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数、特に整数に関する記事。

アックス−グロタンディークの定理

kと正整数nに対して、写像P\colon k^n \to k^n多項式写像であるとは、P_1, \dots, P_n \in k[x_1, \dots, x_n]が存在して

P(x_1, \dots, x_n)=(P_1(x_1, \dots, x_n), \dots, P_n(x_1, \dots, x_n) ) \quad (x_1, \dots, x_n) \in k^n

が成り立つときにいいます。この記事ではTaoの記事とそのコメント欄を参考に次の定理のSerreの議論に基づいた証明を解説します。

定理(Ax, Grothendieck) 多項式写像P\colon \mathbb{C}^n \to \mathbb{C}^nが単射であれば全射である。

Hilbertの零点定理を使って、無限体の話を有限体の話へ移します。この記事では可換環論の幾つかの命題を既知と仮定します。

可換環論からの準備

Hilbertの零点定理

kを体とし、k[x_1, \dots, x_n]のイデアルIに対して、V(I)

V(I):=\{(a_1, \dots, a_n) \in k^n \mid f(a_1, \dots, a_n)=0 \ ({}^{\forall}f \in I)\}

と定義し、集合S \subset k^nに対してイデアルI(S) \subset k[x_1, \dots, x_n]

I(S) := \{f \in k[x_1, \dots, x_n] \mid f(a_1, \dots, a_n)= 0 \ ({}^{\forall}a_1, \dots, a_n) \in S\}

と定義する。また、イデアルIの根基\sqrt{I}

\displaystyle \sqrt{I}:=\{f \in k[x_1, \dots, x_n] \mid f^r \in I \ ({}^{\exists}r \in \mathbb{N})\}

で定義されるイデアルである。

Hilbertの零点定理 kを代数閉体とする。このとき、イデアルI \subset k[x_1, \dots, x_n]に対して、I(V(I) )=\sqrt{I}が成り立つ。

Jacobson環

可換環RJacobson環であるとは、Rの任意の素イデアルが極大イデアルの共通部分として表されるときにいう。体や\mathbb{Z}はJacobson環である。

定理1 可換環RがJacobson環であれば、多項式環R[x_1, \dots, x_n]もJacobson環である。

この定理はHilbertの零点定理の一般化と考えることができる。実際、体kがJacobson環であることからk[x_1, \dots, x_n]のイデアルIに対して\sqrt{I}=\bigcap_{I \subset \mathfrak{p}}\mathfrak{p}=\bigcap_{I \subset \mathfrak{m}}\mathfrak{m}*1が成立し、これがkeyとなってkが代数閉体の場合に零点定理の主張が証明される。

この定理1を利用して次の重要な定理が示される:

定理2 可換環RがJacobson環で体kR上有限生成な環とする。このとき、kR上有限生成加群である。

Rを体とすればZariskiの補題となる(Zariski版零点定理と呼ばれることもある)。

Zariskiの補題k上有限生成な体はkの有限次拡大体である。

有限性に関する補題

補題 \mathbb{Z}上有限生成な可換環の極大イデアルによる剰余体は有限体である。

証明. R\mathbb{Z}上有限生成な可換環とし、Rの極大イデアル\mathfrak{m}をとって剰余体をk:=R/\mathfrak{m}とすると、k\mathbb{Z}上有限生成なので\mathbb{Z}がJacobson環であることと定理2からk\mathbb{Z}上有限生成加群である。もしkの標数が0であれば\mathbb{Q}kの部分\mathbb{Z}加群となるが、\mathbb{Z}はNoether環なので\mathbb{Q}\mathbb{Z}上有限生成となってしまう。これはあり得ない(有理数の分母の素因数が有限通りしかあり得なくなってしまうため)。よって、kの標数はp > 0である。すると、k\mathbb{F}_p上有限生成な環なのでZariskiの補題よりk\mathbb{F}_pの有限次拡大となり、それは有限体である。 Q.E.D.

Ax-Grothendieckの定理の証明

P\colon \mathbb{C}^n \to \mathbb{C}^nを多項式写像とし(P=(P_1, \dots, P_n))、単射であると仮定する。2n変数多項式環\mathbb{C}[x_1, \dots, x_n, y_1, \dots, y_n]のイデアルIP_1(\boldsymbol{x})-P_1(\boldsymbol{y}), \dots, P_n(\boldsymbol{x})-P_n(\boldsymbol{y})の生成するイデアルとする(\boldsymbol{x}=(x_1, \dots, x_n), \boldsymbol{y}=(y_1, \dots, y_n))。Pの単射性から各j=1, \dots, nに対してx_j-y_j \in I(V(I) )なので、Hilbertの零点定理によってQ_{i, j} \in \mathbb{C}[\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}](1 \leq i, j \leq n)およびr_i \in \mathbb{N}が存在して

\displaystyle \sum_{i=1}^n(P_i(\boldsymbol{x})-P_i(\boldsymbol{y}) )Q_{i, j}(\boldsymbol{x}, \boldsymbol{y}) = (x_j-y_j)^{r_j} –①

が成り立つ。ここで、背理法で定理を証明するためにPは全射ではないと仮定する。すると、或る\boldsymbol{a}=(a_1, \dots, a_n) \in \mathbb{C}^nが存在して、任意の\boldsymbol{x} \in \mathbb{C}^nに対してP(\boldsymbol{x})-\boldsymbol{a} \neq 0が成り立つ。これより、IP_1(\boldsymbol{x})-a_1, \dots, P_n(\boldsymbol{x})-a_nの生成する\mathbb{C}[\boldsymbol{x}]のイデアルとすると1 \in I(V(I) )であり、Hilbertの零点定理によってR_i \in \mathbb{C}[\boldsymbol{x}]が存在して

\displaystyle \sum_{i=1}^n(P_i(\boldsymbol{x})-a_i)R_i(\boldsymbol{x})=1 –②

が成り立つ。

今、可換環R \subset \mathbb{C}P_i, Q_{i, j}, R_i (1 \leq i, j \leq n)の係数達およびa_1, \dots, a_nが生成する\mathbb{Z}上の環とする。Rの極大イデアルの一つを\mathfrak{m}とすると、有限性に関する補題からk:=R/\mathfrak{m}は有限体である。Rの定義から、①、②はk係数の等式と思って成立することがわかる。これはPk係数に還元した多項式写像\widetilde{P}\colon k^n \to k^nが単射でありかつ全射でないことを示している。つまり、或る有限集合から自分自身への全射でない単射が存在するといっているのである。そんな馬鹿な。 Q.E.D.

*1:\mathfrak{p}は素イデアルで\mathfrak{m}は極大イデアル。一つ目の等号は標準的に成立し、定理から二つ目の等号が得られる