インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

ゼータ関数の零点とリーマン予想

Riemannゼータ関数\zeta (s)\mathrm{Re}(s) > 1 においてはEuler積表示をもつため、その範囲では零点*1を持ちません:
integers.hatenablog.com

また、階乗の記事
integers.hatenablog.com
で言及したように、ガンマ関数は零点を一切持ちません。従って

integers.hatenablog.com
で定義した完備Riemannゼータ関数は\mathrm{Re}(s) > 1に零点を持たないことが分かります。よって、関数等式

\xi (s) = \xi (1-s)

より次が分かります:

命題1 \rho \in \mathbb{C}\xi (s)の零点ならば
\displaystyle 0 \leq \mathrm{Re}(\rho) \leq 1
が成り立つ。

完備化する前のRiemannゼータ関数については自明な零点と呼ばれるものが存在します:

定義 負の偶数s=-2, -4, -6, \dotsのことを、\zeta (s)の自明な零点と呼ぶ。また、自明な零点以外の\zeta (s)の零点のことを非自明な零点と呼ぶ。

\displaystyle \xi (s) = \pi^{-\frac{s}{2}}\Gamma \left( \frac{s}{2} \right) \zeta (s)

においてs=-2, -4, \dots\displaystyle \Gamma \left( \frac{s}{2} \right)の極である(階乗の記事を参照)ことから、命題1と合わせて

\displaystyle \zeta (-2)=\zeta (-4) = \cdots = 0

が分かります。一方、\mathrm{Re}(s) < 0において自明な零点以外に\displaystyle \Gamma \left( \frac{s}{2} \right)は極を持たないので、次の命題が成り立つことが分かります。

命題2 \rho \in \mathbb{C}\zeta (s)の非自明な零点ならば、
\displaystyle 0 \leq \mathrm{Re}(\rho) \leq 1
が成り立つ。

それでは、\zeta (s)の非自明な零点は

\displaystyle \{ s \in \mathbb{C} \mid 0 \leq \mathrm{Re}(s) \leq 1\}

においてどのように分布しているのでしょうか?

これに対する部分的解答を与えるのが所謂Riemann予想です*2

Riemann予想 \rho \in \mathbb{C}\zeta (s)の非自明な零点ならば、
\displaystyle \mathrm{Re}(\rho ) = \frac{1}{2}
が常に成り立つであろう。

\displaystyle \{ s \in \mathbb{C} \mid \mathrm{Re}(s) = \frac{1}{2} \}

のことをクリティカル・ラインと呼びます。この言葉を使うと

Riemann予想 全ての\zeta (s)の非自明な零点はクリティカル・ライン上に乗っているであろう。

と言い換えることができます。

よく知られているように、この予想にはクレイ研究所によって100万ドルの懸賞金が懸けられています。予想の根拠や応用性・重要性については(他の記事で将来的には述べたいと思いますが)ここでは述べません。素数分布の研究に役立つことがあるとだけ言及しておきます。

実際、Riemann予想よりははるかに弱い次の定理を用いることによって素数定理が証明できます:

定理 \rho \in \mathbb{C}\zeta (s)の非自明な零点ならば、
\displaystyle 0 < \mathrm{Re}(\rho) < 1
が成り立つ。

この定理から素数定理を如何にして導出するかについては次の記事で解説する予定です。今回の目標はこの定理の証明を解説することです。

これは、簡単に分かる事実である命題2に現れる帯(クリティカル・ストリップ)

\displaystyle \{ s \in \mathbb{C} \mid 0 \leq \mathrm{Re}(s) \leq 1\}

における両端を取り除くだけの主張であって、一見難しくなさそうにも思えますが、そのことが素数定理を導出するほどに深い結果なのです。

どんな\varepsilon > 0に対しても

\rho \in \mathbb{C}\zeta (s)の非自明な零点\displaystyle \Longrightarrow \varepsilon \leq \mathrm{Re}(\rho ) \leq 1-\varepsilon

という主張は未だに証明されていません。それでは、定理の証明です。

定理の証明*3

補題 \theta \in \mathbb{R}に対して、
3+4\cos \theta +2\cos 2\theta \geq 0
が成り立つ。

証明. 二倍角の公式より、

\text{左辺} = 3+4\cos \theta +2(2\cos^2\theta -1) = (2\cos \theta +1)^2 \geq 0.

Q.E.D.

定理の証明.
 \rho \in \mathbb{C}\zeta (s)の非自明な零点とする。このとき、\mathrm{Re}(s) \neq 0, 1を示せばよいが、関数等式によって\mathrm{Re}(\rho) \neq 1を示せば十分である。これを背理法で証明しよう。すなわち、t \in \mathbb{R} \setminus \{ 0 \}であって、

\displaystyle \zeta (1+ti)=0 ―①

が成り立つと仮定して、矛盾を導く。ここで、i:=\sqrt{-1}である。
s=\sigma +\tau i (\sigma > 1, \tau \in \mathbb{R})に対して、Euler積表示を変形することによって*4

\begin{equation}\begin{split} \zeta (s) &= \prod_p \frac{1}{1-p^{-s}} \\ &= \exp \left( \sum_p \sum_{m=1}^{\infty}\frac{1}{mp^{ms}} \right) \\ &= \exp \left( \sum_p \sum_{m=1}^{\infty}\frac{\cos (m\tau \log p)-i\sin (m\tau \log p)}{mp^{m\sigma}}\right)\end{split}\end{equation}

となるため、

\displaystyle \left|\zeta (s)\right| = \exp \left( \sum_p \sum_{m=1}^{\infty}\frac{\cos (m\tau \log p)}{mp^{m\sigma}} \right)

が得られる。従って、\sigma > 1に対してZ(\sigma )

\displaystyle Z(\sigma ):=\zeta (\sigma )^3\left|\zeta (\sigma +ti)\right|^4\left|\zeta (\sigma +2ti)\right|^2

と定義すると

\displaystyle Z(\sigma ) = \exp \left( \sum_p \sum_{m=1}^{\infty}\frac{3+4\cos (mt\log p)+2\cos (2mt\log p)}{mp^{m\sigma}} \right)

が成り立つことが分かる。よって、補題より

\displaystyle Z(\sigma ) \geq 1. ―②

\zeta (s)s=1+tiにおける零点の位数を\alphaとし、s=1+2tiにおける零点の位数を\betaとする。s=1は単純極であり、仮定①より\alpha \geq 1、またs=1+2ti\zeta (s)の正則点であるから

\displaystyle 4\alpha +2\beta -3 \geq 1

が成り立ち、Z(\sigma )の定義から

\displaystyle \lim_{\sigma \to 1+}Z(\sigma ) =0 ―③

を得る。Z(\sigma )の連続性より、②と③は両立し得ないはずなので矛盾である。 Q.E.D.

*1:その点における関数の値が零となるような複素数のこと。

*2:通常"conjecture"の日本語訳が「予想」となるのですが、Riemann予想は英語では慣習的に"Riemann Hypothesis"と呼ばれています。つまり「Riemann仮説」が直訳となるのですが、日本語圏では「リーマン予想」と呼ばれることが殆どです。実際に仮説というよりは予想なのでこの訳でよいと思われますが、省略系は「RC」ではなく「RH」となるので注意が必要です。

*3:HadamardとPoussinのオリジナル証明ではなく、彼らとMertensによって後に簡易化された証明を紹介します。極めてシンプルで美しい証明であると言えます。Poussinによる最初の証明は約25ページだそうです。

*4:integers.hatenablog.comに掲載している素数の逆数和の発散の証明を参照せよ。