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INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

有理数近似、 Duffin–Schaeffer予想、そして、Koukoulopoulos−Maynard

私達は実数を有理数で近似したい。



誤差\varepsilon未満の範囲で実数x有理数\frac{a}{b}で近似されている状況は、不等式を用いて

\displaystyle \left|x-\frac{a}{b}\right| < \varepsilon

と表すことができます。


さて、そもそも実数は有理数列の極限なので、いくらでも小さい誤差で近似できます。


例えば、円周率\pi

\displaystyle \left|\pi-\frac{31415926535897}{10000000000000}\right| < 10^{-13} \tag{1}


有理数で近似できます。誤差10^{-13}はとても小さく感じます。


一方で、

\displaystyle \left|\pi-\frac{355}{113}\right| < 10^{-7} \tag{2}

が成り立ちます。

(1)(2)を比較すると、10^{-13}10^{-7}では10^{-13}の方が小さいので、(1)(2)よりも良い近似であると考えてよいでしょうか?


実際は有理数\frac{31415926535897}{10000000000000}\frac{355}{113}では円周率の近似として後者の方が優れている点があります。それは「近似分数の分母の大きさに対して誤差がどれぐらい小さいか」を考えたときにわかってきます。


\frac{355}{113}については

\displaystyle \left|\pi-\frac{355}{113}\right| < \frac{1}{113^{3}} \tag{3}


が成り立つ(!)のに対し、\frac{31415926535897}{10000000000000}については


\displaystyle \left|\pi-\frac{31415926535897}{10^{14}}\right| < \frac{9.4}{10^{14}}


ぐらいしか言えません。

つまり、\frac{31415926535897}{10000000000000}は近似の誤差と「1/分母」の大きさが大体同じぐらいの大きさなのに対し、\frac{355}{113}は近似の誤差が「1/(分母の3乗)」で押さえられており、この観点で円周率近似としては\frac{355}{113}の方が圧倒的に優秀であると考えることができるのです。

\frac{355}{113}は円周率に「効率よく」近いというわけです。



今、x有理数で近似されたがっている実数だとしましょう。

各正整数b=1, 2, 3, \dotsxの有理近似の分母を担うとき、近似の誤差をbについてどれぐらいにできるかを考えたいです。


先ほどの(3)の場合は

\displaystyle \left|x-\frac{a}{b}\right| < \frac{1}{b^3}


の型の有理近似がx=\pi, a=355, b=113の場合に成立していたと考えることができます。


誤差として\frac{1}{b^3}だけを考えるべきだという理由は何もないので、いっそのこと完全に一般化して、この部分をbに関する関数 f(b)に置き換えて研究することにしましょう!:


f\colon\mathbb{Z}_{>0}\longrightarrow \mathbb{R}_{\geq 0}

として、

\displaystyle \left|x-\frac{a}{b}\right| < f(b) \tag{4}

という型の有理近似が成り立つかを考察していきます。



ちなみに、円周率は f(b)=\frac{1}{b^3}の場合にb=113で近似が存在しましたが、他のbでも見つかるでしょうか?

実際は、そのようなbは有限個しかないだろうと予想されています。

もしこの予想が正しければ、f(b)=\frac{1}{b^3}に対して\frac{355}{113}が良い円周率近似を与えたことは偶発的であったと言えるでしょう。


そのような偶発的にしか近似できない状況ではない場合、すなわち、関数 fを指定したときに(4)が成り立つ\frac{a}{b}が無限に存在する場合に興味が湧きます。

そのような場合をxはレベル fの有理近似列を持つ」と表現してみましょう。



ただし、「xはレベル fの有理近似列を持つ」の定義において、無限に存在して欲しい各有理数\frac{a}{b}は既約分数でとることができると仮定しておきます(abは互いに素)*1





このような概念が生み出されると色々と研究をしたくなります。例えば、fを指定したときに、どのようなxがレベル fの有理近似列を持つかを知りたくなります。

問題は自由に設定できますが、実際の先行研究において、ある問題設定でとてもとても面白い現象が発見されました。


それは「レベル fの有理近似列を持つxの割合を調べる」という問題設定です。

具体的なxを幾つか、あるいは欲張りに全部決定しようとするのではなく、要求を「どれぐらいあるか」ということだけに妥協して、緩い問題設定にするのです。



ここでの「割合」の意味を数学的に定めましょう。

まず、xがレベル fの有理近似列を持つならば、x+1もレベル fの有理近似列を持つことは明らかです。vice versa.


なので、考えるxの範囲は閉区間[0,1]に限定できます。

そこで、集合\mathcal{A}_f

\mathcal{A}_f:=\{x\in [0,1] \mid xはレベル f の有理近似列を持つ\}

と定め、\mathcal{A}_fルベーグ測度でもって「割合」と考えることにしましょう。



\mathcal{A}_fルベーグ測度 =0 なら「レベル fの有理近似列を持つ実数は全然ないんだなあ」と思うことができますし、

\mathcal{A}_fルベーグ測度 =1 なら「殆ど全ての実数がレベル fの有理近似列を持つんだなあ」と思うことができますし、

\mathcal{A}_fルベーグ測度 =\frac{1}{2} なら「レベル fの有理近似列を持つ実数は半分ぐらいなんだなあ」と思うことができます。


なので、この問題意識のもとでは、fを指定する毎に\mathcal{A}_fが計算できればとても嬉しいです。







答えはこうです。




\mathcal{A}_fルベーグ測度は01しかとりえない。」




更に。




「とても単純な判定基準によって、01かを判定可能である。」




その判定基準とは。




\varphi(n)オイラーのトーシェント関数とします。すなわち、\varphi(n)nと互いに素なn以下の正整数の個数です。



ここで、正項級数

\displaystyle \sum_{b=1}^{\infty}\varphi(b)f(b)

を考えましょう。


これは f毎に有限値に収束するか、正の無限大に発散するかのいずれかです。




DuffinとSchaefferは1941年、次の美しい予想に到達しました。





\displaystyle \sum_{b=1}^{\infty}\varphi(b)f(b) < \inftyのとき、\mathcal{A}_fルベーグ測度は0であり、
 \displaystyle \sum_{b=1}^{\infty}\varphi(b)f(b) = \inftyのとき、\mathcal{A}_fルベーグ測度は1である。」




R. J. Duffin, A. C. Schaeffer, Khinchin’s problem in metric Diophantine approximation, Duke Math. J. 8 (1941), 243–255.




級数の収束・発散で\mathcal{A}_fルベーグ測度が0から1に切り替わるなんて、とても不思議です。



約80年もの期間、この予想は未解決であり続けましたが、KoukoulopoulosとMaynardがこの予想を解決するに至りました。



D. Koukoulopoulos, J. Maynard, On the Duffin-Schaeffer conjecture, Ann. of Math. 192 (2020), 251–307.



よって、上記判定法は真であります。






最後にDuffin−Schaeffer予想の応用を1つ紹介します。f(b)として

\displaystyle f(b):=\begin{cases} p^{-2} & (b=p: \text{素数}) \\ 0 & (\text{otherwise}) \end{cases}

を選びます。


すると、b素数でない場合は不等式(4)は成立し得ません。なので、素数ppで割れない整数aを用いて

\displaystyle \left|x-\frac{a}{p}\right|<\frac{1}{p^2} \tag{5}

という不等式が成り立つようなxの近似\frac{a}{p}を考察していることになります(分母が素数であるような近似に限定)。


素数の逆数和が発散することに注意すると、今考えている f(b)に対して

\displaystyle \sum_{b=1}^{\infty}\varphi(b)f(b)=\sum_p\frac{p-1}{p^2}=\infty

が成り立ちます。


よって、Duffin−Schaeffer予想曰く


「殆ど全ての実数xに対して、(5)が成り立つような有理近似\frac{a}{p}p素数apで割れない整数)が無限に存在する。」


素敵!

*1:既約分数を考えることは自然に思われるかもしれませんが、実際は既約とは限らない場合が先行的に研究されてきました。その上で、既約分数を扱いたくなる部分にこそ重要な歴史の流れがあるのですが、この記事では全て割愛します。