インテジャーズ

INTEGERS

数、特に整数に関する記事。

πが超越数であることの証明

前回の記事ではeの超越性を証明しましたが、今回は\piが超越数であることの証明を紹介します。これまた、溢れんばかりに文献はあるのですが。。。

Lindemannの定理 (1882) 円周率 \piは超越数である。従って、円積問題は否定的に解決する。

F. Lindemann, Über die Ludolph'sche Zahl, Sitzungsberichte der Königlich Preussischen Akademie der Wissenschaften zu Berlin, 2, (1882), 679–682.
F. Lindemann, Über die Zahl \pi, Mathematische Annalen, 20, (1882), 213–225.

補題 \ f(x) \in \mathbb{C}[ x] , n := \deg f(x) \geq 1とする。また、
\displaystyle F(x) := \sum_{k=0}^{n}f^{(k)}(x)
F(x)を定める。このとき、任意のz \in \mathbb{C} \setminus \{ 0 \}に対して、
\displaystyle g(z):=F(z) -e^zF(0)
\displaystyle \left|g(z)\right| \leq \left|z\right|e^{\left|z\right|}\left|f\right|(\left|z\right|)
なる評価を満たす。ここで、\left|f\right|(x)f(x)の係数を全てその絶対値で置き換えることによって得られる多項式とする。

証明. 微分公式

\displaystyle \frac{d}{dx}(e^{-x}F(x)) = -e^{-x}f(x)

が成り立つので、

\displaystyle g(z) = -\int_0^ze^{z-\zeta}f(\zeta)d\zeta

なる積分表示を得る。よって、

\displaystyle \left|g(z)\right| \leq \left| \int_0^z\left|e^{z-\zeta}f(\zeta)\right|d\zeta \right| \leq \left|z\right|\max_{\zeta \in \vec{0z}}\{\left|e^{z-\zeta}\right|\}\cdot \max_{\zeta \in \vec{0z}}\{\left|f(\zeta)\right|\} \leq \left|z\right|e^{\left|z\right|}\left|f\right|(\left|z\right|)

と評価できる*1Q.E.D.

注意: f(x)のTaylor展開

\displaystyle f(x) = f(z) +f'(z)(x-z)+f''(z)\frac{(x-z)^2}{2!}+\cdots +f^{(n)}(z)\frac{(x-z)^n}{n!}

において(x-z)^kk!に置き換えたものがF(z)であることに注意する。

\piが超越数であることの証明. \piが代数的数であると仮定して矛盾を導く。このとき、代数的数全体のなす集合は体をなすので*2i\piも代数的数となる*3。ただし、i = \sqrt{-1}は虚数単位とする。i\piの次数をnとして、i\piの共役元全体を\alpha_1, \dots, \alpha_nとする。また、i\piの最小多項式の係数の分母を払って得られる整数係数多項式の最高次数の係数をlとする。このとき、l\alpha_jは代数的整数になることに注意しておく。e^{i\pi}+1=0であることから、

\displaystyle (e^{\alpha_1}+1)\cdots (e^{\alpha_n}+1)=0 \tag{1}

が成り立つ。これを展開すると eの指数部分が

\displaystyle \varepsilon_1\alpha_1+\cdots +\varepsilon_n\alpha_n, \ \ \ \varepsilon_j \in \{0, 1\}

なる形の2^n個の項が現れる。このような項のうち、0でないものがa個あると仮定し(明らかにa \geq nである)、\beta_1, \dots, \beta_{2^n} \ (\beta_{a+1}=\cdots =\beta_{2^n}=0)と適当な順番で名前を付ける。すると、(1)を展開した式は

\displaystyle b+e^{\beta_1}+\cdots +e^{\beta_a}=0 \tag{2}

と表すことができる(b := 2^n-a)。

とても大きい素数pを固定して*4

\displaystyle f(x):=\frac{l^{ap}x^{p-1}}{(p-1)!}\{(x-\beta_1)\cdots (x-\beta_a)\}^p

とおく。この f(x)に対して補題のように定義されるF(x)を考える。f(x)

\displaystyle f(x) = \frac{1}{(p-1)!}\{(-1)^{ap}(l\beta_1\cdots l\beta_a)^px^{p-1}+a_1x^p+a_2x^{p+1}+\cdots \}

と展開すると、(l\beta_1\cdots l\beta_a)およびa_1, a_2, \dotsは有理整数である。何故ならば、これらはl\beta_1, \dots, l\beta_aの対称式であるような K:=\mathbb{Q}(\alpha_1, \dots, \alpha_n)の元なので、\mathrm{Gal}(K/\mathbb{Q})の元で不変であり*5、代数的整数かつ有理数となるからである。よって、x^{p-1}\mapsto (p-1)!, \ x^p \mapsto p!, \ x^{p+1} \mapsto (p+1)!, \dotsと置き換えることにより(注意参照)

\displaystyle F(0) \in (-1)^{ap}(l\beta_1\cdots l\beta_a)^p+p\mathbb{Z}

pで割り切れない(この事実を(3)とする)ことがわかる(実はp\left|l^a\beta_1\cdots \beta_a\right|より大きくとっていたのである)。

一方、f(x)は各jに対して(x-\beta_j)^pを因子にもつので、

\displaystyle f(x) = \frac{1}{(p-1)!}\{b_{p}^{(j)}(x-\beta_j)^p+b_{p+1}^{(j)}(x-\beta_j)^{p+1}+\cdots \}

と展開される。ここで、b_k^{(j)}l\beta_jを除くl\beta_1, \dots, l\beta_aの対称式となっているため、f(x)自体の対称性および(x-\beta_j)^m \mapsto m!なる置き換えによって

\displaystyle F(\beta_1)+\cdots +F(\beta_a) = \frac{1}{(p-1)!}\left\{ \left( \sum_{j=1}^ab_p^{(j)}\right) p!+\cdots  \right\} \in p\mathbb{Z} \tag{4}

がわかる(\cdotsの部分も含めて、括弧内の和がl\alpha_1, \dots, l\alpha_nの対称式であり、有理整数であることを確認できる)。従って、(2)、(3)、(4)および補題より

\displaystyle bF(0)+F(\beta_1)+\cdots +F(\beta_a) = g(\beta_1)+\cdots +g(\beta_a) \tag{5}

なる等式が成立し、左辺はpで割れないので 0ではない(実はpbより大きいのである)。ここで、右辺のg( \ )は補題で定義されるようなものとする。

さて、

\displaystyle \left|f\right|(\left|x\right|) \leq \frac{l^{ap}\left|x\right|^{p-1}}{(p-1)!} \{ (\left|x\right|+\left|\beta_1\right|)^p\cdots (\left|x\right|+\left|\beta_a\right|)^p\}

であるから、C:=\max \{\left|\beta_1\right|, \dots, \left|\beta_a\right|\}とすると補題より

\displaystyle \left|g(\beta_j)\right| \leq \frac{e^CC^p(2lC)^{ap}}{(p-1)!}

が成り立つ。よって、

\displaystyle \left|g(\beta_1)+\cdots +g(\beta_a)\right| \leq \frac{ae^CC^p(2lC)^{ap}}{(p-1)!}

となって、これはp \to \inftyでいくらでも小さくなる。すなわち、十分大きい素数pを考えることによって(5)から矛盾が生じる。 Q.E.D.

証明について

前回の記事でeの超越性を証明しました:
integers.hatenablog.com

そこで解説したように、最初の補題が一つのキーポイントとなっており(所謂Hermiteの補題)、それはe^xの微分の性質によったものであるため、万能な証明ではないことがわかります。

そこで、\piの超越性証明を与えようとすると

  1. \piに対するHermiteの補題のような上手い式を探す
  2. 全く違う超越性証明の手法を見出す

などのアプローチが考えられると思います。しかしながら、今回紹介した証明はそのどちらのアプローチとも異なり、

Eulerの等式 e^{i\pi}+1=0 によって問題をeに関する舞台に持っていき、Hermiteの補題を適用する

というものでした。Eulerの等式については

integers.hatenablog.com

で変な記事を書いたことがあります。

さて、このアプローチさえ思いつけば、後はHermiteによるeの超越性証明と全く同様の議論が進みます。勿論、細かい点は改良する必要があって、eのときは背理法の仮定による代数方程式にはe^{\text{整数}}なる項が出てきたのに対し、今回は対応する式を②に求めるため、e^{\text{代数的数}}を取り扱う必要がありました。「01の間の整数を作る」といういつもの手法を適用するためには、そこから有理整数の情報を取り出す必要がありますが、対称式の考え方を取り入れることによってそれを実現しています。また、Hermiteの補題も複素数について適用する必要があるため、複素線積分を用いた証明に書き直しています。

つまり、\piの超越性証明は新しい超越性証明の手法を開発したものではないのですが、eの舞台に持ち込めるものなら同じ手法が適用できると期待できるため、\pi以外の数の超越性も証明できそうです。これは全くその通りで、証明の細かい点は多少技術的になりますが、次の定理に昇華されます:

Lindemann–Weierstrassの定理 (1885年)
nを正整数とし、\alpha_0, \dots, \alpha_n\mathbb{Q}上一次独立な代数的数とする。このとき、e^{\alpha_0}, \dots, e^{\alpha_n}\overline{\mathbb{Q}}上代数的独立である。

K. Weierstrass, Zu Lindemann's Abhandlung. "Über die Ludolph'sche Zahl", Sitzungsberichte der Königlich Preussischen Akademie der Wissen-schaften zu Berlin, 5, (1885), 1067–1085.

なお、個人的感想として、\piが超越数であることの証明に「e^{i\pi}+1=0」と「素数の無限性」という割と観賞用の定理が利用されていることが面白いと感じています。

*1:\vec{0z}0zを線分で結んでできるパスとする。

*2:代数的数の加減乗除 - INTEGERS

*3:このケースに限ればもっと簡単に確認することができる。すなわち、\piの最小多項式を f(x)とすると、i\pif(ix)f(-ix) \in \mathbb{Q}[x] の根となる。

*4:どれぐらい大きくとってるかは証明を読んでいくと判明する。

*5:l\beta_1, \dots, l\beta_{2^n}の対称式と思えば分かりやすい。