次巡回拡大に対する類体論の基本定理が述べられます:
Satz 13. Die Relativdiscriminante des relativ cyclischen Körpers vom ungeraden Primzahlgrade sei , wo
,wo ein zu primes, und ein in aufgehendes Primideal von bedeutet. Die Idealclassen von seien nach einer Zahlengruppe definirt, welche aus den Zahlen besteht, die der Congruenz:genügen, wo der Modul ein beliebiges durch teilbares Ideal von ist. Dann sind die Relativnormen aller zu primen Ideale von in einer Classengruppe vom Index in enthalten.
Dasselbe gilt auch für den relativ quadratischen Körper , wenn an Stelle von eine Zahlengruppe mit gewisser Vorzeichenbedingung angenommen wird. Es soll nämlich nur diejenigen Zahlen von in aufgenommen werden, welche wenigstens in allen denjenigen mit conjugirten reellen Körpern, worin negativ ausfällt, positiv sind. ([T]より引用)
長めの文章ですが、一つ目のパラグラフでは次数が奇素数である場合の設定がしばらく述べられた後、"Dann"以降が主張です。 二つ目のパラグラフは二次拡大の場合が書かれています。そして、第一章の内容を用いることによって言い換えられた要約が直後に述べられます:
Jeder relativ Abel'sche Körper vom Primzahlgrade mit der Relativdiscriminante ist der Classenkörper für eine Classengruppe nach dem Modul . ([T]より引用)
第二章の残りの内容は基本的にはこの定理の証明です(Satz 22も示されます)。
基本定理は一旦横へ置いておいて、第三章は存在定理です。まずは§15で目標定理が掲げられます:
Satz 23. In einem algebraischen Körper sei eine Classengruppe nach dem Modul mit oder ohne Vorzeichenbedingung vorgelegt. Dann existirt stets ein Classenkörper für diese Classengruppe , welcher die folgenden Eigenschaften besitzt:
1) ist relativ Abel'sch in Bezug auf .
2) Die Galois'sche Gruppe des Relativkörper ist holoedrisch isomorph mit der komplementären Gruppe , wo die Gruppe der sämtlichen Classen von bedeutet.
3) Die Rlativdiscriminante von enthält kein Primideal als Factor, welches nicht in den Modul aufgeht. ([T]より引用)
特に、2)を要請していることから、類体の一意性と基本定理を合わせると所謂同型定理が得られます。以下、§22までかけてSatz 23が証明されます。絶対類体の場合はHilbertがこれを予想しており(特殊な場合のみ証明)、Furtwänglerが証明しました。高木先生はHilbertの手法を拡張することによってSatz 23を証明しましたが、Satz 13を取り入れることで単純化にも成功しているとのことです。
さて、Satz 13で素数次巡回拡大の場合には基本定理が証明されていましたが、『代数的整数論』とは順番が違って基本定理の前に存在定理の証明が第三章で完了しました。そして、第四章の最初の§24において次の疑問が提唱されます。
Eine wichtige Frage ist nun, ob auch umgekehrt jeder relativ Abel'schen Köper in Bezug auf als Classenköper einer Classengruppe nach einem geeignet gewählten Modul in zugeordnet ist? ([T]より引用)
存在定理はHilbertの予想の一般化なので、もちろん一般のモジュラス版に拡張するというのは類体の定義を与えたWeberおよび証明した高木先生による著しい貢献ですが、ある意味では自然な方向性に見える一方で、基本定理は「当時誰も予想すらできなかった」とよく表現されることを思い出しておきましょう。
この疑問の直後に次の極めてかっこいい言明がなされます!
Diese Frage ist im bejahenden Sinne zu beantworten:
Satz 28. Alle relativ Abel'schen Körper in Bezug auf einen beliebigen algebraischen Körper werden durch die Classenkörper nach den Idealmoduln in demselben erschöpft. ([T]より引用)
「要するにアーベル体は類体なりということにぶつかった」(高木貞治)
類体論の基本定理 = Satz 28は素数冪巡回拡大の場合に帰着され、それは§24においてSatz 29として実行されます。
その後、§25において分解定理(フェルマーの二平方和の定理の大規模な一般化!)が証明されます。
Satz 30. (Der Zerlegungssatz). Jedes in einer Classengruppe eines beliebigen Körpers enthaltene Primideal zerfällt in die von einander verschiedenen Primideale des ersten Relativgrades in dem Classenkörper für diese Classengruppe. ([T]より引用)
より一般に、
Satz 31. Ist der Classsenkörper für die Classengruppe von , dann werden die Primideale von , welch einem und demselben Classencomplex angehören, in auf derselben Weise zerlegt, d. h. sie erfahren in eine Zerlegung in dieselbe Anzahl von Primidealen derselben Relativgrade. ([T]より引用)
アルティンの相互法則がないので、どちらもそれなりに議論して証明されています。§26において類体論の終結定理に対応するものが述べられ、第四章が完結します。当時まだチェボタリョフの密度定理は証明されていないことに注意しましょう。
類体論は以上で一旦完成していますが、第五章で類体論の応用が示されます。この章は決して短くないですが、全ては最後の定理のためにあります。まずは『代数的整数論』の補遺から引用してみましょう:
さて, 逆に虚二次体上の「アアベル」体が, すべてこれら特異値乃至等分値によって尽くされて, 有理数体上の「アアベル」体と指数函数の等分値即ちの巾根との間の関係が, 虚二次体の上に見事に拡張されるというような奇蹟が実現されないであろうか. この謎を解こうというのがKroneckerの「青春の夢」(Jugendtraum)であった. 実際この問題はそれ自身興味深いものであるが, 当時にあっては, 整数論代数学及び函数論の最高部門の交錯する数学のEl Doradoである所に, 特に魅力があったのであろう. (『代数的整数論』より引用)
一生に一度でいいのでこんな格調高い文章を書いてみたいものです。El Doradoとまで表現した直後に高木先生は
と言ってのけます!しかも、最後の脚注が自身の論文[T, 第V章]であるところがカッコよすぎる。
それでは、原論文における記述を眺めましょう:
Mit Rücksicht auf Satz 36 erhalten wir daher in Bestätigung der Kronecker'schen Vermutung
Satz 37. Alle relativ Abel'sche Oberköper eines imaginären quadratischen Körpers werden durch die Einheitswurzeln, die singulären Moduln und die Teilwerte der Jacobi'schen Function erzeugt. ([T]より引用)
この定理の宣言をもって、他には一字も追加することなく論文が完結しています。高木先生は一つの理論を構築しただけではなく、それを道具として使ってその時代の大難問を解決したのです。理論創造型研究に基づくプロブレムソルバーと言えます。
まごうことなき歴史的大論文!